中国人のレストランオーナーの自宅でカエルをご馳走になったこととその後日談
<苦手な人は読まないほうがいいかもです。カエルとか調理とかが大丈夫な人向けです>
中国では、カエルを食べるのは珍しくないようだ。
今年のお正月のこと。レストランのオーナーであるジャオさんから突然メッセージがきた。お店が休みの月曜に、夕食を食べに自宅に来いという。
ジャオさんは、中国本土出身の50代男性で、夫婦でレストランを開いている。マレー語も英語も話さないけれど、中華系マレーシア人とコミュニケーションが取れるから困らないようだ。
そのお店は、パイプのような椅子が集まった質素なもので、以前はお客さんも少なかったから、ゆっくりお茶を楽しみながら食事ができた。何回か顔をだすうちに、白髪の混じった坊主頭のオーナー、ジャオさんと顔なじみになった。
人好きのするジャオさんは、よくお客さんと大声で喋っている。常連には、友達のように話しているのをよく見かけた。
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当日は、ジャオさんの奥さんに駐車場まできてもらい、一緒にコンドミニアムの部屋の前まできた。ドアを開けると、料理の匂いが充満していた。
小柄な中国人男性が、大きな中華なべをふり、強火で何かを炒めていた。いつも肉まんだの小籠包だのを運んでくれるお店の若者だった。火が熱いのか、こめかみに汗が滲んでいる。彼は、醤油と酒を片手で鍋に落とした。ジュウと音がして、白い煙と香りが立ち上った。
醤油、酒、ごま油、ニンニク、そして何か焦げる時の香ばしい匂い。
中華料理は、「wok」が大事、と、たくさんの中国系の人からきいた。油を熱して、素早く調理して、焦げ付かせる、その香り、旨味が大事だそうだ。
「チキン?」と、鍋を指差して彼に尋ねる。
首を横にふった彼だが、私を見て困った顔になった。英語を喋らないので、なんと説明していいかわからないようだ。助けを求めるように、私の向かいに立っていた中華系マレーシア人の男性に中国語で何か言う。
男性は、ああ、はいはい、というようにうなづいて、私の方を向き直った。
「あれはカエルだよ」そう言って、にやりと笑った。彼も「味坊」の常連で急に招待されたそうで、ガールフレンドと一緒だった。
Japaneseかときかれ、そうだと言う。カエルを食べたことあるの、ときかれる。
うん、一回食べたことがあるよ、と答える。
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ペナンに来てからだ。中華系の家族と何回か食事に行った。「このレストランではカエルが有名だからぜひ食べるべきだ」と勧められたのだ。
ところで、私は、本当に、カエルが苦手だ。子供の頃から。顔がいや。脚がいや。ぬるぬるした感じがいや。小さくても、大きくてもいや。理由がわからないけど、感覚的にいや。絶対に、近寄らない。
そのレストランで、大皿にたくさんのカエルフライを出された。足の形がわかる。ぴょんとしている。
おそるおそる、箸で一つだけとった。口に運ぶと、なんてことはない。鶏肉のようなもので臭みもない。小さなフライドチキンのようなものだ。骨を口から出さなくてはいけない時だけ、ちょっとだけいやだったけれども。
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さて、調理が済んだのか、若者は、ザザザッと、鍋の中身を皿にのせた。
台所に並べてあった皿やビールを、みんなでテーブルまで運んだ。キュウリの炒め物、牛鍋、ピーナツ、たくさんありすぎて、台にのりきらないほどだった。
カエル肉の皿は、牛鍋の横にあった。こちらは、レストランでのフライとは違って、キノコやネギと一緒に炒めてあるのだけど、形状がさらに生々しい。頭らしきものも見えて、あれは私の皿によそわないでほしい、と心の中で祈る。
じっと見ている私に、ジャオさんは勘違いしたようだ。「遠慮するな」とばかりに、木しゃもじで、ドンと私の取り皿によそってくれた。たくさんのカエル肉だった。
私は、ビールを一口のんだ。そうして、箸を躊躇させたまま、「たくさんあるね。どこで手に入れたの」ときいた。
ジャオさんは嬉しそうに答えた。
「マレーシアではカエルはあんまり売ってないね。中国では、よく食べるのに」
