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将棋棋士 豊島将之先生の再出発

今日は一年で最も昼が短い冬至である。太陽がこの日を境にパワーを増していくので、新たな気持ちで誓いを立てたり願い事をしたりするのに最適な日らしい。そこで、将棋棋士の豊島将之先生が、タイトル獲得に向け力強くリスタートされる事を願って、思いの丈を綴りたい。

初投稿の記事にも書いたが、私が最初に豊島将之先生を意識したのは、2019年の第32期竜王戦本戦トーナメントだ。当時は豊島先生を藤井聡太先生の天敵だと報道されるイメージでしか存じ上げなかった。そこから後追いで知れば知るほど、豊島先生の言動から窺い知れる将棋にかけるひたむきさに心を打たれてしまった。

将棋棋士の豊島将之先生。1990年4月30日生まれの31歳。最年少の9歳でプロへの登竜門である奨励会に入会。天才少年、ゆくゆくは名人にと将来を嘱望される中でレーティングや勝率では10年以上トップレベルを保持し続けてきたが、棋界の七不思議と呼ばれるほどにタイトル戦では苦戦続きだった。

初戴冠となった2018年第89期棋聖獲得後の記者会見では自身のキャリアで最も辛かった頃を尋ねられ、25歳あたりから今までですかね、と答えている。

【第89期ヒューリック杯棋聖戦】豊島将之新棋聖会見(2)「将棋が楽しいと思えない時期もあった」 - 産経ニュース https://www.sankei.com/article/20180717-MY2ITUX3H5K25JUEQTQLUMGTIE/

「三度目の正直」「石の上にも三年」という言葉があるが、豊島先生が久保利明王将に挑んだ2011年のタイトル戦初挑戦から初戴冠まで実に五度目の正直、7年が過ぎていた。

19歳から28歳。過ぎ去った年月にもズシリと重みを感じる。多感で元気に溢れていて毎日何かしら楽しい事が起こる年頃ではないか。その貴重な青年時代の大半を豊島先生は将棋に捧げ、途中どれだけの失意と向き合い耐え忍んでこられたのだろうか。想像するだけでも胸が締めつけられる。

25歳あたりからと聞いて思いあたるのが豊島先生の特徴としてよく語られるAI研究だ。2014年電王戦への参戦をきっかけに、対人の研究会やVS、棋士室での検討から、一人でAIと向き合う研究スタイルへと方針転換された時期と合致する。

AI研究というと必ず言葉の上っ面だけを捉えて「手を丸暗記しているだけではないか」という意見が挙がる。しかし中盤以降の複雑な局面まで暗記するのは不可能だということは周知の事実だ。それよりも不安視されているのは、AIに頼りすぎると発想力や未知の局面への対応力が失われるのではないかという事だ。

とても印象深かった羽生善治先生とのエピソードがある。2014年王座戦決着局の終局後インタビューで、羽生先生は豊島先生に勝利したにもかかわらず「面白くない将棋を指してしまった」と仰ったのだ。NHK ETV特集で2019年4月に放送された「九段 羽生善治 ~"AI世代"との激闘の軌跡~」でそのインタビューを観た。この発言は当時も話題になり、羽生先生の将棋に対する揺るぎない信念に驚かされた。

ただでさえ悔しいタイトル挑戦失敗の後に、この言葉。豊島先生の心中たるや、察するに余りある。しかし羽生先生は自分をフルセットまで追い詰めた豊島先生に対し強さと才能を認めた上で、豊島先生らしい閃きを決して消さないで欲しいと願っていたのではないだろうか。ゴールなき将棋道を共に邁進する同士へむけた、羽生先生らしいエールだったのだと今なら思える。

豊島先生は幼少期から積み重ねた経験で身につけた将棋指しとしてのセンスや独創性を見失う事なく、新しい可能性(今までこう指すべきだと思ったが別の手は無いのか)を模索する為にAIを活用していった。自分ならこう指すがAIは違うという。そうやってどんどん課題を突きつけてくるAIと、豊島先生の強くなりたいという探究心とが出会ったことで相乗効果を生み出した。

将棋棋士の先生方が豊島先生の印象を話される時、異口同音に豊島先生の指し手への理解度の高さと研究の深さを評価する。使いかたを間違えると自らの長所を奪われかねない諸刃の剣であるAIをも巧みに使いこなし、ついには令和初の竜王名人を獲得するに至るまでの強い豊島将棋が形成されていったのだ。

今でこそAIは将棋棋士の研究に欠かせないものとなったが、その先駆者として自らが実験台となりただ1人暗闇を手探りで進んだ豊島先生の勇気には賞賛しかない。強くなれる保証はどこにもなかった。そして不運にも自らの研究スタイルを変えてからもなかなか結果には繋がらなかった。そんな暗黒期に光明が差したのが2016年JT杯将棋日本シリーズ制覇だったのではないか。

先月11月21日、JT杯2連覇で自身3度目の優勝を果たした時のインタビューでも「無冠で苦しんでいた時期に優勝が励みになり、それから結果を出すことができた」とその時の喜びを語っていた。豊島先生が可能性を求めて切り開いた険しい道にひとつ結果が出せた。何度耕しても枯れてしまう荒地にやっと咲いた花のように誇らしく先生の心を照らしたに違いない。

しかし将棋の神様は今年、豊島先生に再び試練を与えた。急成長を遂げる藤井聡太二冠との戦いで保持していた竜王と叡王の座を明け渡し、王位奪還も叶わず3年ぶりの無冠となった。

12月12日放送のNHKスペシャルでは竜王戦を戦い終えた両者へのインタビューが紹介された。決着局となった第4局の終局後、勝敗よりももう少し将棋を指していたかった、気持ちのいい時間だった、純粋にこの時間を楽しみたかったと両者が全く同じ感想だったことから、2人が勝敗を超えた将棋の真理を追究するもの同士だ、と感動を呼んだ。

「藤井聡太と豊島将之 2人が見た盤上の景色」

https://www3.nhk.or.jp/news/special/sci_cul/2021/12/story/1212/

このweb記事のインタビューで豊島先生は「今回の対局がどんな意味を持つのかは、これから自分がどれくらい活躍できるか、どれくらい成長できるかにかかっている。これから自分が強くなれたら、この対局の日々がきっかけだったということになる」と、もし強くなれたら、と謙虚に語っておられる。

しかし私が尊敬してやまない豊島先生のことである。この日々をきっかけとして必ず成長し強くなる、と既に決意を固め、取り組んでおられる事だろう。

羽生先生がかつて前述のETV特集内のインタビューで仰ったように将棋をテニスのラリーに例えるならば、藤井竜王にとって難しいコースに打ち込まれてリターンしがいのある、楽しみな相手は今後も豊島先生であり続けることは間違いない。

何故こんなにも将棋の神様は豊島先生ばかりを選ぶのかとお尋ねしたら、きっとこうお答えになるのだろう。「試練を乗り越えるたびに強さを増していく豊島先生に感動するからです」と。そして今年藤井竜王を破ってのJT杯優勝は、その期待を上回るような今後の活躍の序章であることを予感させる。

何度困難に直面しても決して諦める事なくひたむきに努力を続ける姿。変化を厭わずしなやかに進化し続ける姿。そんな豊島先生を応援しているつもりが、いつも自分までもが強く勇気づけられている。真っ直ぐ前を向き、可能性を信じて進もうと思える。新たなステージに挑む豊島先生の戴冠を見届ける日が待ち遠しい。

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