[あれから10年]東北旅行中の地震
ー 2011.3.11 ー
あの日、あのとき、偶然にも福島県で日帰り温泉を楽しんでいた。
大阪暮らし、初めての東北旅行。仙台空港から現地入りし、1日目は仙台に宿泊。2日目はレンタカーで朝から海側をドライブし、福島県の山側にある日帰り温泉を楽しんでいるときに地震は起こった。
ぐわんぐわんと揺れる建物。日本最古の木造建築共同浴場と知られるその温泉は、老朽化により改装されていたため全くの無傷だったが、激しい揺れで湯は全て流れ出ていった。
瀬戸内の災害が少ない地域で生まれ育った私は、地震によって倒れた建物や怪我人を実際見たこともなかったため、逆に怖さは全く感じなかった。地震の多い地域に住んでいる地元の方の対応は早かった。服を着る、ドアを開ける、建物の外に逃げる。
一通り落ち着いてからは車へ移動し、いつでも逃げられる体制になった。さて、これからどうしようかと考えていると、急に雪が降り出した。まずはどうなっているかわからないけど、宿へ移動しよう。
運よく宿泊予定の宿は、キャンセルをせず宿泊客を受け入れてくれた。周りの地域は停電していたものの、自家発電のある宿だったため何不自由なくテレビで情報収集ができ、大変なことになっていることがわかった。津波のこと、福島原発のこと、仙台空港は水浸しでもう戻れないこと。
大阪までどうやって帰ろうか・・・?
JALのマイルを使い、飛行機で仙台までやってきたけど、もう空港が使えない。福島空港ではJALが飛んでいない。レンタカーでそのまま大阪まで帰ることも考えたが、途中ガソリンがなくなることも考えられるし、やめておくことにした。
仙台のレンタカー会社の店舗に電話しても電話はつながらない。店がまだ存在しているかどうかもわからない。運営会社は、他店舗では返却受け付けないから、仙台まで返しに行けと言ってくる。うむ困った。
なんとか地震の翌々日にはレンタカー会社と連絡がつき、仙台へ向かう。ガソリンを多く残すことを意識し、寄り道はせずまっすぐ仙台へ。その日はまだ寒かったが、車の中で新聞紙をかけて眠った。
次の日は、仙台から山形へバスが出ていることを知り、山形まで進む。道中に見えた蔵王があまりにも美しく、地震なんて嘘のようだった。
そこから山形1泊。朝から空港に張り付き、やっと飛行機を確保し、大阪まで帰ってくることができた。
3.11の周辺では、いろいろな人のインタビューが流れ、胸がきゅーっとなる。自分たちが生きているのは偶然だし、生きてるだけでラッキーなことなんだと。明日は絶対来るとは限らない、今日を大切に。
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