『箱の中のあなた 山川方夫ショートショート集成』詳細レビュー
2022年12月、ついに『箱の中のあなた 山川方夫ショートショート集成』(以下、『箱の中のあなた』)が刊行された。
本書は、「山川方夫ショートショート集成」全2巻のうちの第1巻にあたる。本書および続刊の『長くて短い一年 山川方夫ショートショート集成』(2023年2月刊行予定。以下、『長くて短い一年』)によって、山川方夫のすべてのショートショートがはじめて文庫本の形でまとめられることになる。
本書の刊行に先立ち、筑摩書房公式Twitterにて目次が公開された。筆者は、すでにこの情報をもとに本書の解説を執筆し、こちらの記事で公開している。このたび、『箱の中のあなた』を実際に入手したので、改めて本書の詳細解説&レビューをすることにしたい。
山川方夫のショートショートについて
本題に入る前に、山川方夫のショートショートについて簡単に説明しておきたい。
小説家・山川方夫は、もともとは純文学作家として活動していたが、1960年以降、本格的にショートショートの分野に参入することになる。その第一作「十三年」を嚆矢として、1965年に逝去するまで、生涯に40篇以上のショートショートを残した(ショートショートの定義によってその数は大きく変わるが、ここでは40篇以上とさせて頂いた)。
山川が発表したほぼすべてショートショートは、生前から没後にかけて刊行された、以下の作品集に収録された。その作品集とは次の通りである。
⑴『親しい友人たち』(講談社、1963年)
⑵『長くて短い一年』(光風社、1964年)
⑶『トコという男』(早川書房、1965年)
⑷『山川方夫全集』(冬樹社、1969〜1970年)
⑴『親しい友人たち』は、山川方夫の第一ショートショート集である。「十三年」(1960年)から「新年の挨拶」(1963年)までの作品と、初期作品「昼の花火」(1953年)を加えた、全23篇を収録している。
⑵『長くて短い一年』は、山川方夫の第二ショートショート集である。主に上記⑴以降に発表された作品を収録しているが、ショートショートだけでなく、初期の習作も収めている点に大きな特徴がある。
⑶『トコという男』は、ショートショート集ではなくエッセイ集であるが、対話形式の連作エッセイ「トコという男」(1964〜1965年)の全10篇を収録している。
⑷は、山川方夫の最初の全集である。上記⑴⑵⑶の収録作品に加えて、作者の急逝により生前の刊本に収められなかった、「朝のヨット」(1963年)から「僧侶の夢」(1965年)までのショートショートがはじめて収録された。
※現在、上記⑴〜⑷はすべて絶版となっている。
本記事を読むに当たっては、上記の情報を念頭において頂けると幸いである。
『箱の中のあなた 山川方夫ショートショート集成』について
さて、本書『箱の中のあなた』の内容を見ていこう。
『箱の中のあなた』は、「山川方夫ショートショート集成」の第1巻にあたる。「山川方夫ショートショート集成」全2巻には、上記⑴〜⑷に収められたすべてのショートショートが収録されることになる。
このうち本書には、⑴⑷の収録作品が収められている。すなわち、⑴の『親しい友人たち』の全篇が「PARTⅠ 親しい友人たち」に、⑷所収の晩年のショートショート作品が「PARTⅡ 三つの声」に収録されているのである。
一方、第2巻の『長くて短い一年』には、上記⑵と、⑶の表題作「トコという男」が収録されることになる。この点については後述する。
ところで、近年刊行された山川方夫のショートショート作品集としては、『夏の葬列』(集英社文庫)および『親しい友人たち 山川方夫ミステリ傑作選』(創元推理文庫、現在は品切れ)の2つが代表的なものであった。
では、本書『箱の中のあなた』は、上記2つと比べて、どのような点に違いがあると言えるのだろうか。
本書の注目ポイントとして、筆者が考えるのは次の3点である。
①オリジナル版『親しい友人たち』の全篇収録
②晩年のショートショート作品の収録
③座談会「ショート・ショートのすべて “その本質とは?”」の初文庫化
以下、上記3点について順番に解説していくことにしたい。
注目ポイント① オリジナル版『親しい友人たち』の全篇収録
「PARTⅠ 親しい友人たち」には、先述の通り、山川方夫のショートショート集『親しい友人たち』(1963年)所収の全23作品が収録されている。同書は、小説家・山川方夫の名を不動のものにした作品集であり、刊行直後より好評をもって迎えられた。
たとえば、山川の友人の一人であった文芸評論家の江藤淳は、同書の帯文に寄せた文章(『箱の中のあなた』巻末の「編者解説」に全文が引用されている)において、次のように記している。
