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パワハラ死した僕が教師に転生したら 16.サイコ社長を追い出せるか

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 教師の10回目の社会の授業。
 5月も下旬となり暖かくなってきたのに、教壇にはスリーピースのスーツを律儀に着込んだままの教師がいる。
 しばらくの間、ほんのりとした微笑みを生徒に向けてから、話し始める教師。
 
「集団と階層の話が、随分と長くなってしまいました・・・・・」と言いながら、素早く板書をする教師。
 
 チョークと黒板のぶつかる音。
 黒板の大きな字。
 
 
 
【集団と階層の中で悪意や暴力が行使される主な原因】
 
株主からの過大な利益追求圧力
上と下という人間関係
労働者の近すぎる距離
サイコパスな社長
同調欲求
 
 
 
「集団と階層の中で悪意や暴力が行使される原因として、これらを説明してきました。みなさんはどう思われたでしょうか?」と黒板を指さしながら、生徒達に問いかける教師。
 
 黙り込んでいる生徒達に微笑みかける教師。
 しばらくの後、生徒達は口を開く。
 
「うー・・・・・大人はみんなひどい目にあってる、先生の話がウソでなきゃ・・・・・ウソっぽいけど・・・・・あと大人の世界には、凄いヤバイ人がいる・・・・・俺、大人になるの、ちょっとイヤかも」と優太がのそのそと言う。
「・・・・・俺も嫌です・・・・・暴力は嫌」と鳥居が暗い表情で言う。
「こんなもんだな」と美しい瞳に虚ろさを漂させる颯太が淡々という。
「・・・・・そ、そう?・・・・・なんかお前も、そういう凄いヤバイ大人になりそう」と優太が言う。
「・・・・・何ならお前も喰ってやろうか」と腕を組んだ颯太が冷たい口調で言う。
「うー・・・・・なんで俺がお前に喰われる?」と丸い瞳をパチパチさせて優太が言う。
「冗談だ、シマウマの肉は臭くて喰えたもんじゃないらしい」と颯太が言う。 
「うー・・・・・お前、それ、調べたの?・・・・・こわっ」と優太が眉間にしわを寄せて言う。
 
「ははははは。それで多くの労働者は、会社に、その集団と階層に40数年もの間、属さなければならないのです。
 親がお金持ちなどの一部の人を除けば、大人になれば誰もが、自分でお金を稼がなくてはならなくなる。大きく稼ごうと思えば、起業する、株主となり社長となるという選択肢もあります。でも、成功するには途方もない労力と幸運が必要で、現実には敗北者ばかりなのです。だから結局、多くの人が労働者となります。どこかの集団と階層の一員になり、株主の利益追求のために働き、給料をもらうのです。
 そして労働者は、40数年もの間、老人になるまで、働き続けなければならない。人間が生きていくには、お金が必要なのです。生きていくには、食べ物も、着る物も、住む場所も要る。子供が出来れば、子供にもこれらを与えないといけないし、教育も与えないといけない。全てにお金がかかるのです。
 だから、集団と階層の中で、我慢して、この長い歳月の間、働き続けなければならない。そして、悪意と暴力にさらされながら長い間我慢して働き続けていると、途方もない虚しさと怒りが溜まってくる。これが更に人間を暴力的にさせるのです」と教師が言う。
 
「うー・・・・・おじいさんになる前に、途中で、仕事、辞められないの?お金が貯まったら、とかさ」と優太が訊く。
「優太さんはお金が嫌いだったのではないですか?お金は、欲しがらない人には絶対に貯まりませんが・・・・・」
「・・・・・いや・・・・・俺の話じゃなくて・・・・・」
「前の授業で、前世の僕の毎月の家計を説明しましたよね?あれではお金は全く貯まりません。もっと給料のいい人でも、子供がいればお金がかかるし、老後のお金も貯めておく必要があるのです。労働者は、毎月の給料から、給料の額に応じた厚生年金保険料を差し引かれます。更にこれとは別に会社も同額の厚生年金保険料を負担していて、老後にはこれらに見合った年金を毎月もらえます。ただ、多くの労働者にとって、年金はそんなに多くない、老後を年金だけ過ごすのは難しいのです。だから、おじいさんになるまでに、お金を貯めておく必要がある。そして、給料の良い一部の人以外は、おじいさんになるまで働き続けないと、十分なお金は貯まらない。だから40数年もの間、集団と階層から逃げ出せない。果てしない囚われの日々を生きなければならないのです」
 
