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演じ始めた小さなわたし

ごく普通の家庭なのになぜ居心地の悪さを感じていたのか。今回は過去の回想と分析。

  

父は亭主関白で、とても怒りっぽい人。

私がまだ小学校低学年の頃、家族でテーマパークに遊びに行った。着ぐるみを怖がって泣き出す私に、「せっかく連れてきたのに」と父はキレて一人でどこかへ行ってしまい、その日一日が終わるまで合流することはなかった。一人で何をしてたのかなぁ。いまだに怖くて聞けない。それから私は、父の前では楽しいフリをしないといけないと無意識に思い始めたんだと思う。

仕事柄時間が合わなくて一緒にいる時間が少なかった父とは、いまだにどう喋っていいかがわからない。姉は父とも楽しそうに話すから、私はいつのまにか姉だったらどんなテンションで返すかなと考えるようになっていたことに、つい最近気がついた。

  

母は思ったことがすぐ口に出てしまう人。

疲れた、もう嫌だ、忙しい、と仕事から帰ってきて一人声を上げながら、そのまま家事をする。ため息をついたり、扉を強く閉めたりしながら。私はそれが怖かったんだけど、きっと本人は気づいていない。今でも実家に帰るたびに、ずっと喋ってるなぁ…と感心する。

私が小学生の頃、ちょっと辛かったことをぽろっとこぼすと、「お母さんだって辛いこといっぱいあるよ。今日なんかさーー」と母の愚痴を聞く会話に変わってしまうことがよくあったなぁ。

それと、忙しい母は、私が体調が悪いと訴えても取り合ってくれないことも多かった。結局昼ごろ発熱して小学校に迎えにきてもらい、「なんで早く言わなかったの。お母さんまた仕事行かなきゃいけないのに」と言われる。私朝言ったけどなぁ…いつも聞いてもらえないなぁ…って悲しくなった。


私が見る両親は、とても対等な関係とは思えなかった。

思ったことをすぐに口にする母。それに対してすぐに怒る父。怒る父に気を遣う母。冗談混じりに母に文句を言う父。誤魔化して笑う母。端から見たらちょっとした会話なのかもしれないけど、私は二人のやりとりを見るのがすごく嫌だった。

父が怒らないよう父の味方をしたり、母が悲しまないよう母の味方をしたり…ひょっとしたら自分が家族のバランスをとろうと頑張っていたこともあって、子供本来の甘えたり自由に感情を表現することができなかったのかもなぁ。


小さい頃に自分の気持ちを受け取ってもらえなかった、拒否されたという経験。素直に伝えた言葉を受け取ってもらえない。自分の言葉は意味がない。自分が感じることを伝えると嫌われる。自分は間違っている。

だからどうしたらお父さんお母さんに喜んでもらえるのかを必死に考える。お父さんお母さんが喜ぶような子どもになろうとする。その癖が幼い頃に身についてしまった。

小さな子どもにとって生命線である両親に対して、いい子を演じはじめた私は、自分のままでいることができなくなったみたい。演じないとお世話してもらえないから。

そうなると誰に会ってもどこへ行っても、365日朝から晩まで四六時中いつもいつもいつも演技をしている状態。女優さん俳優さんだって「スタート」から「カット」まで、仕事として演じているのに、私は休む暇なく演じ続けている。

だから疲れてしまうんですよ。と、カウンセラーさんに言われた。

自分のままでいていいという安心できる場所がなく、いつも不安を抱えて周りを敏感に感じ取っていつも演じて、エネルギーは常に枯渇状態。だからストレスが重なってしまったとき、もう頑張れないと力尽きてしまう。

   

普通の家庭で育ったはずだけど、愛着形成に問題が出てしまった。家が安心できる場所ではなかったから、常に居心地の悪さを感じていた。

両親の愛情が足りなかったのか、私が愛情を感じ取れなかったのか、どこにでもあるようなちょっとした出来事が連鎖的に私の危機感につながった。危機感集めしてたみたい。ほら嫌われた、ほら拒否されたって。

きっと他にも同じようになぜか苦しい人っているんじゃないかな。中学生の頃の私はこんな普通の家で苦しいと思うことはおかしいのかと誰にも言えなかったから、そう悩む子に届いたらいいな。普通に見えても、苦しいっていう自分の感情を大事にしていいんだよって。

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