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欧州委員会で議論が行われている未来のAIの姿とは
※このインタビューは2023年5月5日に収録されました
欧州委員会では幅広くAIについての議論を進めています。
今回はリサーチサイエンティストとして活動し、欧州委員会の各種検討会にもエキスパートとして参加されているアガタさんに、欧州委員会で議論されているAIに関する取り組みについてお伺いしました。
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前回の記事より
独立した専門家として、新たに欧州の政府機関でドラフトを取りまとめる際にはどういった手続きを踏んだ上で作成を行っているのでしょうか?
欧州委員会と欧州議会の間でどのような規制に関する議論が行われているのか
Agata: 独立した専門家の役割は、既に議論されている内容を知見や知識をもとに更新していくことです。新しく専門家グループにメンバーを招待する理由は、グループにて実施する議論を観察する役割も持っているのです。参加する場合には、独立した専門家の役割と希望を事前に説明することが求められます。
私たちは幅広い人々の考え方を観察しながら、形にしていきます。これまで実施してきた調査内容を検証していく活動でもあります。私たちは調査結果を受け取る側でも、ただ調査を実施するために絵を描く側でもありません。
私たちの役割は、時に意見を支持する役割であり、時に反対意見を述べる役割であり、お互いの意見を継続的に共有し合うことが求められるのです。
仮に特定のガイドラインを設計するケースがあったとしましょう。専門家が提供する知見を集めてガイドラインを作ったとしても、それはステークホルダーやユーザー、開発者にとってのガイドブックでしかなく、法的な枠組みを情報として理解するための参考資料ということです。
専門家によって示された指針は、あくまで活動の参考として懸念点を抱えている人たちの新たな情報源として機能することになります。私たちが欧州委員会が主体となるようなガイドライン情報を議論する場合には、法の考え方に沿って議論を進めていくことになります。
米国で法案が議論されるように、欧州議会や欧州委員会でも独立した専門家が関わりながら議論を進めていくことになります。専門家が参加する議論を通して、不明瞭な点に答えを出していく作業です。
欧州では、政府や議会、運用主体が参加して、3つの異なる視点を踏まえながら議論を進めていきます。この場合、欧州委員会や欧州評議会も含まれることになります。
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私は、自分自身が規制を具体化していく専門家ではないことに対して懸念を持っていることもあります。欧州内で3つの異なる視点を踏まえて議論を進めていく際には、それぞれが国を代表して考えていくことと、懸念点や意見を述べながら現在の状況や目指していく目標とその目的について議論を進めていくことになります。
この議論を進める過程に少し時間がかかることになります。欧州では、こういった議論を推進する際に沢山の人が関わり、最終的には幅広いコミットメントが求められるようになります。この場合、欧州議会で規制についての合意が取れるか否かが重要になります。
現在欧州では指令が規制となり事業者に対して法的責任を求めるように変わってきています。欧州には27カ国あり各国の利益に合わせて、欧州域内でどういった役割を担うべきなのか法が施行されるまでに議論が行われていたという話を聞いています。
勿論各国の利益を全て尊重しながら進めていくことは容易ではありません。それぞれの国が考える利益を聞いた上で、お互いに満足できるような回答を探していくことが必要になります。欧州域内では倫理的な人権に対する理解に価値があるとされているため、前提として権利に対する議論を進めていくことになります。
個人の権利を中心に考えた生活の質を高めることに私たちは注力しています。この権利中心の考え方は企業を軸とした経済中心の考え方とは異なるインパクトを長期的に生み出していくと考えています。
人を中心にした考え方を初期から検討し、市場に対しても同様のことを求めていきながら新しい経済を形作っていきます。経済について考える際にも、基本的には人を中心にした考え方を取り入れているのです。
Kohei: 非常に興味深いお話をありがとうございます。アガタさんのこれまでのご経験についても非常に勉強になりました。先程人を中心とした意思決定についてお話を頂きましたが、新たに意思決定を行いながら価値を生み出していく上でとても重要な考え方であると思いました。
アガタさんはこれまでに人工知能に関するいくつかのガイドライン作りにも関わり、特に教育分野での教師や生徒向けのルールづくりに関わってこられたと思います。新しいテクノロジーが次々に開発されている中で、人工知能について触れて考えることはとても重要だと思います。
ここからはアガタさんがこれまでに関わってきたガイドラインについて教えていただくことはできますか?
