我思う、ゆえに世界あり
個人にとって、個人の感情だけが確かなものでこれを真実とする。
それ以外のものは本当か確認できないものなのでこれを事実とする。
つまり個人にとって、世界は個人の感情である。
ガンダムみたいに宇宙に出てニュータイプが生まれ、他人の記憶や思考が全て流れ込んでくるようになれば話が変わります。
言語を過信し、本心はわからないのに分かった気になり、決めつけていることによる弊害は大きいと感じます。
例えば、「みんなお前のことが嫌いだぞ!」とか。
「人は必ず死ぬ」というのも、個人としては確認しようが無いので真実ではありません。
真実は分からないとし、事実は真実に近づくための過程とすることが大事なんじゃないかと思う。