 うつむいて少しげんなりしてしまう優太。

「まあ、仕事が楽なもんじゃないってのはそうだろうが・・・・・しかし前世のアトムはひどいな。金が無くて、長時間こき使われて、ゾクゾクするほどボコられまくる・・・・・・・・・・次元が違う」と冬司が不揃いの短髪に触れながら言う。
「ええ、安い給料、超長時間労働、ひどいパワハラ。労働者の三大苦が全て揃い、最後はああなってしまった。まあ、前世の僕は極端なケースですが、でも、多かれ少なかれ、多くの労働者が同じような苦しみを抱えているのです。病気になったり、死んでしまう労働者もたくさんいます」
「・・・・・でも、先生の話は・・・・・いや、先生の性格もですが・・・・・暗すぎないですか?・・・・・その、パラノイアとかいう病気のせいなのかもしれませんが・・・・・極端すぎるというか、物事の暗黒面ばかりを見るというか・・・・・」と文香が言う。
「あれだけいじめられれば、いじけちゃっても、しょうがないのかなぁ?」と愛鐘が整った桃色の唇に指を当てながら優しく言う。
「だからパワハラといじめは違うのです。僕はどこもいじけていないのです」
「・・・・・教師というのは、もっと生徒に夢や希望を与える話をするものではないかと・・・・・」と言う文香。
「ありもしない明るい社会ではなく、過酷な現実の社会を伝えるのが本当の教師です。それで、みなさんが真剣に考えてくれたこと、それが夢であり、希望なのです」と教師が言う。
「・・・・・もっともらしいことを言うものです」と文香がか細い肩をすくめ、呆れたように言う。
「ははは、すみません。それに、社会をユートピアのように語る教師は、社会に対する警戒心を生徒に持たせることができない。そういう無防備な生徒が社会に出れば・・・・・」
「・・・・・簡単に喰えるシマウマ、か」と颯太が淡々と言う。
「ええ、社会の餌食になってしまう・・・・・今の教師達は、そういう無防備な生徒を量産しているのです」
「・・・・・まあ、先生の教育方針も、わからないこともないですが・・・・・」
 
 ちょっとの間、うつむいて微笑んでから、黒板を見つめる文香。
 
「・・・・・ふーん、それで、その黒板の話をぎゅっとまとめると・・・・・会社でパワハラとか、他にもひどいことが起きるのは、株主や社長にも原因があるし、労働者にも原因がある、ということを言いたかったのですか?」と文香が訊く。
「まあ、そういうことを言いたかったのもあります。上司という立場に酔って驕ったり、自分が受けた暴力を他の人に転嫁したり、人と人との適切な距離感を保てなかったり、回りがしていればひどいことでも平気で行ってしまう。こういう労働者の精神の未成熟さ、と言ったら言い過ぎかもしれませんが、そういう性質もパワハラの原因となっているのです。そして問題は、多くの労働者が無自覚にこれらを行っているということです」
「・・・・・精神が未成熟なのはあなたもではないかと・・・・・しかし、まあ、それは先生みたいにひどい目に合えば、そういうことに敏感になるというか、自分で気付いて意識できるようになるかもしれませんが・・・・・普通の人は・・・・・」
「ええ、難しいのです。誰もが集団と階層に飲み込まれてしまう・・・・・でも、それでも、そういう気付き、自分が無意識に行っていることへの自覚を持とうとして欲しいのです。何かをする前に、集団と階層の外での人間関係、例えば隣の家の住人との関係でもそんなことをするのか、と自分に問うべきなのです。そして、しない、という答えなら、それは集団と階層の中でもすべきではないのです」
 
