市民がインフラを管理する自己主権型IDモデルへ
デジタル空間はオンラインから徐々にオフラインへと移行が始まっています。デジタル技術によって日々生活する市民がどのような恩恵を受ける事ができるのかというのが一番のポイントになります。
インタビュー後編は、新しいIDによって私たちの日常の変化に関してお話を聞いていきたいと思います。
自己主権型IDは、市民同士の関係性を変える
Rob: ここまで紹介してきた自己主権型のIDを活用すると、新しい個人間の関係構築にもつなげていくことができます。そういったIDを導入していく中で、大きく分けるといくつかのステップがあります。
まずは、ID自体の設計を自己主権型で行うことです。個人が自身の秘密鍵を保有して管理するモデルです。そのためには、管理する個人への教育を充実させていく必要があります。加えて企業もしくは友人が個人のIDに許可した情報を公開し、公開情報を友人や企業もしくは近隣のコミュニティの人たちで管理してもらうことになります。
図 認証されたIDを信頼されたコミュニティ内で管理・利用
これは利用する用途によって異なり、これまでソーシャルセキュリティ番号やパスポート番号などをバラバラに管理していたものをまとめていくイメージと近いですね。利用するIDが事前に本人であると確認できていることが大切です。管理者個人は本人確認ができた情報をIDウォレットに書き込んでいきます。
特に若い世代の人たちはデジタルサービスの利用に既に慣れているため、普及しやすいかもしれません。こういった個人で管理できるID環境のインフラが整って初めて、自己主権型IDの利用が進んでいくと思います。
自己主権型IDで加速するダイナミックプライシング
Rob: 基本的には、IDを通じた関係性や利用するサービスによってID自体を使い分けていくことになります。
自動で執行できる契約処理の機能も実装できるようになり、必要なデータを個人で限定して提供できるようになるでしょう。この方法を活用すればデータを提供する目的を限定したり、最小限のデータ提供に抑えたりできるため、欧州で議論されている個人データ保護法にも対応できると考えます。
ブロックチェーンのような分散型の設計も考えられますが、それはIDを設計する環境に応じて変化させていくことが理想だと思います。暗号化の技術などを組み合わせて幅広く設計できる方法を検討していきたいですね。
利用のイメージとしては、たとえばコロナ追跡アプリで個人が提供可能なデータを選択し、同意を前提にすることで、データを過度に利用されるケースを防ぐことができると思います。
こういったアーキテクチャの設計が進めば私たち個人データは事業者側で保有する必要なくなった時点で削除され、削除されたことを証明できる必要があります。この点は重要なポイントですね。
関連性を証明するのが難しいので、すぐにはこういった変化を理解することは難しいと思います。ですが、徐々に浸透していくでしょう。そういった変化が徐々に広がることで、将来的に個人と企業の関係も変化していく流れがくると思います。
これは価格設定にも影響します。
飛行機に乗る際に乗客の人数によって価格が調整されるように、個人の活動に合わせてスーパーマーケットなどでもより柔軟に価格が変化する流れが広がるのではないかと思っています。
一つ一つの商品のIDに紐づいたQRコードを読み込むことで、これまで同じだった水の価格が、誰かがスーパーマーケットに行った際にその人の体験に合わせて変化するなどの設計も可能です。
現在企業や政府で進めているのは、標準的なシステムを活用して同じ情報を同じ構造で処理しようという試みです。監視のための設計ではなく、個人の活動に合わせてシステムが機能するような設計を考えていく必要があります。スーパーマーケットの例では、一人一人がある商品に対して異なる価格を掲示されるような新しい価値の設計です。
市民がインフラを管理する設計
Rob: アルゴリズムも機械が自ら学習して教育するような設計をしていく必要があります。こういった設計でシステムを考えていくと、全てが人を中心に繋がり、これまで懸念されていた監視とは全く違った設計に繋がっていくのです。
こういったデータのインフラを作っていくことが大切です。市民がインフラを管理する発想の転換と、公や民間が提供する生活インフラに参加できる設計の検討が求められますね。こういった設計は日本のような文化を持つ国には最適な設計だと思います。
図 市民IDがサービスアクセスインフラとして機能する世界
IDのマネジメントの仕組みを考える際には、信頼できる個人という存在が前提となるのです。したがってシステムネットワーク自体がうまく機能するのに最適なアーキテクチャーを選定する必要があるでしょう。
特にデータ活用を検討している企業などは、ユーザーが中心となってデータを提供できるアーキテクチャーの方が相性は良いと思います。ユーザーとの関係性を構築する上でも、システム自体を拡大させていく上でも効果的だからです。
Kohei: 自己主権というのは重要なコンセプトだと思います。人間中心のIDは、設計に加えて特定のプロダクトに対しても応用できそうな分野ですね。全てのデータが公共の場に公開され、プライベート空間が徐々になくなってきているのもポイントだと思います。
市民との対話をどう進めていけるか
Kohei: こうした中で、市民の権利に関する説明など越えていく動きが様々にあると思います。欧州では、市民の権利についての議論はどのように実施されているのでしょうか?