山川のショートショートに対する、最大級の賛辞である。それまでエンターテイメント小説の一ジャンルに過ぎなかったショートショートが、山川方夫の登場によって、はじめて文学としてみなされるようになった――その記念碑的作品集が、本書『親しい友人たち』なのである。
その『親しい友人たち』であるが、残念なことに、長らく入手困難な状況が続いていた。一部の作品が復刊されたことはある。たとえば、『親しい友人たち 山川方夫ミステリ傑作選』はこのオリジナル版を原型としているが、いくつかの作品が差し替えられており、オリジナル版をそのまま復刊したわけではなかった。
それだけに、本書『箱の中のあなた』において、オリジナル版全篇が収録されたことの意義は大きい。本書によってようやく、『親しい友人たち』が刊行当時のラインナップでよみがえったからである。
言うまでもなく、本PARTはほぼすべての作品がおすすめであるが、強いて注目作品をあげるとすれば、まず、「待っている女」〜「愛の終り」の全12作品をあげたい。これらは、『親しい友人たち』の表題作となったショートショート・シリーズ〈親しい友人たち〉全12篇にあたる(有名な「夏の葬列」もこの中の一篇である)。
それ以外の作品では、「お守り」「箱の中のあなた」「暑くない夏」「新年の挨拶」「昼の花火」あたりが注目だろうか。
ただ、上記の作品以外にも、多種多様な作品が収められているので――いかにもショートショートらしいオチのある作品から、サイコホラー風、SF風、ファンタジー風のものまで――、ぜひお気に入りの一作を見つけてほしい。
注目ポイント② 晩年のショートショート作品の収録
「PARTⅡ 三つの声」には、作者の晩年に発表された全18作品が収められている。先述の通り、これらの作品は冬樹社版『山川方夫全集』においてはじめて収録された。実は、全集をのぞき、これらのショートショートが一冊の作品集にまとめられたことはなかった。それだけに、本書への収録はまさに待望の出来事だったのである。
本PARTの注目作品としては、まず、「もっとも安楽な椅子」〜「僧侶の夢」の全6作品をあげたい。これらは、『科学朝日』に連載されたSFショートショート全6篇にあたる。作者の急逝によって連載が中断し、筒井康隆が後を引き継いだといういわくつきのエピソードが残されている。
また、「蛇の殻」「クレヴァ・ハンスの錯誤」の2篇は、『東海テレビ』に連載された干支を題材としたショートショートである。このうち「蛇の殻」は、個人的にも一押しの作品である。
また、本PARTで特徴的なのは、「猫の死と」「『別れ』が愉し」「ゲバチの花」「遅れて坐った椅子」の4篇が収録されていることである。これらは、もともとショートショートではなく一般小説として発表された作品である。
このうち、「猫の死と」はむしろ純文学として見るべき作品。作者の短篇の中ではもっとも良くまとまった作品の一つであろう。また、「遅れて坐った椅子」は作者の遺作となった短篇で、これが最後の作品かと思うと、ある種の感慨を覚えずにはいられない。
上記以外にも、他では読めない作品が多数収められているので、ぜひ一読をおすすめしたい。
注目ポイント③ 座談会「ショート・ショートのすべて “その本質とは?”」の初文庫化
「PARTⅢ 座談会 ショート・ショートのすべて」には、星新一・都筑道夫との座談会「ショート・ショートのすべて “その本質とは?”」が収録されている。この座談会は、『別冊宝石』第14巻4号(1961年7月)に掲載されたものであるが、これまで『歪んだ窓』(出版芸術社、現在は品切れ)にしか収録されていなかった。そのため、本座談会を読むためには、『歪んだ窓』の中古本を手に入れるしかなかった。それだけに、本書によってようやく文庫化される運びとなったのである。
本座談会は、山川方夫のショートショートを語る上では外せない、大変貴重な資料である。たとえば山川は、ショートショートについて次のように発言している。
山川のショートショート観を端的に表した発言である。併せて、先に引用した江藤淳の文章を思い出してほしい。ここでいう「恐怖」とは、しばしばホラー小説で描かれるような、異形の存在を対象とするのではない。純文学出身の山川は、あくまでも生きている人間たちの中に、その「恐怖」の対象を見出そうとしていた。
加えて、山川の作品が特徴的なのは、家族や友人たちといった、我々のすぐ身近にいる「他者」たちの中に、「恐怖」の対象を見出していることである。彼らの意外な側面が明らかにされるところに、山川のショートショートの醍醐味があると言って良いだろう。
