母を偲ぶ川柳

捨てられて 今また娘に捨てられる


幼児期の解決できないトラウマが繰り返しその後の人生にも表れるらしい。
大切な大切な宝物。いとこ兄にもらったペンダントと、友達にもらったお土産のブローチを綿でくるんで、てづくりの箱の中にしまったおいた。
それを母はごみとして捨ててしまった。
信じられないことだ。明らかに子供の工作と分かる箱を捨ててしまうなんて。母が謝っても許せなかった。悲しみだけが残った。母はその後も、ひっそりと隠していたスターのブロマイドも捨てた。
一言も「捨てていいの?」などと聞くこともなく。
「ポスター知らない?」と聞いても「知らない」としらを切った母。
勝手に日記も読んでいた。まさか日記を読むなんて疑いもしなかったから、それがわかったときは傷ついた。
大人は信じられないものだという価値観になった。
そして、大人になった娘がかってに私のものをメルカリで売った。気づいたときは、すでにほとんどを売りつくしていた。理由は、使いもせずにほおっておくならごみと同じというものだった。未使用のハンカチや、本だったが私には頂き物のハンカチは大切なものだった。子どものときからハンカチを集めるのが趣味だったが、娘にはナンセンスなことなのだろう。本能的に「メルカリで売るなら自分のモノだけだよ。私の物はやめてね」とくぎをさしていたのだが、心配していた通りになった。悲しかった。腹を立てると逆切れされた。結局、謝ってももらえず、私の心は中途半端なままだ。片づけないというが、ちゃんと紙袋に入れていた。いまだに私の安心安全な場所はないというわけだ。
1人暮らしをするしかないのだろう。結婚して子供を産むことは、家族をやりなおし幸せになることだと思っていたが、機能不全の家族で育ち大人になれないままの未熟な私には、同じことが繰り返されるだけのメビウスの帯だったのだろうか。





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