デバイスがインターネットに繋がることへの監視の懸念や、個人のデータの改竄などデータ保護規制の下で検討が必要な点があると思います。こういった検討課題に対して、どういったソリューションとアプローチが必要なのでしょうか?
Rob: よい質問ですね。ただ、難しい質問でもあります。
システム開発の時間軸とそれ以外の時間軸が異なりますね。なので、まずは社会のことを考える政治家がシステムを十分に理解することが必要になると思います。
現在そういった余裕がないのが問題です。
実際には特定の標準がないため、個人が活動をやめることしか選択肢がない状況にあります。そういった状況ですが、個人が管理できる状況を設計していくことはとても大切だと思います。時間が限られるような有事の際にこそ、こういった発想を実現していく必要性もありそうです。
ビジネスを考える人たちだけでなく、市民を巻き込んで設計を進めることが求められますね。
私個人としては、ユーザーが中心となってデータを管理できるようなIDの設計に非常に期待しています。今後は、デバイスなどにもそうした設計が組み込まれていくのではないかと考えています。
日本のつくる自己主権型IDへの期待
Kohei: なるほど、ありがとうございます。残り5分になってしまいました。とても重要なお話をありがとうございました。最後にブログを読んでいる方へのメッセージをお願いできれば嬉しいです。色々な国の方々に読んでもらっています。そういった方々に向けてメッセージを頂けると幸いです。
メッセージの中では、欧州で起きている出来事に関する今後の連携についてもお話しくださると嬉しいです。
Rob: わかりました。
今は多くの出来事が重なり、大きな転換期にいると思います。たとえば、米国では上院で二日前(インタビュー当日から)にthe Internet of Things (IoT) Cybersecurity Improvement Act of 2020が成立しています。デバイスのセキュリティを始めとしたインフラの構築は今後も進んでいくと考えられます。
欧州議会でも、消費者向けに競争法の観点からスマートホーム系のサービスを含めたInternet of Things (IoT) 製品に対する問答が行われています。
日本はデジタル分野でも進んでいる領域が多いですよね。私たちも学ぶ必要があると思っています。通信事業者の取り組みやQRを活用したインフラの仕組みなどは、とても参考になります。特に中国のこれまでの(IT技術の)発展から近い位置で学ぶことができる強みがありますよね。
一方で日本では政府内や企業内など他国と比べるとそれぞれが独自のガバナンスで運用されているケースが多かったと思います。今後は、企業間の連携を通じてガバナンスの取り組みを広げ、公共が担ってきたインフラ機能の一部を民間企業が担っていってほしいと思います。加えて必要になるのは、それぞれの国でのインフラとなるプロトコルの開発ですね。
これまで私が話してきた自己主権型のIDは日本型のモデルが出ることで、新たな形のIDのエコシステムが出来上がると思います。このIDのモデルは地域特性を生かしつつ、文化を守りながら反映していくモデルです。そうした地域の文化を前提に、それぞれの違いを尊重できるとよいと思います。
Kohei: あたたかいメッセージをありがとうございます。これから様々な分野で国を越えた連携ができると思っています。データ流通に関しては、日本と欧州の間で今後議論が必要になってくると思います。
フレームワークなど、データが一層流通していくような枠組みもそうして進めていけるといいですね。Robさん、本日はありがとうございました。
Rob: ありがとうございました。Koheiさん、引き続きお話ししましょう。
Kohei: ありがとうございます。
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Interviewer, Translator 栗原宏平
Editor 今村桃子
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