欧州委員会が発表した教育における人工知能の倫理的な活動のガイドラインとは
ガイドラインの中で注目してほしい点についてもお伺いできると幸いです。人工知能についての理解を深めるだけでなく、教育分野でどのような考え方を広げていけば良いのかについてもお伺いできると嬉しいです。
Agata: わかりました。ご質問頂きありがとうございます。ガイドラインを作成するにあたっては私以外にも一緒に設計したグループメンバーがいるので、私自身が気になるポイントを取り上げるのではなく、関わった皆さんにとって有益になるポイントを紹介できればと思います。
一般的には教育が我々の基本的な考え方を形作る始めのステップであると考えられていると思います。次世代の子供達が成長していく過程で、社会を知るためにも重要な役割を担っています。
教育現場で働く先生たちは自分が関わっている現場に限らず、子供達と向き合うための重要な役割を担っています。先生たちは将来のビジネスや国を越えた関係性作りなどの礎を築く重要な役目を果たしているのです。
先生のほとんどが子供達に素晴らしい機会を提供しようとこれまでの経験を活かして日々活動しています。ここが私たちの議論のスタートです。
AIを教育現場で活用していくことは、一つの標準的な考え方を押し付けるのではなく、子供達が持っている才能や能力を開発していくことが求められます。子供達が自ら自然にスキルや才能を活かしていくことができる環境が求められているのです。
先生たちの役割は子供達が持っているそれぞれの違いを理解し、より良い未来へと後押ししてあげることであり、標準的な考え方に染まってしまうようなことを強いるのではありません。
全てを一つの方法で行う “One fits all” の考え方ではなく、より広く可能性を検討してサービスの導入や開発を検討する必要があります。
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私がこれまでの経験から、人工知能を活用することによって私たちの権利を軸に一人一人の違いや才能を見つけていくことに貢献できる部分もあると思います。
新しいテクノロジーを適切に活用することによって、これまでに見つからなかった才能を開花させる可能性もあります。これまでの教育では上手く後押しできなかった部分もあると思います。
こういった活用に関する考え方は、OECDやUNICEF、UNESCOを始めとした国際組織を中心として先生たちが学校現場で生徒に教えるためのサポートを検討しています。
先生たちがテクノロジーを上手く運用できるようになれば、子供達が過度に新しい機械を恐れることもなく、様々な場面で活用することができるようになります。
子供達が自ら持っている才能を開花させることができれば、子供達一人一人にとって素晴らしい教育機会になると思います。
人工知能に対して責任を持たせることは、人工知能が実現する新しい機会を奪うことではなく、人工知能によって実現する新しい可能性を広げることにもなるのです。
人工知能については早期のマネタイズや過度な恐れによってテクノロジーの可能性を狭めるのではなく、利用者一人一人が意味のある活用方法を模索し、人工知能は人が実現したいアイデアを支援する技術として取り上げられる必要があると思います。
私たちの活動を支援してくれるテクノロジーの必要性について考えることが大切なのです。テクノロジー開発企業の中では、テクノロジーによってなぜ私たちの生活が良くなっていくのかについて十分に検討できておらず、テクノロジーが実現する目的が定まっていないケースもあります。
こうしたテクノロジー中心の考え方に対して、欧州委員会やUNESCOがガイドラインを発表する理由は、より健全なテクノロジーの普及を目的としているからです。
先生たちがテクノロジーを活用することによって実現したい目的を達成できることが必要であり、先生とテクノロジーがお互いを理解する機会を整える必要があります。
テクノロジーを活用する際には、様々な方が関係者として参加することになるため、最適解を探し続けたり、盲目的に恐れたりするのではなくテクノロジーによって何が実現できるようになるのかを考えていくべきです。
ここまで話してきたことを目的としてガイドラインが設計されています。私たちは人を軸にして、様々な関係者と協力しながらどういったことを実現したいのかを考えつつこれまで取り組んできました。
欧州委員会で議論が行われている未来のAIの姿とは
実現したい選択肢の中には、ビジネス的な要素ももちろん含まれることになるので、欧州委員会では経済的な展望についても議論を重ねています。
欧州委員会では倫理的、哲学的な考え方も取り入れつつ経済的な可能性についても議論を行っています。何か特定のルールだけ作ってしまうことではなく、経済的な知見を有している人やビジネスの観点から新しいソリューションを検討している人等、幅広い人たちが参加して社会全体に貢献できるものを人を軸に議論を進めてきているのです。
(動画:The European Union's First AI Law: Balancing Innovation and Regulation)
ここまでの教育の議論を行う際に、初等レベルの教育から議論を進めていくようにしています。初等レベルの教育から議論を行う理由は、子供達の可能性を初期段階で狭めてしまうことを避けたいからです。全ての子供達が取り残されることなく才能を開花できることが大切だと考えています。
経済的な側面と人権や教育等に関する側面、これまでの教育に関する側面を様々な年代の先生たちとやりとりを行い、多様な視点でのコミュニケーションが現場で生まれるようになればより価値のある環境へと成長していくのではないかと思います。
ここまでの内容に加えて、欧州ではグリーン政策についても積極的に議論が行われています。私がグリーン政策について言及する時には、私やあなたの利益ではなく、私たち全体が政策によって利益を受け取ることができるように考えるようにしています。
人権について取り上げる際には、私たちが生き生きと生活していくために、経済的な価値をどのように享受し、ビジネスによってもたらされる付加価値をどのように考えるのかが大切です。欧州ではここまで紹介したように多様な視点から議論が繰り広げられ、最終的に取りまとめて行っていくような動きが進んでいます。
Kohei: とても参考になるお話でした。経済的な価値についても、人権を始めとした様々な要素を組み合わせて異なる分野の視点を交えながら考えていく変化が生まれていると思います。まさに人権については、私たちが社会の中で生活を営む上で基本的に守られるべき考え方だと思います。
人工知能については最近の動きの中で加速度的に成長が進んでいると感じています。テクノロジーに精通した人たちのコミュニティでは、生成AIがバブルのような現象で語られることもあります。
アガタさんは欧州AIアライアンスにも所属されて、新しいAI技術の議論にも参加されていると思います。テクノロジーの進化が進むとともに、プライバシーや著作権等の権利について改めて考える必要性が高まってきていると思います。
教育の観点から、人工知能のような新しい技術について今後どのように変化していくのでしょうか?
〈最後までご覧いただき、ありがとうございました。続きの後編は、次回お届けします。〉
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Interviewer, Translation and Edit 栗原宏平
Headline Image template author 山下夏姫