見出し画像

インターネットの美意識を覆す戦い:なりたい自分になるためのプライバシー

インターネットビジネスが誕生した初期から、プライバシーとデータ利用の議論は続いています。

インタビュー第一弾は、シリコンバレーでデータプライバシー問題に初期から取り組んできたMichaelさんにスタートアップ文化とプライバシーに関するこれまでの歴史を聞いていきたいと思います。

画像1

Kohei: みなさん、本日は Privacy Talk にお越しくださりありがとうございます。今回の Privacy Talk はシリコンバレーから Michael さんと繋いでいます。Michael さんは素晴らしい起業家であり、哲学者です。今日のインタビューでどんな話を伺えるか楽しみです。Michael さん、本日はありがとうございます。

Michael: こちらこそありがとうございます。インタビューを通じて視聴者のみなさんに重要なトピックをお届けできるのは光栄です。

Kohei: ありがとうございます。最初に Michael さんのプロフィールを紹介します。

ベンチャーキャピタル Heroic Ventures で Managing Director でありながら、Reputation.com の創業者かつ Executive Chairman を務めています。Heroic Ventures はシリコンバレーに拠点があるベンチャーキャピタルです。アーリーステージの企業やチーム組成段階の人々に出資をしています。Reputation.com はデジタルの評価をビジネスに変えた先進的な企業です。

Michael さんは TechAmerica が米国のテクノロジー分野のプレイヤーを表彰する起業家アワードにも選ばれています。ワールドエコノミックフォーラム(WEF)の Future of the Internet のアジェンダメンバーで、WEFテクノロジーパイオニアアワードを受賞し、Reputation.com は世界の成長企業として表彰されました。

Michael さんはインターネット業界専門家としてハーバードビジネスレビューやロイター、Inc.com、 Newsweek などに寄稿しています。本日はお越しいただきありがとうございます。

Michael: ありがとうございます。

Kohei: 早速アジェンダに移りましょう。

インターネットビジネスの美意識「情報は自由になりたい」は虚構だった

Kohei: Michaelさんのフィロソフィー(哲学)をインターネットで拝見しました。興味深いものでした。その哲学を抱いて Reputation.com を創業したと拝見しました。私もインターネットで評判を積み上げる重要性を感じ、日々発信しています。ここでは Reputation.com を創業するに至った背景を伺えますでしょうか。

Michael: ありがとうございます。

創業の話は少し遡って話さないといけないですね。私が Reputation.com を創業したのは2006年です。ご存知ない方もいるかもしれませんが、MySpace が Facebook よりも多くのユーザーに使われていた頃です。インターネットビジネスの歴史から見ると(2006年は)古いですね。

当時、自分の情報をインターネットに公開することは私たちの生活を大きく変えると思いました。

今こうして私たちが会話しているように、人と出会いコラボレーションを創出したり、結婚相手や働く相手を見つけたり、趣味を共有できる人を見つけたりできる機会を与えてくれると想像したのです。さらに、サービスやプロダクトを利用するユーザーがプライバシーを犠牲にするだろうことにも気づきました。当時も今も変わりませんが、プロダクトを使うユーザー自身がプロダクトであり、提供したデータが誰に売られているか知りません。

そこで、当時のインターネットについてこう思いました。

少量の富を手に入れた人が、何兆ドルもの富をインターネットで生んでいて、その90%は広告によるものだ。インターネットの広告は無料サービスと引き換えに、知識が十分にない人から同意なく集めたデータで成り立っている。そして私たちが決して知り得ない人たちにデータを販売している。

インターネットビジネスの初期二十年はこうしたものです。

このビジネスは問題だと思いました。今後ますます大きくなる問題だと思いました。哲学、私個人の考え、商業のいずれの観点からもそう見えました。解毒剤のような、これらの解決を図るための対応が必要だと思い、会社を興しました。

私はロースクールの経験とテクノロジーのバックグラウンドを持っていて、これらの領域の組み合わせが解決策になりうると思いました。シリコンバレーでは法律について多く語られません。人々はテクノロジーの話が大好きで、テクノロジーソリューションイズムと言われるようにテクノロジー起点の課題解決の議論がなされます。私もテクノロジーを信じる一人ではありますが、法律のパワーも理解していたのでそのような会社を立ち上げました。

