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【野のへらぶな釣り心整家】辛くて仕方なかった私を野のへらぶな釣りが支えていた(第1回:アフリカ長期出張編)

アラフィフ責任世代のあなたへ

こんばんは。

今夜は出張先、北海道旭川市内の
ホテルの部屋で、この記事を書いています。

本当は明日から現地での仕事が始まります。

朝早い時間から仕事が始まるため
当初は当日朝一番の飛行機に乗る予定でした。

ですが、私は羽田空港から
離れた地域に住んでいるため

始発電車に乗ってもフライトの時刻に
間に合わないのです。

このため会社にお願いして
前日に現地乗り込みさせてもらいました。

費用を極力抑えるため
格安のホテルを予約しました。

狭い部屋には2段ベッドと机と
座面が木のスツールだけ。

長く座っていると
お尻が痛くなるので

今はベッドの下の段に座っています。

こんな閉鎖的な空間にいるせいか

ふと昔の海外出張中の
ホテル滞在時のことを思い出しました。

今日は、その時の釣りにまつわる
思い出を語ろうと思います。


1.突然のケニア僻地への出張命令

2016年3月、当時私は前職の会社で
開発コンサルタントの仕事をしていました。

翌月から新しい部署が立ち上がることとなり
その部署の責任者として内示を受けた頃でした。

アフリカのケニアに出張予定だった私の同僚が
家庭の事情で出張に行けなくなりました。

そこで突然、私に対し、その同僚の代わりに
現地に行って欲しい、と業務指示が出たのです。

出張期間は1ヶ月。

出張先の町までの所要時間は、フライトと車に乗っている時間を合計しただけでも23時間

途中、ケニアの首都ナイロビで1泊しないと
日没後に車両移動となり危険であることから

ナイロビのホテルに1泊し、翌朝早く車で6時間かけて移動。

途中、赤道を超えて南半球に入ります。

ただ目的地に行くだけでもとんでもない時間がかかりました。

やっとの思いで到着した町は
カラカラに乾いた大地

日本人観光客はおろか
外国人すらほとんどいない

ほぼ現地人しかいない貧しい田舎町でした。

そんな町に、わたしの会社のシニア社員が

日本の政府開発援助(ODA:Official Development Assistance)で村に井戸を
作るプロジェクトの現地駐在員として

1人で長期赴任していました。

私はその社員が長期滞在しているホテルに
滞在することになったのですが

当時で築33年、部屋はお世辞にも
快適とは言えない

古く薄汚れた建物でした。

2.とんでもないホテルと最悪の出来事

部屋の鍵は🗝️のような単純な形で
すぐ合鍵を作られて部屋に入られてしまいそうな
代物。

部屋には冷蔵庫も金庫もありません。
Wi-Fiなど当然なく、電話もありません。

14インチの小さな古いテレビが部屋の片隅に
ありましたが、ノイズが酷くてとても見れる代物ではありません。

部屋には蚊帳が吊ってあって、その下には
スプリングのへたったベッドがあります。

天蓋付きベッドと言えば聞こえは良いですが
お姫様が寝るようなエレガントなものを
想像してはいけません。

安宿の粗末なベッドの上に、年季の入った
レースのカーテンが覆い被さったようなものです。

そしてこの蚊帳は
素敵な夢を見る快適な眠りというより

命を守るための防衛線の意味で
非常に重要なものでした。

この地は標高が1,800mの高地です。
乾燥していて、赤道付近に位置する割に

気温は20度台と涼しいです。
しかし、やはりここはアフリカ。

熱帯地域ということで、熱帯マラリアという伝染病を
媒介するハマダラカという蚊が生息しています。

人がマラリアに感染すると
高熱が出て、死に至ることもあります。

このため、部屋の中に1匹の蚊が
飛んでいるだけでも

刺されては大変なことになるため
虫除けスプレーをつけたり

長袖、長ズボンで肌を出さないようにしたり

部屋で蚊取り線香を焚いたりしていました。

私は、蚊帳の表面をくまなくチェックして
小さな綻びや穴がないかを確認するのが
日課でした。

浴室にはバスタブがなくシャワーのみ。
