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絵描きで 52才のおばさんですが 書店を作った話と エドワード・ゴーリー

絵を描き続けたいひとへ
ちいさな書店を営みたいひとへ

これは、画業だけで成り立たなかったわたしが、画業と並行して書店を営むようになるまでの、あらすじです。
わたしはあまり器用なほうではないので、多分『もっとこうしたほうがいいな』とか、『なんて遠回りなんだ』とか、感じられると思います。反面教師として読んでいただけたら幸いです。

わたしは職業は一応絵描きなのですが、4年前から自身の書店ペレカスブックをも営んでいます。

絵の収入だけで暮らしていくのはなかなかに難しいものです。更にわたしはシングルマザーでもあったので、絵の仕事をしながらも常にパートタイマーとして働いていました。

絵の仕事は主に文芸誌上での小説への挿絵でした。1998年HBギャラリーファイルコンペで大賞を受賞したのをきっかけに、大好きな物語の隣にある『挿絵』に的を絞って出版社に直接営業をかけたのです。
以来様々な文芸誌で挿絵してきましたが、2015年に文藝春秋誌で連載された桐野夏生さんの長期連載『夜の谷を行く』への挿絵が決まったときには、しばらくは安定した収入になることからパート業務をやめ、画業に打ち込むことができました。3冊目の著書となる絵本『まんじゅうじいさん(絵本塾出版)』を描いたのもこの時期で、わたしにとって実に幸せな18ヶ月間でした。

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(↑こちらが文芸誌の仕事と絵本『まんじゅうじいさん』です。笑えるほどにタッチが違います)

しかし、連載とは必ず終わるものです。理想としては連載や著作を世の中に響かせステップアップし、更に大きな仕事をしていくのが作家としての育ち方ですが、自身の力不足によって、そうはなりませんでした。
それでも画業を続けたいと思ったわたしは生活のエンジンとして、そして必ずや自分を育ててくれる仕事と思える、なによりも大好きな本の仕事として、自身の書店を立ち上げることにしたのでした。こう書くとかっこ良さげですが、絵ばかり描いてきて他になんのスキルも免許もなく、年齢的にできるパートの仕事が限られていたことも大きかったのですけれども。
娘はこのとき大学生。学費を奨学金とわたしの両親からの援助でギリギリまかなえていたこと、離島に暮らす両親も健康でいてくれたことなど、恵まれた条件もありました。

さて、問題は書店をどこに作るか、でした。
地元埼玉県草加の街が良いと思ったものの、気がかりは同じように草加で本のある空間を作っていた『カフェ・コンバーション』のことでした。古い倉庫をオーナーの今井さん自身が改装した木と漆喰のバランスが美しい店内の端に、本を手に取ってみられるコーナーがあったのでした。
「あなたがやっていることと似たようなことを始めたいと思ってるんだ、ごめんね」
と断りを入れると、速攻で返ってきたのは、
「じゃあ、一緒にやろう」
という想像もしていなかった言葉でした。恐るべき決断力の人です。
そこからは、あれよあれよという間にカフェ・コンバーションの床の半分が白く塗られ、そこに『ペレカスブック』が出来上がったのでした。

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(↑こちらがペレカスブック の店頭です。ごちゃごちゃしています)

取次との契約など書店の実務については様々なところに情報があり、ここで改めて書く必要はないと思えるので割愛し、わたし自身の選択と実感だけをお伝えします。

選択としては、返品制度を主とした取次ではなく、買い切り対応し、その分掛け率を下げてくれる取次にしたこと。ひとつひとつの本に出会い、愛情をかけていくにはこの方が良いと思ったからです。また、そのような条件の取次の方が、ちいさな商売にも対応してくれる感触もありました。

激しく身に染みる実感としては、書店とは手間ばかりかかる上に、儲からないということです。
良くて7掛け(返品制度だと8掛け)という卸価格では、100万円売り上げても利益は30万円に届きません。最初の年は年間売り上げが実にこのわずか100万円あまりでしたので、確定申告したときにはガクブルという感情表現にぴったりの気分を味わいました。

数々の絵本を手がける編集者であり(『まんじゅうじいさん』も!)、絵本店トムズボックスの店主でもある土井章史さんから書店を経営するにあたっていただいアドバイス、それは「副業をすること」でした。正に現在ペレカスブックの収入は、本の販売が半分、あとの半分は絵描きのスキルを生かした独自製品の制作販売と、地域からいただくデザインの仕事です(本業のはずの画業が副業になっています……)。
これから書店を経営したいと考えている人がいるとしたら、本の売り上げだけでないお金が入るルートを作ることを、わたしもお勧めします。

いくら自分が良いと思って置いた本でも、カフェにいらっしゃるお客さんの好みに合わなければ売れないという難しさを感じたこともありました。素通りするお客さんばかりが続くと、結構メンタルにきます。
4年目の経営になってくると、カフェのお客さんが喜んでくれそうな本の感触もなんとなくわかるようになり、同時にペレカスブック自体へのお客さんも、つくようになってきました。また、本が本当に好きなお客さんはそれぞれのアンテナが研ぎ澄まされていて、わたしの知らない分野の素晴らしい本を教えてくれます。これは開業した時は想像していなかった、書店として伸びていくための大切な宝物だと思っています。
書店経営とは自分の好きな本を置くだけではなくて、そこから波長の合うお客さんと一緒に広げていくようなもの。それが今の実感です。

書店を営むのは大変だけれど、本を読むことが仕事につながるなんて、本好きには最高の環境です。
そして、こんな不安な時代だからこそ絶対に、世界が神羅万象が丸ごと入った本というものは、人の心のためになくてはならないものだと思うのです。街に、灯火のように小さな書店がそこかしこにあるようになったらいいな。それはきっと生きやすい世界です。

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さて、本日の本の紹介はガクブルつながりで『エドワード・ゴーリーが愛する12の怪談(河出書房文庫)』です。
ゴーリーが選んだ12のそれはそれは怖いだけでなくゴチックな格式も感じる上質な短編それぞれに、ゴーリーの描いた扉絵がついているのが贅沢。わたしが一番怖い怪談だと思っているディケンズの『信号手』や、今読み返してもやっぱり怖いジェイコブズの『猿の手』も載っています。
わっ! 両方『手』で終わっていますね。これで両手がそろったね、なんて怖いことを呟いてみたりして。

ペレカスブックのゴーリーコーナーに切らさないように置いてありますので、是非お手にとってご覧ください。

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