パリは燃えているか 10
4月10日月曜日。本来ならば旅程の最終日です。
復活祭の日曜日の翌日で、ハッピーマンデーでした。
私たちは最初に予定していたエッフェル塔の代わりに、処方箋と一緒に渡された地図を頼りにシャンゼリゼ通りの薬局へ行き、ない薬は似たようなもので代用すると言われて了承し、薬を買いました。咳止め。抗生物質、のどスプレー、鼻スプレー、咳止めシロップです。
その後ビストロに入り、そこにはランチらしいメニューがなかったためとりあえずクレープを食べ、せっかくのシャンゼリゼ通りなので凱旋門をバックに記念写真を撮りました。華やかでスタイリッシュな街並みを予想していましたが、意外に素朴でいい感じに古風で街路樹は風情があり、祝日にしては人もそこまでごった返してはいませんでした。
朝荷物を預けてあった、本来ならばエッフェル塔へ行くために荷物を預けるはずだったオペラのシティロッカーへ行き、その後、オペラ座周辺を歩き回ってロワシーバス乗り場を探しました。同じところをぐるぐる回って見つからず、グーグルマップの道案内を使って何とかたどり着きました。
そこから一路空港へ。
日本行きのエールフランス便が飛び立つターミナル2Eで降りようとしましたが、棚に置いていたキャリーケースを取り出すのに手間取っている間に発車してしまいました。しかたなくターミナルFで降りて2Eの方へ歩きました。
その後、アメリカンホスピタル・オブ・パリでもらった書類で飛行機に乗れるかどうか誰かに聞かなければならないという趣旨の元、ターミナル内を歩き回り、職員の人に聞いて「大丈夫」と言われましたが「日本のスーパーバイザーがどう言うかはわからない」とも言われました。
そこで、日本のスーパーバイザーなるものがどこにいるのか探し、見つからないのでカフェで休憩し、時間も夕方になってきたので自動荷物預け機でタグを発行し、オンラインチェックインもしてあったので搭乗券も発行して受託手荷物のカウンターへ。そこで黒人の強面の職員に「この書類には陽性と書いてある、飛行機には乗れない」と怒鳴りつけられました。
荷物のタグをはがし、カウンターで帰国便の変更手続きを行い、午後10時近くなってバーさえも椅子をあげて店じまいしている中営業している飲食店はマクドナルドだけ。テンションだだ下がりでボロボロの精神状態で、人生で一番まずいチーズバーガーを食べました。
ターミナルの椅子で寝るわけにもいかないのでホテルを探していろんな人に聞いて回り、薬局の角を曲がったところと何度も言われましたが見つけられず、歩き回り聞きまわり探し回り、電光案内板でホテルの行き方を見て、ターミナル間シャトルに乗って第三ターミナルの出口近くのイビスホテルにようやく落ち着くことができました。