MELODY&NUTS #26 SMILE

各ステージの
終了時間は異なっている

MAIN STAGE 20:00
ANOTHER STAGE 20:30
FUTURE STAGE 21:00

MAIN STAGEは間もなく
フィナーレを迎えようとしていた

国民的人気番組の
エンディングテーマにも
使われている
東堂真一郎の代表曲

〜微笑み〜

聖母マリアをイメージして
創られたこの曲は
真一郎が武者修行で訪れた
イタリアで生まれた

聴けば誰もがわかる
この曲だが
日本での演奏は実に
１０年振りだ

演奏技術もさることながら
キャリアを積み上げて来た
自信と歴史を感じさせる
見事な演奏だ

花のピアノの伴奏が終わり
真一郎は掌を前に突き出した

その姿はまさに帝王と
呼ばれるのに相応しかった

そして突き出した掌を
握ると同時に
完璧な静寂を作り出した

サックスを構え直し
微笑みで一番印象に残る
アウトロのソロパートが始まる

たった１分のソロパートに
多くの観客が涙した

演奏を終えると
この日一番の大歓声が巻き起こり
その声を聴いた真一郎は
満足したように微笑んだ

一方
FUTURE STAGEでは
事件が起きようとしていた

『おいメロ
　どうした
　大丈夫か？』

ディーが急に黙り込んだ
メロに話しかける

この日に備えて
過度な練習をしていたメロは
声が出なくなってしまったようだった

完全なるオーバーワークだ

事態を見つめていたのは
ディーだけではなかった

異変を察知し
バックステージに
走り込んできた人物がいた

その人物は
重い荷物を下ろし
ハードケースの中から
サックスを取り出すと
一目散にステージへと歩き出した

『ちょっと待ってください』と
静止するスタッフに
通行証を見せつけ一言

『東堂真一郎の妻です』と
言い放った

あまりの事態に
慌てるスタッフに対して
『あなた少し手伝ってくださる』と
何かをお願いし始めた

ステージ上では
観客にメロの異変が気付かれないよう
ディーの渾身のプレイが続く

『メロ
　無理するな
　初めてのステージで
　ここまでやってくれただけで
　俺は尊敬している』

ディーの本当の気持ちだ
本来であれば元相棒のシャークと
フェスに出演するはずだった

無理な頼みを聞いてくれた
メロには感謝の気持ちしかない

それどころか
ディーの想像を遥かに超える
パフォーマンスを
今日のメロは発揮していた

『あとは俺に任せろ』

ディーはメロの肩を掴み
力強くそう言い放った

くそっ
どうして声が出ないんだ
あと少し
あと少しなんだ

あとは俺に任せろ
ナッツみたいなこと言いやがって

やっと音楽が好きになれたんだ

長いトンネルの向こう側に
今
ようやく手が届きそうなんだ

動け
まだやれる
絶対に諦めない

ステージ上の異変に
ちらほら観客も気付き始めた

何かトラブルがあったのかと
話し始める者
足を止めてしまう者
心配の声をあげる者

今まで一体となっていた
会場がざわつき始めた

『奏』

久しぶりに聞く
自分の名前に驚いて
メロが振り返る

そこには
微笑みながら
サックスを差し出す
母の姿があった