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連載小説「心の雛・続」

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全8話/約30,000字/ファンタジー小説 創作大賞2024に応募した連載小説「心の雛」の続編です。こちらから読んでも大丈夫なように書きました🙏 院長の「奥野心」と手のひらサイ…
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連載小説「心の雛・続」 第一話 目の前で困っている人がいたら?

『繰り返します。……先ほど、新しい情報がこちらに届きました。繰り返します……』  先生が愛用しているノートパソコンという巨大な金属製の機械から、ピローンピロンという高めの電子音と緊張感を持った女性の声が発せられていた。画面、といういろんなものが映し出される光る四角いところからは、その話している女性の顔と、その後ろにここではないどこかの映像も。  わたしは「ひらがな」しか文字が読めないので隣にいる先生をちらりと見上げた。 「どうやら、痛ましい事件の続報が入ったようですね」

【連載小説】「心の雛・続」あとがき

すっかり北海道は冬がやってきました。 朝晩はマイナスの気温になることが多くなり、雪が積もったり溶けたりの繰り返し。氷が水たまりの中にできているのを見つけて、子供たちはその水の中に手を突っ込み、うすごおりをそおっと持ち上げて目を輝かせています。もちろん素手です。強いなぁと感嘆します。 さて、連載小説「心の雛・続」の公開が無事終わりました! 全8話、約30,000文字というお話を読んでいただき、また、温かいコメントもいただき、たくさんたくさん励まされた11月でした! ✨️🌱☘

【短編小説】言葉のない手紙

 黒く長いホースをずるずると伸ばし、グリップを軽く握ってノズルから水を出した。  天気は快晴。  雲一つない空は透き通るような青さだ。  夏らしくむわっとした湿度を持った空気を思い切り吸い込みながら、早朝の日課であるハーブと花――同居人のための朝ご飯――を摘むために、僕は裏庭に出ていた。連日雨が降らなかったのを思い出し、まずは植物に水を撒く。  ふと思い立ち、腕を上に伸ばした。先端からの水が高いところから地面へと弧を描いて煌めき落ちた。太陽を背に受ける位置へ移動した。

【短編小説】ラム香るホットミルク

 やけに明るい夜だった。  私は閉められたカーテンの隙間から伸びた一筋の線を不思議に思い、無意識に手を伸ばした。小さな手のひらに線が映り込み、明と暗、二色の手に変化した。 「……灯り?」  私は手のひらと、窓とを交互に見た。 「どうしました? 雛」  遠くの方から私を呼ぶ声が聞こえた。振り向くと私の大好きな人間の男性、心先生だった。というか、この家には私と心先生しかいないので、まぁ彼しかいないわけだけれども。 「夜なのに明るいなぁって思って」 「明るい? ……あぁ、

連載小説「心の雛・続」 第二話 雛の不安

前の話  次の話 其の、うちに秘めたる贖罪は 誰かの赦しで癒えるものでもなく 己自身が赦せるものでもなく 犯した事実は変えられず ただひたすらに、己を苛み続ける  ふんわりと香る季節の花たち。ラベンダーは初夏の訪れを告げてくれる。  わたしはこの薄紫のふっくらとした柔らかい美しいものが大好きで、心先生はそれを知っていて違う系統のラベンダーを植えるようになったとか。 「あぁ〜〜〜、いい香りです〜〜〜」  鼻をふくらませてわたしは思いっきり香りを吸い込んだ。今だけは先生に

連載小説「心の雛・続」 第三話 懺悔

前の話  第一話  次の話  カサカサに乾いた唇から飛び出す様々な言葉。  さっきまでの鬱々とした印象はどこへやら。  わたしは困惑する。やっぱり人間というものは、どこか計り知れない何かを内に秘めているものだと痛感する。恐ろしいくらいの暴力的な何かを。  言葉っておかしいよ。予兆もなく突然やってきて、スパスパと簡単に投げつけてくる。肉体的ダメージはないんだけど、血だって出るわけじゃないんだけど、言葉を投げられた前と後とではわたしの気持ちが全然違っているんだもの。  痛まし

連載小説「心の雛・続」 第四話 前向きな不調

前の話  第一話  次の話  大きな口をあーんと開けた心先生がプリンを頬張ろうとしている。  今、まさにその瞬間の、普段とかけ離れた可愛いお顔を、わたしは目をカッと開いて凝視した。 「えっ? 雛、ど、どうしました⁉」  ゴホゴホと咳き込んで先生がわたしに尋ねた。見すぎたか。一体どんな表情でわたしは先生を見てしまっていたのか……。 「先生! 吐きすぎです!」  おやつを食べる時のテーブルに、わたしはダン!と小さな両手を叩きつけて言った。実際は手が小さすぎてペチ!くらい

連載小説「心の雛・続」 第五話 作戦会議

前の話  第一話  次の話 「皆の者。よくぞ集まってくれましたな!」  わたしは真っ平らな胸を反らし、威厳を精いっぱい出しながら一同を見渡した。  裏庭の一角。ここにはありとあらゆるハーブや四季折々の植物が植えられていて、その植物を支えている微生物や虫たちものびのびとホームを築いているような、夢の国。奥野心先生が丹精込めてお世話をしている、夢の国。  いつだっけ、ここに、丸太を薄く輪切りにしたような木のテーブルを先生は設置した。  わたしはそこに仁王立ちし、右手をぴょっ

連載小説「心の雛・続」 第六話 思い出の使い方

前の話  第一話  次の話  憧れの医師がいる。  その方を僕は特別な敬意を込めて「師匠」と呼ばせていただいている。  かといって彼は僕のことを「弟子」とは呼ばず、「おい、心!」「心ちゃーん!」「心センセ!」などと野太い声でガハガハ笑って呼んでいた。 「おぉい! 心! 後ろに乗れ!」  乱暴な物言いで師匠が僕にバイクの後ろ部分を指さした。師匠の愛車、マットな質感のダークグレイの大型バイクは、僕が後ろに乗っても走行に支障が出ないモデルらしかった。 「えっ? 僕はバイクに乗

連載小説「心の雛・続」 第七話 巡る、そして変わる

前の話  第一話  次の話  春夏秋冬、季節は巡る。  壁のカレンダーが一枚、二枚と散っていった。  季節は変わり、今は秋の終わり頃。  R様の診療状況は順調と言える。二階のリビングにある窓から裏庭を眺め、そう僕は思った。植えられたハーブも旬が交代し花模様もだいぶ変わっていった。  本日は夕方に二件の診療予約が入っているので、午前中は落ち着いて過ごす予定だった。  後で着るための白衣を手にした。それから僕は、ちらっと雛を見ようと思った。朝食後に裏庭に連れて行ってほしいと

連載小説「心の雛・続」 最終話 妖精たち

前の話第一話  あとがき  雛はさっき言っていた。 『いつもいただいている可愛い服を、もう買わなくて大丈夫です』  いつか別れが来ると知っていた。出会った当初からその覚悟はできていた……と思っていたが、実際は全然できていなかった。秋だからだろうか? 季節の移り変わりのせい……そう思おうと無理に心を奮い立たせている僕は、やっぱりどこかで雛との別れを惜しんでいるのかもしれなかった。  妖精たち三人と雛から紙を渡された。 「開けてください、心先生」  穏やかでまっすぐな