 頭の後ろで手を組み、引き締まった長身を気だるそうにのけ反らせていた冬司がぽつんと言う。
 
「それより、そのアトムを殺ったサイコ社長みたいなヤツは、追い出せねえのか?そういう強欲なヤツが金のために滅茶苦茶やるわけだろ?そいつ潰した方が早くねえか?」
「それ。マンガとかゲームだと、そういうのは最後に、倒せる」と優太が言う。
「それができない・・・・・とても難しい。だから多くの人がこれ程苦しんでいるのです。
 まずサイコ社長はとても怖い、彼らは強靭な狂人なのです。ぞっとするような威圧感がある。
 そして、彼らは労働者の反逆にとても敏感です。過去に何度も反逆を受け、痛い目に遭っているからです。彼らは素早く反逆の芽を見つけ出し、見せしめとして反逆者をひどい目に合わせます。クビにしたり、給料を減らしたり、長時間労働をさせたり、暴力を振るう。そして、反逆を密告してくれる者や、反逆を事前に抑え込んでくれる者を上の階層に上げるのです。
 だから、労働者の誰もが、あの社長には絶対に逆らえない、と思うようになる。サイコ社長への怒りが山ほど溜っても、逆らわず、我慢してやり過ごすようになる。我慢していれば階層が上がり、給料も少しは増える。自分も家族も生きていけます。そうやって何十年も服従するのです」
 
「・・・・・哀れなシマウマの一生、か」と颯太が冷たい口調で言う。
「うー・・・・・お前、自分は・・・・・何だと言うの?」と優太が訊く。
 
 前髪の奥の虚ろな瞳を少しも動かさず、優太を無視する颯太。

「そして法律上も、サイコ社長を追い出すことはできないのです。株式会社では株主が最強、そして株式のほとんどを持っているサイコ社長は最強なのです。会社法という法律でそう決まっているのです。
 一般的な株式会社では、取締役が集まって取締役会を開き、取締役の中から代表取締役、すなわち社長を選びます。また、社長を解職し、ただの取締役に戻すことも取締役会で決めます。
 そして株式会社では、取締役を選ぶ権利も、クビにする権利も、株主だけが持っています。株式のほとんどをサイコ社長が持っていれば、サイコ社長のみが取締役を選び、クビにすることができる。そしてサイコ社長は、取締役会で自分を社長に選ぶであろう人を取締役に選ぶし、自分以外を社長に推したり、自分を解職しようとする取締役が出てくればクビにする。だから、サイコ社長は取締役会で社長に選ばれ続ける。サイコ社長の地位は盤石なのです」
 
「サイコ社長の会社が有名で、サイコ社長自らが犯罪まがいのようなこと主導していれば、労働者がそれを役所やマスコミに告発し、サイコ社長が辞任し、一時的に社長が変わることはあります。
 しかし、代わりに社長になるのは、先のサイコ社長の家来の取締役、副社長とか専務取締役なのです。そして、この人達も先のサイコ社長ほどではないにしろ、やはりサイコ野郎なのです。類は友を呼ぶ、サイコ野郎の周りにはサイコ野郎なのです。そして先のサイコ社長の命令に従って動く。だから状況はあまり変わりません。そして先のサイコ社長は株主では有り続けるので、ほとぼりが冷めた頃に自分を取締役に選び、取締役会で自分を社長に選ばせるのです。そして、告発した労働者は遅かれ早かれ粛正される。サイコ社長が株式の多くを持っている会社でなければ、そういう事件によりサイコ社長が追放されることもありますが・・・・・」
 
