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パワハラ死した僕が教師に転生したら 15.同調欲求

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 教師の9回目の社会の授業。
 少し照れたような、そして、どことなくすっきりしたような表情の教師が教室に入ってくる。
 教壇に立ち、穏やかな笑顔を生徒達に向ける教師。
 
「今日の授業では、集団と階層の中にある、人間の抱えている悪意や暴力性を解放させる五つ目の要因、労働者の持つ同調欲求について話します。人間は誰しも、集団の中では、周りと同調したいという欲求を抱きます。この欲求はとても強く人間を突き動かすのです。だから、集団と階層の中で、悪意や暴力が行使されていれば、これに同調したくなる。周りに同調して悪意や暴力を行使してしまう人も出てくるのです」と教師が言う。
 
「みなさんも周りや友達と合わせたいと思うのではないでしょうか?友達と同じような服を着て、同じような音楽を聴いて、同じような言葉を使いたくて、うずうずしているのではないですか?」
「うー・・・・・友達とは合わせないといけないけど、でも、友達がいれば一緒に盛り上がれる。アトム先生もそうじゃない?」と優太があどけない微笑みを浮かべて訊く。
「いや、僕には友達はいないので・・・・・」
「・・・・・はい、特に驚きはないですが・・・・・」と文香が淡々と言う。
「パラノイアはそうだな」と颯太も淡々と言う。
「・・・・・いや、パラノにはパラノな友達がいるんじゃね」と冬司がニヤニヤしながら言う。
「うー・・・・・パラノ仲間・・・・・パラノフレンド?」と優太が訊く。
「それ。『実は僕も転生して来たのです』とか言うヤツが。それで、ゾクゾクするような前世だか来世だかの人生の最期を朝まで語り合って、ゾクゾク感を競い合ってるヤツが」と冬司が答える。
「その友達も、うわあああ、とか言うのかなぁ?」と愛鐘が楽しそうな声で言う。
「うー・・・・・もしや、一緒に泣いたりする?」と優太が笑いを堪えて言う。
「パラノ野郎!友達いるじゃん!友達いるじゃん!」と叫びながら握った拳の親指を突き立て、両腕を前後に激しくゆする鳥居。
「・・・・・こんな人がもう1人居て、友達どうし・・・・・それ、頭痛がしてくる」と白い額を手の甲で押さえ、眉をひそめる文香。
 
「は?パラノイアはみなさんの方では?僕には友達は一人もいないのです。他の転生者と出会ったこともない・・・・・ん?」と言い、大きな瞳で鳥居を凝視する教師。
「・・・・・俺のリーゼント、なにまた見てんですか?」
「・・・・・あなたは・・・・・やっぱり本当は、校内暴力の時代から転生してきた?」
「だから、そんなバカなことができるのはあんただけです」とニヤニヤして言う鳥居。
「・・・・・いや、もしかして前世のあなたは、不良からのいじめが原因で亡くなった?・・・・・それで、強い不良になりたいと強く願って、あなたは転生してきた?」
「アンタとは違うのです。俺はいじめられたことはないのです」とおっさんのような目を少し泳がせつつも堂々と答える鳥居。
「もしかして、その髪型は・・・・・転生条件で永遠に変えることができない?」
「んな訳ある訳ねえ!・・・・・もう、人前で俺の髪型いじるの、マジで止めてもらえますか?傷つくの、すっごく傷つくの、それハラスメントなの。自分がされて嫌だったことは人にしちゃ駄目なの」と唇を噛みしめて言う鳥居。
「ははは、それは失礼しました。でもなんでそんな髪型なの?」と教師が言う。
「粋な応援団部員とはこういうものなの」
「でもそんな髪型あなただけでは?他にそんな生徒を見たことないのですが」
「これは俺の中で最高の応援団部員のスタイルなの。周りなんか関係ないの。アンタにも関係ないの」と瞳を潤ませた鳥居が大声で言う。
「ははははは、それは大いに結構です」と教師が言う。

