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命より大切なもの。死に様は残された者への愛

「最後にもう一度、家族の顔が見たいとは思わなかったんかな」

病室に入ると、人工呼吸器に繋がれて意識のない父がそこにいた。

父の死後八年の月日が経っても、
いまだにふと、この疑問が頭をよぎることがある。



たまたま目にした
『医師が「命より大事なものがある」と断言する深い理由』
という記事をきっかけに、
八年前に他界した父が自ら選んだ死に様と、
そこから学び得たわたしの死生観について書いてみようと思った。

命より大事なもの

私も今、命より大事なものがあると思っています。それは苦しまずにいるということです。

救いようのない苦しみに苛まれたら、私は命を捨ててでも楽になりたいです。
いや、それでも命より大事なものはないと言う人は、たぶん今、苦しんでいない人でしょう。とにかく生きていてほしいと、延命を望むのはたいてい家族で、苦しんでいる本人は「もう逝かせてくれ」と思っているにちがいありません。

医師が「命より大事なものがある」と断言する深い理由 より引用

父が不整脈の薬を服用していることは聞いていた。
その薬がまさか劇薬指定されているもので、
副作用の発症率が3割、発症後の生存率が5割
というものだと知ったのは、
父が副作用の肺線維症を発症して緊急入院してからのことだった。

その薬を服用するにあたって父が署名した誓約書にそう書かれていた。
父はなんでも一人で決めてしまう人で、
その薬がそのようなものだということを入院先の担当医から説明されて
母も初めて知ったらしい。

この薬が効かなければペースメーカーになると告げられていたようで
八十歳を過ぎても年に一度は海外旅行する父にとって
リスクを取ってもペースメーカーは避けたかったのだろう。


入院先の担当医から
いずれ人工呼吸器をつける必要に迫られるかもしれないことを告げられた。

調べてみたところ、
人工呼吸器をつけるということは、
ほぼ二度と意識が戻らないまま死を待つということらしい。

人工呼吸器をつけてすぐに死を迎えることもあれば、
何年も昏睡状態のまま生き続けることもあるという。

意識がないまま機械と薬で身体を維持し続けることにどれほどの意味があるのか。

わたしはそう思った。

その状態で父に生きてほしいと願うことは
家族の、わたしの、エゴなのではないのか。

死はそのようにコントロールしていいものなのか?

意識が戻り、再び起き上がってともに生きることができる希望があるのなら
その選択はもちろんありだ。

でも、病状から言ってもその可能性がない。

そんな状態で本人にとってどんな意味がある?


人というのは死ぬときは死ぬ。
まわりがどんなに生かそうとしても死ぬ。
本人が顕在意識レベルで生きようとしていても、死ぬときは死ぬ。

そういうものだとわたしは思っている。

日本では多くの人にとって死はタブーのようだが、
死は悪いものではないとも思っている。



治療の甲斐もあり、一時は会話できるまでに回復した父だったが、
病状が悪化し始めたある日
朝一番に母に連絡が入った。

「ご主人に人工呼吸器を使用しました」と。

未明に呼吸困難になった父は
自ら同意書にサインをして、人工呼吸器の使用を選んだそうだ。


母が病院に駆けつけたときにはもう昏睡状態に入っていて
なすすべもなかった、と。

わたしも再び帰郷し、ベッドに横たわる父に対面した。

肺の機能がほとんど失われていた父は
人工呼吸器をつけて数日で息を引き取った。

結果から言えば、
父が呼吸できない苦しさから解放され、
苦しまずに最期を迎えられて、これでよかったのだと思う。



「どうして、なんでもかんでもじぶん一人で決めてしまうのよ」

「最後にもう一度、わたしの顔を見たいと思ってくれなかったんかな」

当時はそんな思いが湧き上がって、心の中で父を責めたものだが。


今だからわかるけれど
呼吸困難に陥った父はそんなことを考える余裕すらなかったに違いない。

そして、じぶんの命をどうこうするという大きな決断と
そこにのしかかる責任を家族に負わせないための
彼の愛でもあったのだろう。

父の性格からすれば
そのこともあらかじめ決めていて、
そのときが来る覚悟をも決めていたのかもしれない。

そんな父の最期は潔かったと思う。


そのことに氣付いて以来、

人の死に様というのは、残された人への愛でしかない

そんなふうに思えるようになった。


それでも、いまだにふと思うことはある。

「最後にもう一度、意識のあるときに会いたかった」と。

それは父の苦しみを長引かせることを意味し、
残される者のエゴでしかないのだけれど。

それでも、娘としての正直な思いなのだから
そんなじぶんをゆるそうと思う。

ホロスルーム〈hicari〉



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