「でも、そんな仕組みはおかしくないですか?労働者が働くから会社が成り立つ訳ですよね?その労働者のリーダーである社長を、労働者が選べないなんて、株式会社っていう仕組みが自体がおかしくないですか?」と文香が艶やかな短い黒髪に指を通しながら言う。
「・・・・・おかしくはない。金を出して苦労もして会社を創り上げたまともな社長が、ある日突然、労働者達にノーと言われてクビにされる、そんなリスクのある仕組みなら、馬鹿馬鹿しくて誰も起業しない。そうなると新しいビジネスが生まれない。他の国では新しいビジネスが起こっているのに日本だけが乗り遅れる。どんどん貧しい国になる」と颯太が淡々と言う。
「・・・・・まあ、そうかもだけど・・・・・だけど、そういう頭のおかしいサイコな社長も現実にいる訳でしょ。それをどうにかするには・・・・・」と文香が少し声を震わせて言う。
「そういう頭のおかしいヤツを前提に社会の仕組みを作ろうとする方が頭が・・・・・」
「ちょ・・・・・ま、まあまあ・・・・・文香ちゃんもお前も・・・・・戦う相手が違う・・・・・それは、あの人」と言って教師を指さす優太。
「・・・・・なんで僕なの?」と教師が大きな瞳をパチパチさせて言う。
「先生はどう思うのですか?何か考えはあるのですか?」とせっかちに訊く文香。
「・・・・・文香さんの言うことも、颯太さんの言うことも、もっともだと思います。だから、これらの2つの要望を調和的に解決できる、新しい仕組みが必要なのです。僕は学生の頃から、その仕組みをずっと考え続けているのです・・・・・僕の頭が足りないせいか、今のところ良い案は得られていないのですが・・・・・。
 現在の会社法では、株主総会という株主の集会で取締役を選びます。そして、新しい仕組みとしては、例えば、この株主総会で選ばれた取締役について、労働者の集会である労働者総会の同意がなければ、最終的には取締役になれないという二段階方式が考えられます。だけど、この方式は・・・・・」
「・・・・・デッドロック」と颯太が言う。
「ええ、そうなのです。この方式だと、株主総会には選任権が、労働者総会にはそれに対する拒否権があるという五分五分の状態なので、労働者総会が同意しない限りデッドロック、膠着状態になってしまい、結局、取締役が選べなくなってしまうのです。
 そして、労働者総会の方に株主総会より強い力を持たせるなら、颯太さんが言ったように、起業家には大きなリスクとなり、起業する人が減ってしまう。頭のおかしい労働者、全く仕事をしない怠け者の労働者が団結してまともな経営者を追い出すという事態も起こりうる。一方で、株主総会の方に労働者総会より強い力を持たせるなら、現状と何も変わらない結果となってしまい、意味がないのです」
 
「・・・・・ただ、会社が任意に採用できる、オプション的な仕組みとしては、意味があるかもしれません。株主と労働者の双方が納得した上で取締役を選ぶ、そういう民主的な会社にしたいという意向を持つ株主が多くいる会社ではこの仕組みを採用すれば良いし、労働者にも民主的な会社であることをアピールできる・・・・・」
「そんなものは誰も選択しない。シマウマ達もそんなことには関心がない」と颯太が馬鹿にしたように冷たく言い放つ。
 
「うー・・・・・お前は、どうしてそういうことが、わかる?」と優太が訊く。
「お前には関係ない」と颯太が言う。
「うー・・・・・お前の言っていることは・・・・・前からずっと、変・・・・・おかしすぎる・・・・・お前、本当に高校生?」
「・・・・・」
「・・・・・いや、もしかして・・・・・お前も・・・・・先生と・・・・・同じ?」
「俺はパラノイアじゃない」
「うー・・・・・それじゃなくて・・・・・もしかして、お前にも・・・・・前世の、記憶が、ある?」
「お前も馬鹿か?」
「もしかして、前世のお前は、ヤバイ社長だった?・・・・・それで、倒産っていうの?カネが払えなくなって会社おしまいってヤツ?それやっちゃって・・・・・自分で死んじゃって・・・・・それで悔しくて・・・・・もう一度社長やって成功したいって強く願って・・・・・転生してきた?」と優太が真顔で訊く。
「・・・・・マジか?」と冬司がつぶやく。
「・・・・・お前も馬鹿か?」と颯太が淡々と言う。
「はあ?」と濁った低い声を上げる冬司。
「そんな人間が本当にいると思うのか、という意味だ」と颯太が言う。
「・・・・・まあ・・・・・そりゃ、確かに・・・・・」と冬司が言う。
 