「うー・・・・・でもアトム先生は・・・・・友達いなくて、寂しくない?」と優太が訊く。
「全然。僕はしたい仕事をしていて、みなさんともこうしてお話もしますし、家に帰れば奥さんも子供もいますし、全く寂しくないですよ。むしろ、独りの時間がもっと欲しい、もっとたくさん社会のことを勉強したいのです。それに、独りは良いものです、自由なのですから」
「・・・・・アトム先生は、その勉強とかで、1人で盛り上がっちゃう人?」と優太が意地悪そうな眼差しでからかうように訊く。
「いけませんか?ニュートンだってアインシュタインだってそうだったのです。むしろ、友達がいないと盛り上がれない、友達と一緒でないと充実感を得られないという方が、ちょっと不憫な気がします」
「・・・・・ニュートンのレベルから人を見下して友達のいない自分を正当化する心理的防御プロセスが発動しております」と文香が少し微笑んで言う。
「いや、そんなつもりでは・・・・・でも、友達って、色々と大変だろうなとは思いますが・・・・・」
 
「さて、それでは同調欲求について授業を進めます。前世の僕は、終着駅と呼ばれる店舗で、社員やアルバイトから、彼らの同調欲求による悪意と暴力を受けていました。
 そこでは、例の店長が、社員やアルバイトの前で、僕のことを人間以下と呼び、僕がミスをするとみんなの前で僕を罵倒し、頭を叩いたり、蹴飛ばしたりした。そして、店長が彼らに『こいつ、本当に人間以下だよなぁ。そう思わねえか?』と言い、彼らを煽り立てた。そのせいで、社員とアルバイトの多くが僕を無視し、人間以下と呼び、すれ違いざまに僕の頭を叩いたり、足を踏んだりするようになったのです。そうでない人も、僕のこと蔑んだ目で見るようになった。
 これは、店長の行動に彼らが同調したくなったから、そのせいで彼らの悪意や暴力に対するリミッターが外れてしまったからなのです。
 そして、この店長の暴力も、あの社長の暴力に同調したものと言えます」
 
「では何故、人間は集団の中で、周囲と同調したいという欲求を持つのでしょうか?理由はいくつもあります。
 まず、人類は原始時代から、生存率を高めるべく、群れて生きてきました。群れをなすことで、大きな動物を狩ることができたし、外敵からの防衛力も高まった。また、群れの中で分業を進めることで、医療に専念する医者を置き、病気や負傷による死亡を減らすこともできた。こうやって人類は、群れることで生き残ってきたのです。
 そして、群れを維持するには、その構成員が群れに対してある程度、同調することが必要です。各自が好き勝手にバラバラに行動するのでは、群れが崩壊してしまうからです。それで、そうやって群れに同調し、群れを維持することで生き残ってきた人類には、周りに同調したいという本能が染みついているのです」
 
「そして、群れを維持するための同調の必要性は、現代においても変わりません。私達の属する群れの中で最大のものは社会ですが、社内の構成員の多くが社会のルールを無視して好き勝手に行動すれば、社会は崩壊してしまう。そうなれば、食料も電気もガスも供給されず、医療も受けられず、暴力と略奪が横行する中で、誰もが自給自足で生きることとなり、人間の生存率は大幅に低下してしまうからです。社会の中にある更に小さな群れについても、それが崩壊すればそこに属している人達はなんらかの不利益を受けます。
 だから、学校でも、群れへの同調の必要性は繰り返し教育されます。それは、群れのルールは絶対に守らなくてはならないとか、人の和を乱してはいけない、一人だけ違うことをしてはいけない、といったものです。こういった教育は、私達の同調欲求を強めます」
 
 教卓に手を置いた教師が、落ち着いて淡々と授業を続ける。
 
「また、多くの人は、物事がどうあるべきか、正しい姿とは何か、そして自分がどうあるべきか、どうすべきか、について自ら考え、その考えに従い行動することを嫌います。何も考えず、のうのうと生きたいのです。複雑な問題や意見の対立する問題を一から自分で考え、自分の意見を持ち、それに沿って行動することには多くのエネルギーが必要です。そんな面倒な作業は放棄して誰かに委ねたい、他の誰かの意見に乗っかって行動したいのです。
 それに、自分の意見を持ち、それに従って行動すれば、その行動の責任は明らかに自分にあることになります。多くの人は、この責任と向き合いたくないのです。そして、誰かの意見に従って行動したなら、その行動の責任はその誰かにあるように思える。だから、多くの人はこちらを選ぶのです」
 
