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People Experienceとは何か - もう一度、人格主義をその手に

はじめに

みなさま、ご無沙汰しております!

2023年3月に約5年半お世話になったグッドパッチを退職し、4月から株式会社ワークサイドにジョインしました。

noteを書くのはとても久しぶりですが、今日はPeople Experience(PX)をテーマにしてみたいと思います。

ご存知の方も多いと思いますが、元はEmployee Experience(EX)がルーツとなった言葉です。Employee Experienceには「従業員体験」という日本語訳がありますが、”People”に充てるちょうどいい日本語がないせいか、People Experienceは訳されずにそのまま、もしくは略した形で"PX"が用いられることが多いですね。

最近ではPeople Experienceについて自社の取り組みを発信したり、部署やチームの名前に”People Experience”を用いる企業も増えていますが、概念としてまだまだ発展の途にあると思われます。

しかし優秀な人材の獲得競争は激化する一方。そんな中、既にPeople Experienceの良し悪しが人材市場における競争優位性を高める要素のひとつになりつつあります。

また、人生の大半を占めることの多い職場での体験を良くすることは人の人生そのものを良くすることにつながるため、個人的に発展を願う領域でもあります。

この発信がその一助になればと思い、記事を書いてみることにしました。

良い体験を通じてエンゲージメントを高める

組織に所属する人々の体験を良くして何が得られるのか。それはエンゲージメントの向上だと考えます。

かつて企業は従業員満足度の測定に注力し、その向上に努めてきました。しかし「満足度が上がれば生産性も上がる」ことを検証できず、企業の関心が利益との相関性が明確なエンゲージメントにシフトした経緯があります。

エンゲージメントの詳細については割愛しますが、端的に言えば組織に所属する人々が自分の組織に対して抱く熱意や共感、帰属意識などの感情を指します。

組織へのエンゲージメントが高まると生産性向上や離職率低下につながり、結果として企業は顧客満足度向上、採用や育成のコスト削減などのベネフィットを享受することができます。実際にエンゲージメントと企業利益の間には正の相関があることが示されています。

(photo by krakenimages)

しかしエンゲージメントは環境が悪いと長続きしません。そこで「どうしたらエンゲージメントを高め、維持できるのか?」という疑問から生まれたのが「体験 / Experience」の観点です。

「体験」を辞書的に説明する上では「身をもって何かを経験することやその内容」という事実の部分が重視されますが、”User Experience(UX)”や”Customer Experience(CX)”に代表される「○○エクスペリエンス」の文脈においては「一連のプロセスの中で対象がどう感じるか」という感情的な反応に注目する意味合いが強くなってきました。

People Experienceも同様に受け手の感情が重要視されます。体験の良し悪しは何が提供されたかではなく、個々がどう感じたかという主観的な評価によって決まるのです。

エンゲージメントが高まると内発的動機が高まる

いわゆる「アメとムチ」によって喚起される外発的な動機は報酬や罰則のような外部刺激がなくなると効果がなくなってしまったり、「お金がもらえるから」「怒られたくないから」などと本質とずれた行動原則が置かれるリスクがあり、長期的に維持するのが難しいとされています。

一方、「やりたいからやっている」「自分が必要だと思うからやる」と個人の自発的な関心や目的意識によって喚起される内発的動機は、エネルギー源が自分の中にあるためにより持続的で組織や会社が外から刺激しなくても機能しやすい側面があります。実際に多くの研究でエンゲージメントと内発的動機の間に正の相関があることが示されています。

(photo by SwapnIl Dwivedi)

双方に長所・短所があるためいつでも内発的動機付けだけを求めればよいというものではありませんが、People Experienceの目的はエンゲージメントを高めることで個人の内発的動機を高め、主体的&持続的な形でのパフォーマンスアップにつなげることにあるのではないかと思います。

報酬や罰則、その前提となる制度やルールも組織における体験のひとつですから、People Experienceのプロセスから外発的な動機づけ要因を切り離せないのは事実です。一方、People Experienceの向上を通じて本当に得たい成果は賞罰で個人の思考や行動をコントロールすることではなく、それぞれが制度やルールの背景にある意図や理念に心から共感し、それがエンゲージメント向上につながることであるはずです。

賞罰やルールだけでは組織に所属する人々を理想的な状態に導けないがゆえに、People Experienceという概念が存在するのです。

期待を満たさない体験は価値を生みづらい

同じモノ・同じコトを提供しても、それをどう感じるかは受け手によって違います。企業には報酬や福利厚生などの待遇面を重視する人もいれば、仕事を通じた自己の成長や市場価値向上を重視する人もいます。