設立当初は「これからのインターネットを考える」という想いで Intelligentsia(知識人の意)という社名で活動しました。今思えば、この考えは間違っていましたね。時代に反してもいたので、受け入れてもらえませんでした。

全ての人が自由に情報にアクセスできることを目指し、「情報は自由になりたい」という表現が美とされていました。個人の健康データや政治的な思想信条のデータも自由に解放しようとする考えが広まっていました。

図 全ての行動が情報として民主化する未来

画像2

私はそれをよいと思わなかったです。銀行口座や健康状況、デートした履歴、子どもの学歴といったデータを公表することが賢いと思いませんでした。「情報は自由になりたい」という表現は真実ではないと考えました。真実ではない。けれども、大きく広まっている考えと戦わなくてはならないと思ったのです。

Google や Facebook などのプラットフォーム企業はデータの公開を促す主導的なグループでした。当時米国議会の人たちは Facebook や Google がインターネットだと信じていたくらいです。Facebook と Google が間違ったことをしているとは露程も思わなかったでしょう。クリントン政権やオバマ政権は Google を支持する人たちが支えていたので、強固なドアを開ける方法は見つかりませんでした。大学の研究者も Facebook と Google を支援する立場にいました。

会社を立ち上げたとき、私は孤独でした。私の考えは時代の先を行くものでしたが、正しかったと思います。今でもそう思います。

嘘を重ねて作られたインターネットビジネスとプライバシーを守るための戦い

Michael: 時が経ち、インターネットの世界も徐々に変わり始めました。

たとえば、パネラーまたはモデレーターとしてイベントに参加する機会が増えました。私はこうした登壇の機会でプライバシー擁護者としての見解を求められていることに気づきました。それを分かってから「私の名前は Michael です。こうした場に呼んでいただき光栄です」と実際に思えるようになりました。

もう一つ言いたいことがあります。もし誰かがパネルディスカッションで「プライバシーとは何かをまず定義しなければならない」と言い出す場合、その人は嘘をついています。その人は自分にとってプライバシーがなにかの会話をしたくないし、その人の会社がプライバシーに配慮していないことを話したくないだけです。

今日のインターネットビジネスは、このような嘘を重ねて作られています。彼らの嘘は先ほどのように見つけられます。

パネルディスカッションに話を戻すと、私が今話したことを話題にして他のパネリストが答えられないとき、本人にとってなにがプライバシーかを尋ねます。私はこうして質問を変えるようにしました。未だになにがプライバシーか分からないという嘘を話す人がいます。そういうとき、私たちはもう分かりますね。彼らは「個人情報」という言葉しか知らないのです。

図 プライバシーと個人情報の相違

画像3

プライバシーを主張する私たちは、インターネットビジネスがこれまで積み上げてきた強固な集団思考の主張と戦う必要があります。

(編集部)集団思考の主張とは、プライバシーには定義がないからビジネスの議論ができないとする論のこと。

集団思考はクリントン政権やブッシュ政権、オバマ政権でも用いられました。たとえばオバマ政権の初期はプライバシーを二つの側面から考えました。データ取得とデータ利用です。ホワイトハウスや米国議会では(プライバシーを保護する議論を)諦めた末に、データ取得ではなくデータ利用を促す政策検討を始めました。

私はこれは誤りだと思います。欧州はこれを理解しています。日本もそうではないでしょうか。日本がデータの取得と利用に注力していることからそう理解しています。米国にもそう働きかける必要があります。そうすることで、いつか世界は変わるでしょう。

データ取得がデフォルトになっている設定はなくなるでしょう。知らないうちにデータが使われている契約も消えるでしょう。

ウェブサイトから取得したデータを好き勝手に使っていいというのは本来の契約ではありません。米国のプライバシーの取り組みは法的に問題があり、倫理的にも認められるものではありません。よりよい社会に変えていきたいです。おそらくなにかは変わり始めているでしょう。

しかし一方で、プライバシーを重視した民主主義のデータ社会はすでに存在します。日本はその一つです。米国よりも強いプライバシーの考えがあるのではないでしょうか。欧州も早くから取り組んでいます。というのも、特に欧州にはプライベートなデータやそれが政府や第三者機関にどう利用されるかについて、国によってそれぞれ異なる歴史があるためです。