それも、日本では見かけたことがないような

電気でお湯を沸かす小さな湯沸器の
ようなものにホースとシャワーヘッド
が付いているタイプ。

このシャワーはまともにお湯が出ないことが
度々あり、何回水のシャワーを浴びたことか。

さらに、どうやら天井に穴が開いていたらしく
ある夜、スコールが降った後

大量のウスバカゲロウ
(羽アリをデカくしたような奴です)が

浴室中にぼたぼたと落ちて
蠢いていたことがありました。

今思い出すだけでもおぞましい光景です。

まだまだ「特徴」を挙げればキリがないほど(酷い)ホテルでの生活が1ヶ月、と思いきや

あともう少しで帰国できる!

と指折り残りの滞在日数を
カウントダウンしていた帰国1週間前

東京の本社から「あと2週間滞在を延長してね」
と、拷問のような命令が・・・。

そして、その滞在延長が
宣告された日から程なく

私の宿泊していた部屋に窃盗犯が侵入し

鍵を掛けていたスーツケースを
バールのようなものでこじ開けられ

財布や現金、プライベートで持ってきた
新品のiPadを盗まれてしまったのです。

当初の予定通りには帰国していたら
こんな目に遭わなくて済んだのに。

本当に最悪の経験でした。

3.釣りの回想を綴って心を保っていた日々

慣れない現地での仕事と
修行のようなホテルでの暮らし。

そんな過酷な状況下でもなんとか
正気を保っていられた大きな理由が

日本でのへらぶな釣りのことを思い出し
ブログで発信すること通じて

記事に「いいね」をもらったり
自分をフォローしてコメントをくれる
仲間ができたことでした。

私が当時使い始めたブログアプリは
アメブロです。

どのような経緯でアメブロを知ったか
は覚えていないのですが

アメブロにへらぶな釣りを始めた日の
ことから、毎週末のように釣りに通った日々の

釣り場の様子、どんな仕掛けやエサを使ったか
どんな魚が何匹釣れたかを

釣り場で撮影して画像ファイルとしてスマホ端末に保存していた写真を見ながら

その時の光景を思い出しながら文章を書き起こしていました。

写真を見ると、

・その魚を釣った時の釣り場の情景
・どんな気持ちでアタリを待っていたか
・釣り上げた時の自分の気持ち

などが、鮮明に蘇ってきました。
薄暗い部屋の中で、ブログを書いている時は

釣りのことで頭が満たされ
幸せな気分になったり

帰国したら、今度は何処に
釣りに行こうか。

今度はこういう釣具を揃えたい。

といった妄想状態に入っていくのでした。

乾いた異国の大地
見知らぬ現地人達の中に日本人が僅か2人

それも、それぞれ別々のミッションを担って
派遣されているので

ほぼ1人で現地のケニア人カウンターパートや
ローカルコンサルタントと仕事をしていました。

そんな高い緊張感の中での
日々の仕事のストレスと

ホテルに帰って来れば
身の回りのことが不便で
ままならないストレスを抱え

それでも、自分の大好きなことに
没頭している時間だけは

ささやかな心の救い
至福のひと時だったのです。

フラミンゴが大量に生息する
大きな紅色がかった水の色の沼の
横を車で通り過ぎては

日本の緑の森に囲まれた
緑色をした水面の沼の釣りを
想像したり

濁った土色の川の横を通過しては
自分が足繁く通っている地元の川と
対比させたり

いつも、日本の野の川や沼と
そこでのへらぶな釣りを思い出し

あぁ、自分はやっぱり日本人で良かった。

へらぶな釣りという日本の伝統を受け継ぐ
釣りをできることって
とてもありがたいことなんだ。

と実感していました。

かつては海外で仕事をすることに
自分は特別な仕事をしているという自負
ステータス、ロマンを感じていたのですが

この頃から少しづつ
海外をフィールドにした仕事を
続けていくことに

違和感を感じ始めたのです。


これまで、海外出張先での苦労話を
する機会がなかったので

書いているうちに当時の記憶がどんどん
蘇ってきて、つい書きすぎてしまいました。

今夜はこのあたりで。

おやすみなさい。

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