元の暮らし
これから先は、「もとのくらし」の続編となります。まだお読みになっていない方は先にお読みいただくことをおすすめ致します。このまま読み進めても、2%くらいしか意味がわからないでしょうし。
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かさっ
がだっ
どすっ かち
どさっ かつ かち
がさっ
ぎぎっ
ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ
倉庫の蓋が開く
ヒグマが吠える
歯が全部見える凄い声だなぁ
もとのくらしをかえしてくだ
うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!
ヒグマが吠える。
斧を捨て、僕は小さく縮こまる。
おばあちゃん、ストーブで焼いた磯辺焼きもういっぺん食べたい。
母さん、高校の時、弁当不味いとか言って、ごめん。
妹よ、あの時おかね貸してあげればよかったね。
じいちゃんと泳いだ川。
友達の宿題を隠した秋。
好きな子の上靴を抱き締めて眠った夜。
ヒグマの咆哮が部屋に響き続ける。
うっおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおうれしい!!
え?
なんか最後嬉しいって言わなかった?え?死の間際の幻聴?なにこれ、なんか、脳の最終の安楽死措置みたいなシステム?死ぬのが怖くないようにこういうプログラムが脳にあるの?なにそれ初耳。
あの!すみません!
ヒグマが、僕に話しかける。いや、おかしいだろこの状況。走馬灯走ってんだけどこっちは。罰ゲーム?なにこれ?幻覚?なにこれ。
僕は、なにがなんだかわからないまま、
あ、え、はい、え?
と、熊に応える。いや、なにこれ。なになになに?!徹子の部屋見てたら突然リヴァイ兵長がADでカメラワーク補佐してるみたいなこのギャップなに?もう、思考が追い付かない。もう思考停止する。もう無理。
あ、私、あの、このキャンプを管理してるものなんです!やったぁ!!!!
(いや、もう、無理だろ。熊だろこいつ。なに。神、雑だよ。設定雑。無理だよ。熊が突然喋り出すとか、無理だよ。)あ、そうなんですね、はい。よろしくお願いします。
熊は、自分の熊の頭をもぎ取った。
え?
ヒグマの頭のなかに、人の頭。
ひげ面の熊みたいな顔をした男性が、熊の首から顔をだし、僕を満面の笑みで見つめる。
くく熊じゃなくて人だったんですか!!???
はいっ!そうです!人です!毛皮なんですこれ!
は?????!!!!!だだだ誰得????!!!どんな意図???!!!僕あの、殺されると思って、もう走馬灯すごかったんですけど。あのすいませんけどあなた走馬灯みたことあります?なんかいたずらでやってるかしらないですけど、ほんとありえないっすよ。全然笑えないっすよそれ。走馬灯すごいカロリーなんすよ?わかります????あなただれ?なに?なにこれ?地獄なのこれ。
いやごめんなさいごめんなさい、いや、まじで!ほんとに!いや、まじですって。いや、あのね、数年前まで、略奪の人たちが来てたんで、こっちも自衛の為に、僕がとらえたヒグマの毛皮着るようにしたんすよ。そしたら、やつらよりつかなくなって、そしたら逆に誰も来なくなって。。だからあなた二年ぶりの人間ですよ
いや、一万人目のお客様みたいに言わないでください。人間なら最初から吠える必要あります?話しかけてくださいよ頼みますよあなた。走馬灯みたことあります?ほんとすごい疲れますよあれ。ほんとまじ、ありえんわ。この人。
いや、だって何年も人にあってなくて、もう、興奮しちゃって、声あげちゃいました。ほんとごめんなさい。まじで、いやこれまじなんです!ほら、音楽室に移動する時に、別のクラスの友達とかとすれ違うとテンションあがったじゃないですか!そんなかんじっすよ!
(こいつ なにいってんだ 生命危機のストレス舐めてんのか)いや、自衛のためならヒグマの毛皮は仕方ないですよ。こっちもちょっと過剰に反応しちゃいました。ごめんなさい。(いやでも、僕が謝る問題なのか。実質。全面的にこのヒグマコスプレのやつの方が誤解招く行動してると思う。)
いやぁ、嬉しいです。久しぶりのお客さんです。ゆっくりしてってください。
僕も確かに久しぶりの人間に会うので、なんかすごい喋ってる気がします。あ、っていうか、さっき下でスマホ見つけたんですけど、もしかしてあなたのじゃないですか?