「さすがにそれは人間を上から見下し過ぎではないですか?・・・・・私達はそんなに意志薄弱ではないと思いますが・・・・・」と白く細い指で握ったペンの先を教師に向けて文香が言う。
「・・・・・そうなら良いのですが・・・・・」と教師がつぶやくように言う。

「それから多くの人は、常に多数派に属したいのです。彼らには少数派となることは恐怖でしかない。それは、集団の中で孤立したり、集団から排除されることへの恐怖です。彼らは、多数派に属せばそういう恐怖に直面せず、多くの仲間とともに、平穏の中に、安心の中に、安堵の中にいられると考えます。彼らは多数派の中でお互いに抱きかかえ合い、一体感に包まれながら生きて行きたいのです。だから彼らは、その進む方向がなんであれ、無条件に、多数派に同調したがるのです」
 
「まさにシマウマの本能だな」と颯太が冷たい声でつぶやく。
「うー・・・・・それは・・・・・お前の本能が言わせる?」と優太が訊く。
「お前には関係ない・・・・・いちいち本能で近寄ってくるな」と颯太が目を合わさずに言う。
「うー・・・・・お前も上から過ぎて友達できないヤツ?」
「・・・・・無意味に群れたがるシマウマと友達になれるはずがない」
 
「ははははは・・・・・そして、周囲への同調が、自分を危険から守ってくれることもあります。
 終着駅で店長は僕にパワハラをし、社員やアルバイトもこれに同調して僕の頭を叩いたりした。そしてもし、彼らのうちの誰かが、店長に同調せず、そのパワハラを止めようとしたら、店長の怒りを買い、その誰かも店長からパワハラを受けるかもしれない。第2の僕となってしまうリスクがあるのです。同調しておけば、このような危険に直面することはないのです。
 本当は彼らも、僕を助けたかったのだと思うのですが・・・・・」
 
「うー・・・・・それは、本当?」と悪戯っ子のような顔で言う優太。
「何か社員やアルバイトの怒りを買うことを、上から言っていそうな気がする・・・・・」と冬司が鋭く濁ったような瞳を細めて言う。
「・・・・・そんな憶えはないのですが」
「・・・・・それはきっと、あなたが憶えていないだけなのです」と文香が胸の前で左手を教師に向けてパーにして、宣告的に言う。
 
 左の手のひらに右手の親指を置き、深呼吸をしてから、授業を続ける教師。
 
「・・・・・そして、人間の同調欲求は、時に恐ろしい惨劇を招きます。極端なことを言えば、同調欲求は戦争の一因にもなりうるのです。
 指導者と一部の人間、そしてメディアが戦争の必要性と戦争が多数派に支持されていることを宣伝する。戦争を肯定する教育をし、戦争に反対する人間を弾圧する。こういう状況になると、多くの人は、本当に戦争が必要なのか、回避できないのか、勝ち目はあるのか、勝つことにどういう意義があるのか、ということを自ら考えず、与えられた言葉を鵜呑みにして、戦争に同調するのです。そして戦争へ向かう同調の流れが生まれ、その流れは激流となり、誰もが飲み込まれる。虐殺が始まり、同胞にも相手国にも、多くの死者が出る。それで悲惨な戦争が終われば、多くの人は無責任にも、あの頃は仕方なかった、あの頃はそういう時代だった、と言うのです」
 
「・・・・・同調欲求だけで戦争が起きるとは思えないのですが・・・・・」と文香が言う。
「もちろんそうです。同調欲求だけで戦争は起きません。ただ、戦争の一因にはなるのです。多くの人に同調欲求がなければ、多くの人がそれぞれに自分の考えを持ち、それに従って行動するなら、戦争に反対する人も増え、戦争は起きにくくなるはずです。一つにまとまらない、ということには、素晴らしい価値もあるのです」
 