一例として、極めて社内の人間関係が競争的で、辛辣な言葉が飛び交うような環境があったとしましょう。このような環境を好ましくないと感じる人もいますが、仕事内容対して十分な報酬や機会が与えられ、それが個人の期待を満たしていれば良い体験となり得るのです。

組織に何を求めるかは正に十人十色。「これさえやればOK」と方法論レベルでPeople Experienceを形式化するのが難しい理由はここにあります。

(photo by Tina Floersch)

「会社⇔従業員」の関係に限らず、先輩と後輩、友達、パートナーなど、あらゆる関係性の中で人は他者に対して何らかの期待を抱きます。その期待が満たされればエンゲージメントは向上し、逆に満たされなかった場合は低下することになります。

…とはいえ、会社は全ての期待に応えられるわけではありません。従業員が会社に抱く期待も、全てがフェアで健全なものとは限りません。「できないものはできない」ことをハッキリさせずに放っておくと、相手は意図せず期待を持ち続け、やがてそれが裏切られたと感じることでエンゲージメントが下がってしまう可能性があるのです。組織が満たせない期待を所属者が抱くことはPeople Experienceにとってリスクとなります。

(photo by Suad Kamardeen)

優れたPeople Experience実現の第一歩は期待値の把握と調整の段階にあると考えるべきでしょう。

なぜ”Employee”ではなく”People”なのか

元々People ExperienceはEmployee Experienceにルーツがあり、両者を同義と考える組織も多いと思います。その目指すところも基本的には同じで、最終的に企業の利益を向上させることにあります。

しかし組織とそこに所属する個のあり方は変化し続けています。最近は”Employee Experience”よりも”People Experience”が使われる傾向がありますが、その理由として以下の3点が考えられます。

1.「仲間」は従業員だけじゃない

「従業員」の一般的な定義は「企業と雇用契約を結んでいる人」です。ここには正社員・契約社員・アルバイト・パートが含まれます。一方、「従業員」に含まれない仲間としては派遣社員・業務委託・外部パートナーなどがあります。

働き方の多様性が増す中、雇用契約の有無で扱いに優劣をつける考え方は時代遅れになりつつあります。雇用契約がないだけで「自分は対象外だ…」という残念な気持ちにならずに済む点で”People”は”Employee”よりもインクルーシブな表現であると言えます。

便宜上”Employee Experience”と表現しながら雇用関係のない人も対象とするケースもあると思いますが、今後”People Experience”のほうが自然な表現となっていくことは間違いないでしょう。

企業やサービスに関するコミュニティや株主など、事業運営に直接的に関わらないステークホルダーまでを体験提供の対象と考えるかどうかは会社によって異なりますが、People Experienceは広義にはそこまでを包括し得る概念です。

2. ライフサイクル全体を考慮した体験デザインが必要

「従業員」の定義を厳格に適用すれば、まだ会社に雇用されていない選考中の候補者や退職者もEmployee Experienceの対象外ということになります。しかし個人を主語にした場合、組織との関わりは入社を志した時点で始まり、退職後も継続し得るものです。

入社前の体験に関しては"Candidate Experience(CX)"という概念が用いられます。情報提供や選考、アトラクトなどの体験面で差別化を図ることで、競合優位性を高めることが主な目的となります。仮に採用に至らなかった場合も、自社に対し良い印象を持ってもらうことができれば将来的にもう一度選考に参加してくれたり、自社の顧客になってくれる可能性があります。

加えて、People Experienceを大きく左右する要因となる期待値コントロールを選考段階から実施するという視点もCandidate Experienceに付加すべき視点です。自社のいいところばかりを強調し、課題を明確にしなかったために入社後にギャップが生じ、早期退職に至るようなケースは期待値コントロールの典型的な失敗例と言えるでしょう。

また退職後の体験を表す概念には"Alumni Experience"という言葉があります。転職や副業などにより複数の企業でのキャリア形成が当たり前となった今、退職した人材とのつながりが重要視されるようになってきました。優秀な人材は将来的にカムバック採用や副業、人材紹介や転職先企業との協業などによって退職後も自社に機会をもたらしてくれる存在となり得ます。このような観点から、退職後も良好な関係を維持しようと退職者ネットワークであるアルムナイの運営に注力する企業が増えています。「アルムナイ/Alumni」は「卒業生」「同窓生」という意味ですね。

"Employee"になる前と後の時間軸までカバーするというコンセプトに基づけば、やはり”People Experience”の表現がより包括的で一貫性のある体験デザインを前提とした表現になるでしょう。