この座談会以降、山川は、のちに『親しい友人たち』に収録されることになる数々のショートショート作品を生み出すことになる。その作品を読めば、山川が一貫して、〈他者の中にひそむ恐怖〉に関心を持っていたことがお分かりいただけるのではないだろうか。
なお、本PARTに併録された星新一のエッセイ「抑制がきいた余韻」は、冬樹社版『山川方夫全集』に寄せた推薦文に加筆したものである。このエッセイの中で、星新一は以下のように記している。
山川方夫のショートショートを端的に表した文章として、これ以上のものはないのではないか。のちに1000編以上のショートショートを生み出すことになる、日本におけるショートショートの第一人者が、ここまで褒め称えるのである。山川方夫がいかに将来を嘱望された作家であったかがおわかりいただけるだろう。この星新一の文章そのものも素晴らしいので、ぜひ一読をおすすめしたい。
「ルビ」について
『箱の中のあなた』が、全体的にかなり充実した作品集であることは間違いない。ただ一つ、気になった点をあげるとすれば、本書の全体を通して、ルビが少なすぎることである。
山川方夫は、(文章そのものは平易なのだが)文中にしばしば難読漢字を使用する作家である。したがって、その著書にはある程度のルビの追加が必須であるが、本書をざっと読んだ限りでは、読書家の方ならともかく、一般人で読める方はそこまで多くないと思われる一部の漢字に、ルビが振られていないようなのである。
たとえば、平安朝を舞台にした作品「菊」では、「狩衣」「逞ましい」「縹色」「鐶」といった漢字にルビが振られていない。また、「呼吸(いき)づく」「眼眸(まなざし)」といった特殊な読みをする熟語のルビも省かれている。
あるいは講談社文芸文庫のようなレーベルであれば、このような方針でも良いのかもしれない。ただ、筆者としては、本書を(若い読者を含む)できるだけ多くの方に読んで頂きたいというのが本音ではあるので、ある程度のルビは振ってほしかったところではある。
(山川の他の著書では、『展望台のある島』(慶應義塾大学出版会)や『春の華客/旅恋い 山川方夫名作選』(講談社文芸文庫)なども、同様にルビが少なめの作品集となっている)
ただ、山川方夫のすべてのショートショートがようやく文庫化されることを考えれば、ないものねだりであるのかもしれない。(どうしてもルビの少なさが気になる方には、『親しい友人たち 山川方夫ミステリ傑作選』の方をおすすめします)
『長くて短い一年 山川方夫ショートショート集成』内容予想
『箱の中のあなた』の帯には、続刊の『長くて短い一年 山川方夫ショートショート集成』についても予告がされていた。そこで、本記事の後半では、『長くて短い一年』の内容について考察することにしたい。
『箱の中のあなた』の帯文によれば、『長くて短い一年』には表題作品集および連載エッセイ「トコという男」が収録されるという。この表題作品集とは、先述の⑵『長くて短い一年』のことである。帯文を見た限りでは、同書がそのままの形で復刊されることになりそうである。
また、「トコという男」とは、『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン(EQMM)』に連載され、のちに⑶のエッセイ集『トコという男』に収録された、「トコという男」全10篇のことである。これは、架空の人物「トコ」と「僕」とが様々な話題について議論を繰り広げる対話形式のエッセイである。『親しい友人たち 山川方夫ミステリ傑作選』に収録されていることからもわかる通り、ショートショートとして見ても良い作品である。
また、『箱の中のあなた』の「編者解説」によれば、小林信彦のエッセイも本巻に収録予定とある。小林が山川について記した主なエッセイとしては、「親しい友人の『不在』」「山川方夫とショート・ショート」「山川方夫のこと」があり(のちに『東京のロビンソン・クルーソー』(晶文社)にまとめて収録された)、このいずれか、もしくはすべてが収録されるのではないか。
なお、編者・日下三蔵氏のツイートによれば、山川方夫の全集未収録作品も収録されることになるという。筆者は、全集未収録のショートショートでは、少なくとも一点、「十八才の女」という作品の存在を確認しているが、本作が収録されるのか、はたまた未知の作品が収録されることになるのか、この点にも注目である。
まとめ
以上、長々と述べてきたが、『箱の中のあなた 山川方夫ショートショート集成』が素晴らしい作品集であることに変わりはない。山川方夫ファンのみならず、ショートショート、ミステリ、幻想文学のファンにも、本書をおすすめする次第である。