そこは少し不満そうだった。
だから、特別に友達に口利きをしてもらったのだという。カエルをたくさん飼っている「ファーム」を見つけてもらい、そこに連絡したんだという。
ジャオさんはいつもの大きな声で、私にビール缶を手渡しながら、さらに詳しく説明し始めた。
「だから、今朝、ファームまで行ってきたんだ。バケツに入れて持って帰ってきて、自分たちで下処理したんだ。
今日の昼から、皮をむいたり、大作業だった。だから、これは、冷凍じゃないよ。レストランとかだと冷凍も使うけどね。
これは、すっごくフレッシュ。特別だよ」
英訳してくれた中華系マレーシア人の「フレッシュ」「特別」の言葉に、「先に到着しなくてよかった」と胸をなでおろした。
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食事中は、とにかく、食べろ食べろと大声で言われ続けた。
油断していると、ジャオさんがすばやく、私の取り皿に料理を盛ってしまうう。ジャオさんの奥さんからも、ビールもジュースもどんどん渡される。「大丈夫、大丈夫、まだ皿に残ってるし」と言っても、遠慮しているととられるのか、もっと食え、もっと食え、美味しいかときかれる。
「ハオツィー、ハオツィー」と、ほとんどこれしか知らない中国語を連呼する。
この間、みんなの会話はほぼ中国語でなされるから、チンプンカンプンだった。
だから、不思議な感じがした。中国にずっと住んでたジャオさんたち。日本にずっと住んでた私。マレーシアで出会って、言葉も全然通じない。
だけど、ご飯を食べさせてもらって、くえ、くえ、と言われて。嬉しいような、懐かしいような気持ちになる。
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ジャオさんは、私がカエルが苦手だなんて、思いもしないようだ。
カエルは、多分、ジャオさんの中国の家では、よく使っていた材料だったから。
だから、マレーシア人や日本人に出してあげよう、と思ったのかもしれない。
本当の、お家の味だから。
中国の家で食べていた、懐かしい味。
だから、同じような、フレッシュなものを使いたかったのかもしれない。
新鮮な美味しいものを食べさせたいから。
わざわざ友達に紹介してもらって。
朝から「ファーム」に行って。
生きたままのカエルをバケツに持って帰って。
中国人の従業員たちと、皮をむいて調理して。
自分たちの懐かしい味。
そして、私たちが知らない味のものを食べさせるために。
すごく手間がかかってる。
それが、このカエル料理だった。
大きな声で、喋り続けてるジャオさん。ビールをどんどん飲んで、ご機嫌になってる奥さん。二人を囲んで、みんなで、どんどん食べる。
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さて、それから数日後、「味坊包子」に立ち寄った。
ジャオさんがいた。
「こないだのお料理、美味しかった。ありがとう。カエルは、レストランで食べたより美味しかったなあ」
「そうか、そうか」とジャオさんは、嬉しそうにうなづいた。そうして、「ちょっと待ってろ」と、私を残すと、後ろの調理場に行ってしまった。
戻ってきた彼は、大きなプラスチックの袋を下げていた。
「あなたは、料理は作るのか」
うん。
ジャオさんの満面の笑みに、何か、嫌な予感がした。
「これは、まだ下処理もすんでないけどな、簡単だから。誰でもできる」
そう言って、私に袋を押し付ける。
嫌な予感が強くなり、いや、いいよというが、
「とっておけ」と無理やり、袋を渡された。
遠慮、ではなかったのだけど。
開けてみると、袋の中には、カエルの半身が、冷凍された状態で入っていた。
ジャオさんの言葉通り、下処理もまだだった。
(終わり)
この「カエルの話」は、2020年9月に出したものです。
「運動も英語も苦手な中年女性が、海外でヨガティーチーになる話」(『本当の私を、探してた。』の原案)を書き終えて「次、なに書こうかな」と思ってた頃。
まだ小説を書くなんて思わなくて、エッセイ書いたのですね。
だけどこのころ、まだフォロワーさんも少なかったから、読んだ人がほとんどいなかったです…
そういうわけで、少しだけ修正しリポストしてみました。
エッセイ、また書こうかな。
感想、歓迎です。