山にいたモノ。
春風怪談、本日もご投稿頂いておりまする。
今回は、子供の頃の経験でございます。
子供の頃の経験って、くっきりはっきりと鮮やかに記憶に残りますよね。ビビットな浮世絵みたいに。
ハザカイユウさん5歳のときの経験。
本日もイラスト入りで語って頂いております。
そうだよなぁ。
嘘じゃなくて。
そういうふうに見えたんだよなぁ。
そうだよなぁ。
と、自分ごとのように読んでおりました。
というのも、形は違えど、僕も似たようなものを見たことがあるから。
ということで、ここからはあんこぼーろの春風怪談でございます。
ぼくが4歳ぐらいでしょうか。
当時、20代の父親は中古で買ったジープで、川や山や砂浜に僕と妹を連れ出して、自然の中を疾走させるという趣味をもっていました。ワイルド以外のなにものでもないです。
子供心に、これ、いいのかな、こんなとこ走ってる車、一つもないのにな、大丈夫なのかなぁ、と思っていました。だって父親は、川の上を車で走ったりしておりましたから。
ある夜。
僕と妹はジープに乗せられ山奥深く入って行きました。
どこ行くと?
壁ば登るったい。
僕が訊くと父親はそう答えました。壁?壁っ、車で?壁?え、車って壁を登る機能もあるの??車ってすごいっ!でもめちゃくちゃ周りが暗闇で恐いっ!こわすぎる!!!
ヘッドライトが照らす範囲以外全部が暗闇。あかりひとつありません。そんな中、山の中の赤土の広場に出てきました。ヘッドライトで、土のむき出しになっているところが照らされています。今思えば、多分、土を掘り出す山だったのかもしれません。
お前らしっかりつかまっとけよっ!
そう言って父親はジープを土の壁めがけて突進させますいやこわいこわいこわい!これ大丈夫?登れるのこれ????ほんとに登れるのこれ??!!!僕は助手席で車内のなにか掴めるものに掴まります。
ゔぃうううううういいいいいおおおおおおおおっっっっごおおおお
高鳴るエンジン音と土を巻き上げる音がして、ジープの運転席から見える景色が突然変わります。なぜかフロントガラスから夜空が見えます。ほとんど垂直を向いているようです。
妹が、うきゃかやきゃきゃきゃきゃきゃきゃ、と後部座席で楽しそうに叫んでおりますただのちんぱマヨネーズです。
子供ながらに、僕はこの壁登りに対してまったく信頼感がありませんでしたでも父親は楽しそうです一旦バックをして助走をつけてまた壁に挑戦しておりますおかしい。何度も何度もそれを繰り返して、ちんぱマヨネーズうきゃかやきゃゔぃうぃいうちんぱファーザーういいいいいいんなんです。
この壁を登りきった先にはなにがあるのだろう、そして一体なんで壁を登っているのだろう。たくさんの不安と質問がありましたが、うっかり口をひらくとすでに口の中に飛び出ている内臓を噛んでしまうので、僕はひたすら口をつぐみ、どこかに掴まっておりました。フジツボのようなものです。フジツボあんこぼーろです。
僕は思いつきました。
s、そそうだ。前を見なきゃいいんだ。僕はこの壁登りに参加しなきゃいい。僕だけ、なんか、暗闇を見つめる遊びを一人でしてたらいいんだ。そうだ、そうしよう、。
僕は、壁とは別の方にあるすこしえぐられた別の壁を見つめていました。
エンジン音と妹の歓声が聞こえるなか、僕は暗闇を見つめます。
あれ?
え?
何かいる。
え?怒ってる?
土の中に、
大きな顔。
口を大きく開いて、この車を睨んでいますいやいやいやいや叫んでいいかなこれ。
僕は、顔のことを父親に告げました。
ねぇ!怒っとうけん、帰ろうなんか!!!怒っとうけん帰ろう!!!!
なんや、誰がおるとや。
なんか顔がおるっちゃもん!
へなちょこやな、おまえ壁登るのが怖いだけやろうが。
帰ろう!!おるっちゃもん!
父親は、僕がただ嘘をついていると思ったらしく、何度か壁のぼりを繰り返しましたが、僕が一切喋らなくなったので、しばらくして帰路につきました。
その時に見た顔に近いものを、大人になって、何度も本やテレビで見かけることがありました。
水木しげるも同じような経験をしたようです。彼が子供の頃に野山で見たものを、戦時中のアジアの住民たちの祭りの仮面に見たそうです。
僕が暗闇の中で見た顔は、この顔に似ていました。
春風怪談まだまだ募集中ですからな。