「そして、集団と階層の中では、同調欲求が原因で、悪意や暴力以外にも、理不尽なことが起きます。例えば、前世の僕をパワハラ死させた会社では、予定されたシフトの終了時刻に退店のタイムカードを押し、そこからさらに長時間働くということを、全ての社員が自主的に行っていました。つまり、残業代を貰わずに働くサービス残業を、労働者の全員が、自らの意志で長時間行っていたのです。
 僕も、あの会社で最初に配属された店舗の店長から、そのことを要求されたのです。彼は『そうしないとこの店の利益目標が未達になる。そうなれば店の全員がアウトだ、上から何日も吊るし上げられる、滅茶苦茶にされる』と引きつった顔で言うのです。僕は『でも、採用の面接の時は残業代がつくって聞きましたが・・・・・』と言ったのですが、『お前だけじゃない、俺も他の社員も、どの店の店長も社員も、会社のためにそうしてる。嫌なら、お前を叩き出すしかない』と凄まれたのです。
 僕は入社したばかりで波風を立てたくなかったし、社員の誰もがそうしているなら仕方ないと思い、彼に従ったのです」
 
「今思うと、おそらく、どこかの店舗で利益目標の大きな未達が出た時に、あの社長がその店舗の店長と社員をひどく吊るし上げた。そして、恐怖のあまりその店舗の店長と社員が長時間のサービス残業を自主的に始めたのだと思います。そして、利益目標が年々厳しくなり、同じような吊るし上げが起こる中で、他にも長時間のサービス残業を行う店舗が現れ、吊るし上げの事前回避のためにこれに同調する店舗が増え、最終的にはこれが全店舗に定着したのではないかと思います。もちろん、あの社長はこうなると分かってやっていたはずです」
「でもそれは・・・・・同調欲求というより、同調圧力でそうさせられているだけではないのですか?」と文香が訊く。
「いや、同調圧力が有効に機能するのは、人間に同調欲求があるからです。人間の同調欲求を利用して、多くの人間に何か同じことをさせようとするのが同調圧力なのです。
それから、あの社長の例の自伝の最後の方、社員へ送る言葉のところに書かれている、我々はお金ではなくお客様の笑顔のために働くのだとか、共に困難に打ち勝った仲間こそ本当の仲間だ、といった言葉も、彼らの心理に作用していたと思います。彼らのサービス残業への抵抗感、罪悪感を打ち消し、それを受け入れさせる一因とはなっていたのです。今思えば本当にクソのような利己的な言葉ですが、集団と階層の中ではこんな言葉にも洗脳されてしまう。それは、誰もが奴隷のように不条理に従う自分を正当化してくれる言葉を求めているからです」
 
「・・・・・でも、おかしくないですか?労働者の全員が長時間のサービス残業を、しかも自発的にするなんて?いいように使われているだけではないですか」と文香が黒縁眼鏡の奥の強い瞳を見開いて言う。
「・・・・・ええ、おかしいですよ。完全におかしい、狂ってる。でも、労働者の全員が、自分達を守り、毎日を平和に過ごすために、そうしているのです。そんな中で、文香さんだけが、サービス残業を拒否するのですか?」
「私はそんな会社入りません。入っても、とっとと辞めます」と色の薄い唇と尖らせて強い口調で答える文香。
「もちろんそれが一番です。でも、世の中にはそういう会社にしか入れない人達や、辞められない事情のある人達もいるのです。文香さんがもしそうだとしたら?それでもサービス残業を拒否するのですか?」
 
