ぜんぶ親のせい!って思ってたあの頃が今となっては懐かしい笑い話だ
ふと思い出した。
息子の一歳の誕生祝いの会を我が家で開いたときのことを。
埼玉に住む夫の母と妹たち、滋賀に住むわたしの両親と兄が札幌まで祝いに来てくれたのだった。
当時のわたしは息子を育てるのがとても苦しくて、
理由のわからないその苦しさを親の育て方が悪かったからだ、と
両親のせいにしていた。
十代の頃から両親に心を開くことができず、
心の溝は年を重ねるごとに広がって、
育児困難に陥ったことでフォッサマグナのごとく深まってしまった。
そんなわたしにとって
誕生祝いの席での父のある発言は耐え難いものだったのだ。
わたしが現在住んでいる札幌では
一歳のお祝いに風呂敷に包んだ一生餅を担がせて歩かせる風習があり、
札幌に来てまだ間もなかったわたしは、できたばかりのママ友達に教えてもらって一生餅を手作りした。
さて、会のメインイベント。
息子の背中に一生餅を巻き付けて歩かせると
ほとんどの子がそうであるように、
息子もぎゃんぎゃん泣きながらジタバタ動き回った。
その様子を見かねた父が
「なんちゅーひどいことするんや!まだ骨も固まってない子にこんなことして体がおかしなったらどないするんやー!やめろー!」
と叫んだのだった。
幼い子がジタバタする姿を大人が目を細めて見守りながら成長を喜ぶ行事なのだと思うのだが…
一瞬にして、やんややんやとはやし立てていた一堂全員凍り付いたよね。
わたしは込み上げるものをその場はぐっとこらえて
息子を一生餅から解放してやった。
そしてその場から離れ、洗面所に行って悔し涙を流した。
「一緒に笑って祝ってやってほしかっただけやのに。おめでたい席やのに、みんな楽しんでるのに、なんでお父ちゃんはそうやってぶち壊すのよ!」
そもそも親に対して被害者意識でいっぱいだった当時のわたしは
悲しくて悔しくて必死で湧き上がってくる感情をどうにか抑えて、
何もなかったように席に戻ったのだと思う。
こうしてますます父への恨みは強くなっていった。
今思えば、
父はわたしが幼い頃から泣かれることを嫌う人だった。
父が単身赴任していた頃、何かの理由で電話越しに母と言い合いになり、
母が泣いてしまったらしい。
すると父は慌ててその日の新幹線で母のもとに帰ってきた、という。
そんな父だから
かわいい孫が泣き叫ぶ姿を見るに堪えなかったのだろうなと、今ならわかる。
人一倍、体を気遣う心配性な人でもあったし。
もう、父との間のこの手の話は癒して癒して手放して、記憶と感情を切り離せているので、
今思い出してもなんの感情も湧いてこないのだけど、
なぜかふと
今のわたしがこの状況に直面したら、
父になんて言葉をかけるかなー、なんて考えてみたくなって。
「まぁまぁ、そんなに怒らんと。お父ちゃんが心配なのはわかるけど、だいじょうぶやから。
北海道で生まれ育った人みんなやってるんやから。一生餅担いで体をおかしくしたって話聞いたことないからさ。まぁ笑って見ててやってぇな。」
って、父の怒りを受け流すことができるだろうな。
そしてきっと
孫かわいさに真顔で怒る父のことをありがたく思えるだろう、と。
そんなことをつらつら考えていると
お腹の方からくくくっと笑いが込み上げてきた。
ぜんぶ親のせい!
って思っていたあの頃が、今となっては懐かしい笑い話だ。
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