「ははははは、まあまあ・・・・・それから、取締役は選挙で選ぶことにし、その選挙の際には、株主と労働者が、それぞれの会社への貢献度に応じた数の票を与えられるという仕組みも考えられます。颯太さんの要望に対しては不十分な面もありますが、これなら一応、株主と労働者の双方にとって公正です。株主は、リスクを取ってビジネスにお金を出したという貢献がある。そして、金額が大きい程、貢献度が高い。一方、労働者も労働という大きな貢献をしている。労働者が働かなくてはビジネスは成り立たないのですから。ただ、問題は貢献度をどう測定するか、数値化するかなのです」
「できるはずがない」と颯太が言う。
「ええ。何度考えても、そういう結論になります。AIにでも任せればよいのかもしれませんが、それこそAIに支配されてしまう。
 良い仕組みが出来れば、社会は確実に変わる・・・・・それは社会を変革する発明なのですが、とても難しいのです・・・・・」
「・・・・・発明?」と優太が訊く。
「ええ、物凄い発明なのです。僕は生きているうちに、なんとかこの発明をしたいのです」
「先生、今日は楽しそう、かなぁ」と愛鐘が小さな子供を見つめるような優しい瞳で言う。
「・・・・・労働者も会社にお金を出して、株主になったらどうですか?」と文香が訊く。
「現在の会社法では、労働者が勝手に会社にお金を出して、自由に株主になれるわけではないのです。会社にお金を出して株主になるには、株主総会や取締役会の決定が必要なのです。そして、サイコ社長が自分の権力を失うようなことを株主総会や取締役会で決める訳がない。サイコ社長の会社でも労働者に株を持たせている会社はありますが、少しだけです。会社が上場していれば、市場で他の株主から株を買って株主になることもできますが、お金のない労働者が買える株はたかだか知れています」
 
「・・・・・なんかクソダリィなあ、そういう話じゃなくて、こう、殺っちまう訳にはいかねえのか?」と冬司が苛立った声で訊く。
「殺しちゃう?・・・・・まあ、僕みたいに殺された人間はそうしたくもなりますが・・・・・みなさんは殺されてないですし、それをやるとみなさんの一生が台無しに・・・・・」
「いや、そうじゃねえ。どこかに軽く監禁して、まあ、鼻の骨とか、指の1、2本は折ってやって、恐怖を叩きこんでやって・・・・・」
「・・・・・と、冬司さんは・・・・・リ、リアルに・・・・・そ、そういう人だったの?」と鳥居がリーゼントと声を小刻みに震わせながら訊く。
「はあ?普通だろ。全然ゾクゾクしねえな」と答える冬司。
「ふ、普通?・・・・・い、いけない・・・・・そ、そういうことは、してはいけない・・・・・」とうつむいてリーゼントを震わせ続ける鳥居が言う。
「そのくらいでは、あのサイコ社長は何も感じないと思いますが・・・・・しっかり警察沙汰にされて、やった労働者が損するだけだと」と教師が答える。
「じゃあ、労働者がリーダーを選んで、そいつを真の社長にして、サイコ社長は労働者全員が無視、じゃ駄目か?」と冬司が訊く。
「その真の社長がサイコ社長にクビにされて終わりだと思いますが」
「クビにされても真の社長は俺だって言って会社に来るなら?」
「・・・・・給料もないのに?」
「真の社長が会社の金で自分に給料を払ったら?・・・・・他の労働者にも気前よく払ってやってやればいいじゃねえか」
「いや、その真の社長は、法律上は、社長でもなんでもないのです。株主総会で取締役として選ばれていないし、取締役会で社長としても選ばれていない、ただの労働者、あるいはサイコ社長にクビにされたら会社には無関係の人なのです。そういう人が勝手に会社のお金を給料だと言って支払ったとしても、法律上は給料ではなく、会社から盗んだお金を渡したことになる。そうすると、その真の社長や他の従業員は余分にもらった給料は返さないといけないし、真の社長は横領だか背任だかの犯罪で警察に捕まってしまう」
「クソダリィなぁ・・・・・でもそういう頭のいかれたサイコ野郎には、なんでもやってやれば・・・・・」 
「でも、そういう法律を無視した、無秩序状態を生み出して問題を解決するというやり方では、社会全体がそうなってしまう。社会全体が法律を無視し、無秩序になり、それこそ拳とナイフ、銃が支配するディストピアになってしまう・・・・・」
「・・・・・いっそ、すっきりするんじゃねえか・・・・・」と冬司が言う。
 