残念ながら、プライバシーのために戦う歴史は終わりません。けれども、プライバシーを大切にしたい人たちが望む世界になり続けています。

インターネットを利用する私たちにアイデンティティがない

Michael: いまやインテリ層の考えも変わり始めています。ブロックチェーンが生まれ、秘密契約が生まれました。データを保存することも、プライバシーを管理することもできます。これは素晴らしいことです。アイデアは新しいものではありませんが。

もし、80年代から90年代にインターネットを作った人に質問できるならば、「インターネットになぜ identity(アイデンティティ)の概念を設計しなかったのか?」と聞いてみたいです。何人かはこう言うでしょう。「アイデンティティを作ることに失敗した。」もしくは「アイデンティティを作り忘れた。」とね。

(編集部)アイデンティティとは、インターネットでの個人の活動の集積によって生まれるその個人のありよう。
思想、考え、行動、性格。

アイデンティティと言うと、自分の顔や親指のデータを通じて自分を証明する必要があるように聞こえるかもしれませんね。インターネットを使うたびにそうしましょうという話ではありません。アイデンティティは完全に匿名であることができます。

しかし、ショッピングや決済といった重要なことのためには、あなたの名前とIDが必要です。健康情報や武器などの非常にプライベートな情報のためには、もっと安全なものが必要です。

もしインターネットが数十年前に誕生していたとしたら、匿名かもしれない何らかの身分証明をする中間層があり、企業ではなく個人であるあなたに権限が与えられていたかもしれません。自分のデータを管理し、換金することのできる権限です。残念ながら、今のインターネットでは実現されていません。

図 個人を証明することで対等に個人が取引できる世界

画像4

Kohei: アイデンティティが個人をエンパワーメントするという今のお話は全く同意します。過去に三年間ほどブロックチェーンの分野で活動していたとき、アイデンティティの領域に拡張しようとしていました。データを保有するどこかの中央組織が個人のアイデンティティを管理するのではなく、データを分散型で管理したら、個人が主体となるデータ活用が進みます。個人の目的に沿ってデータ活用の同意がされることは、インターネットの理想の形だと思います。

現在のインターネットでは、アイデンティティが誤って運用されることがあります。私たちインターネット利用者には、それが誤りだと主張するパワーが必要です。

この点において、Michael さんの著書 "The Reputation Economy"(日本語訳:勝手に選別される世界)に感銘を受けました。インターネットで私たちがアイデンティティを管理する未来とその未来で実現される評価社会の可能性を感じたためです。

国の文化・法のコンテクストから考えるプライバシー

Kohei: しかし、インターネットと言っても米国、中国、日本では異なるインターネットを持っています。インターネットで実現される Reputation(レピュテーション)も国それぞれに異なるでしょうが、そうした未来の観点から見て、国と国のバランスをどう取るのがよいでしょう?

Michael: そうですね。Kohei さんが取り組んでいるプライバシーは、Reputation Economy の観点から見て重要ですし、勇気のあることだと思います。成功してほしいです。素晴らしいことだと思います。お話を伺ったところしか分かりませんが、うまくいくことを願っています。

そうですね、文化や法のコンテクストが国によって異なります。インターネットには国境がないと言われますが、国のコンテクストも大切です。

中国のような閉じたインターネット社会では、私たちがなにかを予測するのは不可能に近いでしょうが、政府が自ら認めているように、インターネット空間はほぼ制御されているように見えます。ロシアはそこまでの力は持っていないと思います。他の国もおそらく。中国は意図的にそうしていて、私が過去に中国を訪問した経験から考えても閉ざされたインターネット空間に移行し続けていると思います。

欧米の政策立案者たちは、中国と関わりを持つことで政治経済、社会、デジタルにおいて中国がよりオープンになると考えていたと思います。しかし、実際にはそうならず、私たちは間違っていたことがわかりました。逆のことが起きているのです。

私は、世界的な規模の感染症ウイルスによって、中国と他の国々の間に反感が生まれるだろうと予測しています。中国に対して積極的な働きかけがなされるでしょう。中国のインターネット空間でプライバシーを実現するのは難しいように見えます。

こうしたプライバシーの難しさを日本に感じたことはありません。日本で大規模なシステムを設計する際にはプライバシーの配慮が十分なされていると感じます。たしか Ponta というシステムを利用したときだったか、プライバシーに配慮する設計でした。たしか匿名データだったんですよね。私個人の経験では、日本にはプライバシーを配慮する文化があると感じました。