「・・・・・」と透き通るような白い頬を少し引きつらせる文香。
 
「そんなことをしたら利益目標は未達となり、店の全員が社長から吊るし上げられます。そして、文香さんは、店長から何度も罵られる。そのうち店長も社員もアルバイトも、誰も文香さんに話しかけなくなる。無視され、陰口を言われ続ける。文香さんはいつも独りきりで、周りから冷たい視線を浴びながら働く。文香さんは、今日も誰も私に話しかけてくれなかった、と沈み込みながら帰路に就く。部屋に帰れば、みんなの白い目が頭に浮かぶ。今も誰かにあの目で見られている気がする、あの店では今も誰かが私の悪口を言ってる・・・・・恐怖に震える中で、文香さんは、ああ、自分はなんて馬鹿なことをしてしまったんだと深く後悔する。そして、ある時から文香さんもサービス残業をするようになる・・・・・そのうちに何の抵抗も感じなくなる・・・・・文香さんは、どんなことにも、何も感じなくなる・・・・・そんな文香さんに、みんなが『成長したな』と優しく声をかけてくれる。文香さんは思わず涙をこぼしてしまう・・・・・」と虚ろな眼差しで、つぶやくように話し続ける教師。
 
「うああああああああーっ!いい加減に止めろ!勝手に人を例えに使うな!私はあなたとは違うのです!私はそんな会社、絶対に入りません!」と教師を睨んで怒鳴り散らす文香。
「そんなつもりではないのに、また怒らせてしまいました・・・・・」
「明らかにそんなつもり、悪意の行使です。で、じゃあ先生は、その会社の労働者にどうしろと言うのですか?」と文香がまくし立てる。
 
 しばらくの間、額に右手を当てて考え込んだ後、教師が答える。

「・・・・・それでも、過酷な道であっても、信念を貫き通すべきです。そういう腐った会社を変革するには、立ち上がり抗議をする人間、その最初の一人が必ず必要なのです。逆境の中でも、自分が公正と思うところに従い、サービス残業を拒否し続けるべきです。そのことで、他の労働者にも希望が与えられる、あなたが希望となるのです。そして、サービス残業を拒否する労働者が他にも現れ、この流れは次第に大きくなり、それが会社の変革、ひいては社会の変革に繋がって行く・・・・・」
 
 ふーっと長いため息をつき、両方の青白い手のひらで白髪の多い髪をなでてから、憂鬱そうに授業を続ける教師。
 
「・・・・・だなんてことを無責任に言ってみるのは簡単です。でも、労働者は会社の変革のために働くのではない、彼らは今日の生活のために働いているのです。そして、サービス残業の拒否により労働者が受けるダメージは計り知れない。会社をクビにされ、生活できなくなるかもしれない。終着駅でパワハラを受け、僕のように人生を破壊されるかもしれない。あの社長なら、最初の一人をすぐ見つけ出し、徹底的に潰す。その危険を考えれば、サービス残業を拒否すべきと安易に言うことはとてもできない。
 ・・・・・つまり、詰んでいるのです。あの会社の労働者は、あの閉じられた世界の中であの社長が生み出した、自主的にサービス残業をする流れへの同調、逆らわずにサービス残業を受け入れる流れへの同調、その同調の激流に飲み込まれてしまった。既に手遅れなのです。逃げ出せる労働者は逃げ出せば良い。でも、逃げ出せない労働者はサービス残業を続けるしかない。あるいは玉砕を覚悟で抗議するしかない。状況は絶望的なのです」
 
 大きな瞳を閉じて、しばらくの間、黙り込む教師。そして、授業を続ける。
 
「・・・・・だけど、みなさんはこの会社の労働者ではないし、これから社会に出ていくのです。
 そして、みなさんが、社会に出ていく前に、現代の労働者の抱える様々な問題・・・・・例えば今日の授業の、人間には同調欲求という弱さがあること、これを利用して労働者からお金を奪い取っている社長や株主がいること、それに逆らえない労働者がいることとその理由・・・・・こういった成り立ちを社会に出る前に十分に知り、何が公正であるかを考え、その上で自覚的に社会に出て行き、何にも同調せず、自ら判断し、行動するなら、そういう人達が多数派となるなら、その時社会は、自然に変革されてしまうと思うのです。
 社会は、構成員の意識や行動の投影なのですから。個々の構成員の価値観や信念、思想、判断、行動が相互に影響しあい、社会は形成されるのです。
 そして、そういう人達によって変革された社会では、どこの会社であっても、自主的にサービス残業をするという流れに盲目的に同調する人は減り、その流れは、誰をも飲み込む激流にはなりません」

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