「うー・・・・・じゃあ、その真の社長と他のみんなで、新しい会社やるのは?」と優太が訊く。
「それでは一からビジネスを始める、起業するのと同じです。労働者の全員が経験者な分だけ有利かもしれませんが、例えばファミレスをやるなら、あのサイコ社長みたいに1店舗目から苦労してやっていかないといけない。しばらくは給料も払えないし、すぐに倒産するかもしれない・・・・・」
「うー・・・・・それはツライ」
「・・・・・まあ、労働者が本当に団結できて、色々なリスクを取る強い覚悟があるなら、EBO、従業員による買収というのも考えられなくもないですが・・・・・例えば、労働者がみんなでお金を出して新しい会社を作って、この新しい会社が銀行からお金を借りて、これらのお金で新しい会社がサイコ社長の会社の株を全部買い取り、労働者がそのビジネスを続けていくという方法です。ただ、もちろん一方的にできる訳でなく、サイコ社長が会社の株を売ることに同意しないと駄目なのです。そしてそのためには、サイコ社長の心を徹底的に折る必要がある。もう何をどうしようとも、今後一切、労働者の誰もが自分には従わないという絶望感を味わわせないと、株を売る気にはなりませんから」
「うー・・・・・どうやって・・・・・そんなメンタル強い人の心を折る?」と優太が訊く。
「・・・・・1か月位、労働者の誰も会社に来ない、一切働かないとか・・・・・」
「そんなことがシマウマどもにできるわけがない。会社も潰れる」と颯太が淡々と言う。
「・・・・・まあ、そうなのです。だからサイコ社長相手だとEBOはまず無理なのです。それに、サイコ社長の心を完全に折ることができたとしても、彼は会社の株を売らず、ビジネスを止めて、会社の財産を全て換金し、会社のお金を株主である自分の預金口座に移すという、会社の清算を選ぶかもしれません。
 また、もし株を売ってくれたとしても、その後が上手く行くとは限りません。銀行から借りたお金はサイコ社長の会社の利益から返して行のですが、利益が出なければ返せなくなる。そうなったらおしまいです。そして、サイコ社長のように利益のためならなんでもやるという人間がいなくなると、これまでと同じように利益が出る可能性は低い・・・・・」
 
「うー・・・・・よくわかんないけど・・・・・結局、サイコ社長は追い出せない?」と優太がのそのそと訊く。
「ええ、今の法律の仕組みでは、現実には難しいのです。だから、追い出すより、できるなら労働者全員が逃げてしまうのが一番なのです・・・・・」
「・・・・・真剣に考えさせておいて、結論がそれとかですか・・・・・」と文香が黒縁眼鏡の奥の瞳をひどく細めて言う。

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