え!まじすか!たぶん僕のっす。まぁ、でも、どうせ電源むりでしょ?えっ!?まじすかっ!!??いけるんすか?!なんで?!なんで、え、ちょ、とえ、なんで、
ヒグマおとこはiPhoneを受けとると、ホーム画面を見て、涙ぐみ始めた。あ、あのすみません、間違ってラインのとこタップしちゃって。ごめんなさい。なんか、女性から、LINEが、なんか、来て、ました。と、僕は声を圧し殺して泣くヒグマおとこに話しかけた。
ヒグマおとこはLINEを開き、声をあげてうずくまった。
家族を亡くした人々が、いったいこの地球にどれぐらいいるんだろう。僕だって同じ。ヒグマおとこは、あの戦争のあと、家族に会えたんだろうか。おそらく、会えなかったんだろう。
僕はそっと小屋を出る。
星が藍色の傘に開いた小さな穴のようにちりばめられている。どの国も電力が供給できないので、空は昔に比べて明るく美しい。吐く息はほんのり白い。
少し離れたところの木に座って寄りかかっている別のヒグマがいた。ヒグマは空を見上げている。こんばんわ。僕は話しかける。やっぱり電気がないと、夜空ってきれいですよね。これがほんとの夜空だったんですよね。あれから、夜空見上げることなんてなかったですけど、なんか、久しぶりに人といると、感傷的になっちゃいました。
ヒグマ少年なのか、ヒグマ少女なのか、ヒグマおとこBなのかわからないそのヒグマは、僕の顔をちらりと見て、よっこらせ、と言って立ち上がった。そして、森の中へのそりのそりと歩いていった。なんだよ、そうですね、とかなんかあるだろ。よっこらせって言うそのカロリーを僕に向けてくれてもいいだろ。こんな世の中でも、いや、こんな世の中だからこそ、嫌なやつは嫌なやつのままだ。
すいませんね、なんか、すっごい泣いちゃって。見つけてくれて、ほんとよかったっす。もう、電源切れますけど、これ、宝ものです。ありがとうございます。背後からヒグマおとこが僕に話しかけてきた。
いや、まぁ、ただ見つけただけなんで。しかも勝手に人のLINE見ちゃうなんて、ほんとごめんなさい。でもまぁ、走馬灯、見てますけどね。あ、いま、お友だちの方かな?なんかすごい無愛想な方いましたけど、一緒に生活されてるんですか?
は?
え?
生活って?
いや、お二人で暮らしてるんですか?
お二人って?
いや、さっきここにいた、ヒグマの方ですよ。
いや、僕、ひとりっすけど。
え?
え?
いや、僕以外、ここ、誰もいないすけど。
いやでも、いま、ヒグマがいて、よっこらせって。森に入って、、、そして、あるいて、え?ほんとにあなた一人なんですか?え?じゃあ僕が見たのは?
いや、怖いこと言うのやめてくださいよ、初対面の夜にそんな冗談笑えないっすよ。
(いやお前が言うな。)いや、ほんとに見たんですよ!よっこらせって言ってたし!
いや!ヒグマがしゃべるわけないじゃないですか!
(いやだからお前が言うな。ヒグマの体から出ているお前が言うな。)いやでも、ほんと、まじ冗談やめましょ?いますよね?僕声聞いたし、姿見てますから!やめましょ!
森の中から、小動物の叫び声が聞こえる。その後に、鹿の断末魔。鳥たちが飛び立つ音。
僕はヒグマおとこを見る。ヒグマおとこは僕をみる。なにかいる。確かになにかいる。
生木がばりばり裂けて倒れる音がして、なにか大きなものが近づいてくる。目を凝らすと、紺色の肌の、濡れた蜘蛛のような生き物が近づいてくる。この世のものじゃない。逃げようとすると、腰が抜けた。ヒグマおとこを見ると、彼も腰を抜かしている。森から、濡れた大きな蜘蛛が現れる。トラックくらいの大きさだ。いくつもの紫色の眼が月を無表情に反射する。蜘蛛は触覚をいくつか広げ、口を開けた。昔、学校の先生が言ってたな。蜘蛛は獲物の体液を吸うの。蚊みたいに、吸うんです。かまきりみたいに、獲物を食べたりはできないんですよ。あ、そうか、じゃあなぜだか知らないけど、僕はこの濡れた蜘蛛に吸われて死ぬんだな。蜘蛛の口が大きく開き、注射針のような口が出てくる。ああ。もうだめだ、ここでほんとにしぬんだな、動けないや。蜘蛛の口がさらに開き、そこからなにか出てくる。丸くて黒いもの。人の頭?
うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!人だあああああああああああ!
蜘蛛の頭から出てきた人の頭は僕らを見て叫ぶ。この蜘蛛も、ヒグマと同じようなただの人間だ。僕はキレた。
おいおまえ、ヒグマのお前も、ちょっとこっちきて座れ。正座しろ。