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ていねいに生きる(1)
50歳になって、教師という仕事を辞めて、旅に出て気づいたことがいくつかある。
ひとつは、それまでの自分自身の人生を振り返って、本当にていねいに自分の人生を生きてきたか…ということ。
思い返してみれば、結構いい加減に生きてきたような気もする。
大雑把で、時にはいい加減なことばかりしていた時期もあっただろう。
手抜きもあったかもしれない。
還暦を過ぎた今、残された時間は限られている。
問題なのは、現世でこの肉体で生きて生かされている時間がどれだけ残されているのかわからないということ。
平均寿命まで生きれるのであればあと20年ほど。
100歳まで長生きするのだとしたらせいぜいあと30年。
「その時」は、ある日突然やってくるのかもしれない。
それは1ヶ月後かもしれないし1週間後かもしれない。
ひょっとしたらあと1時間後かも…。
みんなそんな事実を少なからず心のどこかにとどめていて、見て見ぬ振りをしているのだ。
知っているのに知らんぷり…。いや、できるだけそんなことには関わりたくない…。そんな思いを抱えているはず。
刹那の快楽にとらわれてその場その場で楽しめればそれでいい…そんな風に考えるのが自然なのだろう。
この夏、PEACE RUN2024ヨーロッパの旅に出向き、8月のとある暑い日に、スペインアンダルシア山中で遭難しかけた時に、僕は何度も考えた。
残された水と食料が完全に尽き果てた時、この肉体はどうなるのだろうか?
下手したら、そのまま山中を彷徨いながら枯れるようにこの世から消えていくのかもしれない…。
神様が、それが僕の運命だと言われるのだとしたら、僕はそれをすんなり受け入れるしかないのだろうか?
神様はそんなに簡単に僕をこの世から抹消してしまっていいのだろうか?
幸い、僕はアンダルシア山中から無事生還できた。だからこそ、今こうやってこの原稿を書いている。
一歩間違えたら、僕はあの樹海の中で息絶え果てて、その亡骸(なきがら)は誰にも見つかることなく土に還っていくことになったに違いない。
今、自分の部屋で落ち着いた気持ちで何気なく生きている自分がいる一方で、あの世から恨めしく現世の自分を見つめているもう一人の自分もどこかにいるような気もする。
そして、もう一人の自分がこう言う。
「ひとつしかないその命を粗末にするんじゃない。もっとていねいに生きろ!」
そうなのだ。
一度限りのこの世での自分の人生、もっとていねいに生きていかなければ…。
(つづく)
*アドヴェンチャー・ランナー高繁勝彦のメルマガ「週刊PEACE RUN(第657号)」から一部リライト
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