(参考: What is People Experience? - EMA)

3. ひとりの人間として個人を扱う

あらゆる領域で物質的な価値提供による差別化が難しくなり、精神的なつながりが重要視されるようになってきました。企業においても個人を理解し、尊重しようと思ったときに「労働者と使用者」の枠組みだけでは捉えきれない事象が出てきています。

個人を示す”individual”という言葉は語源的に「(それ以上)分割できない」という意味を持っています。ひとりの人間にとって仕事は人生の一部であり、それ以外の要因と相互に影響し合っています。例えば家族の存在が仕事にも大きく影響することを疑う人はいないはずです。

(photo by Jimmy Dean)

このことを考えれば、People Experienceのデザインにおいては労働者としての側面だけでなくその人の人生そのものに焦点を当てるのが合理的と言えるでしょう。個別事情に対し具体的にどう配慮するかの判断は難しく、People Experienceの側面だけで会社の全てを決めることはできません。しかし仮に組織が下す判断が同じでも「事情を汲んで配慮が示されたか否か」によって心象は大きく異なります。

こうしたトレンドの下、企業における組織施策のアプローチは以下の図のように変化しています。

※Or(どちらかが正しい)ではなくAnd(両方大事)の発想が重要です

多様性ある組織づくりの土台にはそれぞれに異なる個性を理解し、尊重する文化が求められます。個人が個性を抑えて組織に適応することを求めるのではなく、それぞれが持つ個性が尊重され、自分らしく振る舞える状態をつくることが「良い体験」の前提となるでしょう。

誰もが従業員(Employee)である以前にひとりの人間(a Person)であり、その集合体(People)が組織なのです。

People Experienceの和訳は「組織体験」がいいかも知れませんね。

まとめ

ここまでに挙げたPeople Experienceの重要な要素を羅列すると以下のようになります

  • 体験の良し悪しは個人の主観的な評価や感情で決まる

  • エンゲージメントを高め、内発的動機に基づくパフォーマンスを高める

  • 期待が満たされるか否かが重要、そのために期待の理解と調整が重要

  • 雇用者以外のステークホルダーも仲間

  • 体験は入社の前に始まり、退職した後も続く

  • 従業員である以前にひとりの人間として個に向き合い、尊重する

いきなりPeople Experienceという言葉を持ち出しても抽象度が高く壮大になりがち、ふわっとしがちだと思います。しかし、個々の体験はひとつひとつの接点で得た感情の積み重ねによって形成されていくもの。Webサイトも、面接も、入社手続きも、研修も、上司との1on1も、評価も、社内イベントも、そしてもちろん日々の仕事も、あらゆる接点がPeople Experienceの要素となります。

(photo by Avel Chuklanov)

まずはひとつひとつの接点でのコミュニケーションを通じて相手がどう感じるかを想像し、それに寄り添うことから始めればよいのだと思います。

ここ数年で企業とそこに所属する個の関係性は大きく変化しました。私はそれを資本の論理に抑圧されていた人間らしさを積極的に肯定していく変化の兆候であると受け止めています。

あらゆる企業でPeople Experienceが大切に扱われれ、それが人生の大部分を占めることの多い仕事面の充実につながり、最終的に人々の幸せにつながっていく世界をつくっていけたらと思っています。

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今回は以上です。が、ちょっとだけご紹介させてください。

■ 株式会社ワークサイド

私が上記のようなビジョンを実現するために新たな挑戦の場として選んだ会社です。Missionは「People Experience for All / すべての働く人に最高の体験を」です。まだまだ小さいですが、世界が人格主義を取り戻す未来の実現に向け、野望は大きく持ちたいと思っています。

2023年4月現在は入社者のオンボーディングと新卒採用の内定者フォローに関するソリューションを提供しています。

  • オンボーディングがうまくできず、早期離職率が高い

  • 内定者へのフォローがうまくできず、工数もかかるし辞退率が高い

…といった悩みをお持ちの方はぜひお気軽にお問い合わせください。

あとはそんな理念を持つプロダクトを一緒に育ててくれる仲間も大募集しております。まずはお話だけでもぜひ!


■ 株式会社グッドパッチ

デジタルプロダクトの印象が強いと思われますが、デザインの力はビジネスモデルやPeople Experienceに対しても非常に有効です。組織デザインの事例も豊富にあったりしますので、People Experienceに関するインサイト発見や体験デザインのパートナーをお探しの場合はこの会社に相談すると良いと思います。

以上、よろしくお願いします!!

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