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ひと色展旅行記 下
小学生満員電車のとても騒がしい江ノ電を、七里ヶ浜で降りる。
先程の喧騒が嘘だったかのように、静けさが住宅街に染み渡る。風の音と自分の足音。潮風の香り。
暫く歩くと、緩やかな下りの坂道の向こうに横断歩道があり、信号が点滅している。
信号の向こう側には、光を反射した白っぽい海が、きらめいている。
潮風が、吹いて、くる。
ああ、いいなぁ、こういうの。
そうつぶやく。
「あれ?アサミさん、この子って金沢のひと色展にいましたっけ?」
ぼくはひと色展の回廊で、イシノアサミにそう尋ねる。見たことのない色の子がいたから。
江ノ島の神社には八方睨みの亀という絵が存在する。どこからその亀を見ても必ず目が合うからそう呼ばれているそうだ。
その八方睨みの亀のように、ぼくはひとりの色の子が気になった。けれどもその子と目は合わなくて、その子は別の方を眺めている。
逆に僕はその子から目が離せない。
「あ、その子は新しい色の子です。新人なんです」
イシノアサミは応える。
僕はまたその子を覗き込む。
イシノアサミにかかれば、色に命が吹き込まれる。
また新しいお客様がくる。
イシノアサミが小走りで挨拶に向かう。
その人の空気感をおかさないように、ゆっくりと前かがみで、彼女は近寄ってゆく。
僕とはそやmさんが、象の色のソファに腰掛けると、さちさんが薄茶糖と抹茶味のお菓子を持ってきてくれてもてなしてくれた。
僕は薄茶糖を入浴剤代わりにして風呂釜を破壊するほど薄茶糖が好きなので、そのコクと甘味のお茶を、3日間食事にありつけていないときのベンゾウさん((c)キテレツ大百科)のようにむさぼりのんだ。
生クリームと抹茶を混ぜ繰り返したやつを洋菓子の中に入れたお菓子が美味しくて、思わず涙した。
深呼吸する草の色。
サップグリーン。
薄茶糖の色。
うわさん、さちさん、三間あめさん。
彼女たちがもてなしてくれる。
うわさん以外は初対面なのに、行きつけの喫茶店かのようにくつろいだ。
ねむれる。
ソファでねむれる。
実際にうわさんはたぷんとゆらめく夜の海に抱かれてまどろむウミガメのような顔をして、目を開けて会話をしているふりをして眠っていた。まるでうわの空だ。
ところで!
三間あめさんは、動きはさとうきびのようにきびきびしているのだけど、せかせかとしたせわしなさは感じない。
かと言っておっとりとした雰囲気というわけでもない。
田舎の丘の上の、子供がしまい忘れたかざぐるまのように、風が吹けばくるくるまわり、風が止むと静かにたたずむような、そんな雰囲気。
また三間あめさんについてはうわの空の人が記事を書くと思うので乞うご期待である。
そんな三間あめさんはよくお似合いのワンピースを着ていた。
きらめく異国の色
ウルトラマリンディープ色のワンピース。
この色は、はるばる海を越えてやって来る色だそうで、この名がついているらしい。
ところで、三間あめさんのパートナーの方は船乗りをされているらしい。
らしい!
さて閑話休題。
帰りの新幹線に乗る前に、シウマイ弁当を買った。
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わたくしは崎陽軒バージンというわけではなく崎陽軒経験者なのであるが、シウマイ弁当バージンではあった。
新幹線で、そちらを食べていたときのこと。
シウマイが美味しいのは当たり前だから、最後の方にとっておく。まず、味の想像できるかまぼこから食べる。そして卵焼き。筍の煮物。漬物の立ち位置の生姜。同じく昆布。鮪の煮たやつ?あ、唐揚げは後半に取っておこう。
ん?これは、人参の煮物かな?
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と、思ってこの人参の煮物のようなものを口に入れ、咀嚼して、ご飯を口に運ぼうとした。
すると、
なななななにこれ!!!!???????
酸っぱい!甘い!!
なに?腐ってる?なにこれ!
甘い!!甘酸っぱい!
人参じゃない!
なにこれ!?
え?フルーツ????!!
なにこれ?なんなん!??