プライバシーの文化は欧州でも感じます。米国では残念ながら感じられません。けれども、期待はしています。私たちは古き良きカウボーイの考えをいまだに受け継いでいるのです。

私の土地は私の土地。あなたの土地はあなたの土地。
私の土地での生活は、私のプライベート。私自身の問題だ。

これは美しい考えだと思っています。

実際、これは美化された米国の考えとも言えます。私たちのプライバシーの考えは他からやってきます。人それぞれに違うのです。欧州には欧州のプライバシーの考えがあり、日本には日本の考えがある。米国は米国の考え方があるということです。

なりたい自分になるためにプライバシーを持つ

Michael: 哲学からすると、世界中で通用するたった一つのプライバシーのの考えがあるはずです。それがプライバシーを守る理由ですし、中国が個人のプライバシーを守りたがらない理由でもあります。それでは、プライバシーとは一体なんでしょう?

この問いは本質を突きます。鎧やマントを身につけることであなたは自分が誰なのかを探究し、あなた自身を知ることができます。

図 鎧を被った自分 OR 素の自分

画像5

もし皮肉的に、人々を扇動するような不誠実な言い方をしたければ、プライバシーは犯罪を働くための方法だと言えます。もちろん違います。もちろん秘密とプライバシーは違います。プライバシーは犯罪を犯すための方法ではありません。けれども秘密を持つことで、なにか別の行動をとれたり秘密の協力ができたりすることも事実です。

プライバシーは私たちの特権です。私たちが自分自身を知り、探究することができる権利とも言えます。

たとえばインターネットでセクシャリティについて検索する場合、プライバシーが必要になります。あなたがセクシャリティについて人とは違う考えを持っていたとしても恐れることはありません。物議を醸すような政治の議論を検索することもできます。そして誰もが異なる考えを見せ合い、理解することができます。ファシストや共産主義者の記事を読んだからと言って、そうだと非難されるのではと恐れる必要はありません。離婚や病気を検索したからといって、そこで実際に何が起きているのかは他人に知られなくてもいいのです。

このように、私たちは「違うこと」をすることが許されるべきです。どの文化においてもそうできると思います。

日本では、飲みの席で酔いに任せて上司に言いたいことを言えるという話を聞きました。こうして違うことをする方法が私たちには残されているし、そうしてプライバシーの範囲を越えて自分を表現することができます。

自分を表現するために毎回お酒で酔いましょうとは言いません。それぞれの人間性に合わせて自分を公開できるのがよいですね。もしかしたら、あなたがキリスト教のコミュニティにいて、イスラム教について考えたいと思っているかもしれません。キリスト教の中でも異なる教え、たとえばカトリックのことを考えたいと思っているかもしれません。そして誰にも言いたくないとします。

これらは理解できることであり、許せることであり、人間らしさですよね。

監視の恐怖は、つまり私的な監視であったとしても、なりたい自分になれないことです。自分自身を理解することもできず、なにかを探索することもできず、それを拒絶するために調べることもできません。

たとえば、ビールを飲んでみて「ああ、このビールは嫌いだな。もう二度と飲まない」と思ったことは何度もあるでしょう。ほかにもお茶や折り紙、鼻をかむティッシュ、寝るための枕など様々なブランドが暮らしの中にあります。自分の生活を想像するのはおかしいかもしれませんが、パーソナルな領域の探究でもあります。もし誰かが私たちの暮らしを監視しているとすれば、危険な領域でもあります。

プライバシーを守ることとと秘密を隠すことは違います。

悪い人を見つけて逮捕し、起訴して刑務所に入れることは必要です。そのためには、あるデジタルのドアを用意し、彼らを刑務所に入れるような法の仕組みが必要です。しかし、そのようなデータのアクセスを可能にするには、非常に重い負担が必要です。ここに議論の余地はありません。

Kohei: ありがとうございます。

インタビューは後編に続きます。

データプライバシーに関するトレンドや今後の動きが気になる方は、Facebookで気軽にメッセージ頂ければお答えさせて頂きます!
プライバシーについて語るコミュニティを運営しています。
ご興味ある方はぜひご参加ください。


Interviewer, Translator 栗原宏平
Editor 今村桃子
Headline Image template author  山下夏姫

いいなと思ったら応援しよう!