弁当を食べながらあんなに思い悩む顔をするひともあまりいないだろうと思う。
シウマイ弁当経験者の方々はもうおわかりだと思うが、あれはあんずである。
調べてみるとシウマイ弁当のデザート的立ち位置の、ファンの多い食べ物なのだそうだ。
でも、でもだからといって、おかずたちに囲ませずに隅の方でデザートっぽい感じで待っててくれてもいいのに、真ん中って。写真よう見たら、すべてのおかずに接してるやん。岐阜県みたいにいろんな県に接してるやん。なんなん。なんか相撲取りの中にギャルがいるっていうか、ギャルの中に相撲取りがいるっていうか、なんか情報処理ができないのよわたし。
なんで真ん中にいるのよあんずが…
と、ぶつくさ言いながら弁当を食べ終える。
そして、お茶を飲みながら、思うので、ある。
あんずだと分かって食べていたら、
あれ、
なかなか、
美味かったよなあ…
あんずだけでもまた食べたいなぁ…
崎陽軒シウマイ弁当のあんずがめちゃくちゃ美味しいので皆さん食べてね。
崎陽軒のシウマイ弁当のあんずの色
ブリリアントオレンジ。
あんこさんの好物が崎陽軒シウマイ弁当のあんずに変更されました。
象のソファで寛いでいるあんこぼーろ。
オープン直後の10:30頃に到着したのにも関わらず、時間はもう12:30になろうとしている。
あっという間じゃないか。。。
タイムリミットだ。
心のスタンプラリーに向かわねばならぬのだ。
そうこうしていると、はそやmさんも一足先にひと色展をあとにされた。わたくしも行かねば。
別れ際に三間あめさんに黒いコースターを頂いた。
我が家では黒いお膳をお盆やテーブル代わりに使用しているので、お膳によく合うコースターとなった。
自然と毎日使わせていただいている。
あめさん、ありがとうございました。
お客様対応中のイシノアサミに退展の意思を伝えると、とても悲しそうな顔をしてぼくの腹を殴ってきた。
カラスさんやgeekさんにはお会いできなかったけど、うしろがわの体毛を全部引かれる思いで、お腹をおさえながらひと色展をあとにした。
来たときと同じ道。
同じ風。
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多分また、ひと色展の思い出に浸りたくなったときに、ひとりひっそりと大倉山記念館を訪れる人がいるかと思う。
その時は、大倉山のどこかにあるこのゴリラ岩を探すことに心血を注いでいただきたい。
黄色いがきどもの喧騒を離れ、七里ヶ浜駅から歩き、海の見える交差点から階段を降りて、浜に降りる。
七里ヶ浜の砂は黒い。
周辺の山々から取れる砂鉄が堆積してこの色になっているのだという。その黒い砂浜の所々で、星のように石英の小さな粒が光る。
夕焼けのときに見たら星空のように見えるのだろうか。
波の音。
小さな波の音や、突然の波しぶき。
風に海水の粒が混じり、顔にゆっくりと運ばれてくる。ひんやりと、爽やかな風。
僕は黒い砂浜に座る。
しゅじゃり という、砂の音。
泣いている子どもや、子を叱る親。
笑うカップルや、笑顔で海を眺める老夫婦。
ひとり海を眺めるひと。
海に足を濡らす人。
サーフィンをする人。
写真を撮る人。
砂浜の先には江ノ島。
富士山は見えなかった。
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また皆さんに会いたいなぁ、と、ぼんやりと想う。
ひと色展またいきたいなぁ、と、ぼんやり想う。
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気づけば、新幹線の時間まであと1時間。
あわてて七里ヶ浜をあとにする。
江ノ電に揺られながら、ひと色展を思い出す。
言わば、色の子たちは、紙に色素が付着しているだけのものだ。紙に絵の具を乗せただけの物質だ。
けれど、それを見るために、様々な場所から様々な人々が訪れた。
その色の子たちを見て、涙ぐんでいる人もいた。
その色の子たちを見て、笑顔になる人もいた。
ひと色展で、紙の上に乗っているのは絵の具じゃないんだと思う。
イシノアサミの過去がのっているのだと、そう思う。
彼女の様々な過去や感情が、色の子の姿を借りて紙の上にのっているのだ。
だから、色の子を見て、涙を流す人がいる。
そのように思うのです。
ひと色展へ行き、
さまざまな場所を旅して、
なんだか魂の深呼吸をしたような、そんな感じがした。
旅先にはさまざまな声や、
音や、
匂いや、
味や、
そして色が、溢れている。
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イシノアサミさん
ひと色展スタッフのみなさま
ありがとうございました。
ひと色展旅行記 (完)
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