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パワハラ死した僕が教師に転生したら 22.無垢の否定

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 教師の14回目の社会の授業。
 衣替えが終わり、白いセーラー服とワイシャツの生徒達が眩しい。
 青白い面持ちに穏やかな笑みを浮かべ、何かを懐かしむかのようにその生徒達を見渡す教師。
 一瞬だけ目を閉じた後、彼は授業を始める。
 
「今日の授業では、社会に出る前、学生時代のうちにみなさんが取り組むべきことについて、僕の考えを話します。前世の僕がああなってしまったのには、多くの要因が絡み合っています。そして、その一つには、前世の僕の学生時代の過ごし方もあると思うのです」と教師が言う。
 
「ああなってしまったのは社会の異常性だけでなく、個体の異常性のせいでもあり、その個体の異常性は学生時代に原因がある・・・・・とかですか」と文香が微笑しながら言う。
「やっぱり変な学生だった?・・・・・じとじと暗くて、こじらせてて、上からなヤツだった?」と悪戯っぽく笑いながら優太が言う。
「いや、いたってノーマルな学生だったのですが・・・・・」
「うー・・・・・それはウソ、そんなわけない・・・・・学校に行っていたのかも・・・・・あやしい・・・・・いじめで不登校だったとかじゃ?」と丸い瞳を細めて優太が言う。
「だからいたってノーマルな・・・・・」
「・・・・・それでコミュ障となり、感情を上手くコントロールできず、社会に出てからも人と上手く接することができず、転職を繰り返し、最期はああなってしまった・・・・・今日の授業をまとめるとそんな懺悔の話ですか?」と文香がまっすぐな黒髪に指を添えて言う。
「わかりやすい人生だな」と冬司が荒れた唇の端を吊り上げ、微笑んで言う。
「ロジカルなパラノイアだな・・・・・あ、アトムのことな」と颯太が淡々と言い、文香が黒縁眼鏡の奥でこっそり白目をむく。
「お母さんも、のぞむさんが小さい頃から色々心配で、大変だったのかなぁ?」と愛鐘が薄桃色の頬に手を当て、ゆっくりと言う。
「うー・・・・・のぞむって、誰?」と優太が訊く。
「前世のこの人。確か、そういう名前だったかと。この前の独り芝居でちょっと言ってた」と文香が答える。
「ふーん・・・・・アトムとのぞむ・・・・・なんか似てる・・・・・のぞむもやっぱり、愛と夢みたいな変な漢字の名前?」と優太が訊く。
「希望の望でのぞむ、いたってノーマルなのです。前世の親は、現世の親みたいに自由すぎる頭ではないのです。まったくこんな充電なしでも無意味に光り続ける唯一無二の名前ををギフトされて、現世の僕がどれだけ学生時代に苦労したことか・・・・・前世の記憶があるといっても子供のうちは子供の心なのです。たかだか名前と分かっていても、馬鹿にされると傷つくのです・・・・・」
「そういうのは、神様のいたずらじゃないのかなぁ」と愛鐘が優しく微笑みながら言う。
「名前でいじめられて不登校になったとかか?」と冬司が訊く。
「パラノイアのルーツ、か」と颯太が淡々と言う。
「まとめると、それでコミュ障となり、感情を上手くコントロールできず、教師となってからも生徒と上手く接することができず、転任を繰り返し、この学校にどんぶらこっこと流れ着いたとかですか?」と文香がとどめを刺すような真顔で言う。
「パラノ野郎!切ねえなぁ、そりゃこじれるよなぁ・・・・・でも名前も過去も関係ねえ、大事なのは前へ!前へ!前へ!だっろぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」と右腕を伸ばし拳銃を向けるように教師を指さし、ウインクした鳥居が大声で言う。
 深いため息をついた教師が左手の指を拳銃のようにし、文香と鳥居の眉間を打ち抜く仕草をし、二人がそれをかわすかのように頭を横に傾ける。
 
「だから前世も現世も僕は不登校ではないのです。まったく今年のクラスは、人の人生を好き勝手にズケズケと総括する行き過ぎた生徒が多くて困るのです。現世の僕は少しは苦労しましたが、前世の僕は名前の業を背負うこともなく、普通に過ごしていたのです」と教師がまくし立てる。
「うー・・・・・それ、本当?」と優太が訊く。
「ええ。前世の僕は、父親は地元で有名な自動車の部品を作る会社で働き、母親は専業主婦という、本当によくある家庭で育ったのです。学校にも休まず通っていたのです。
 小柄でやさしい母さんは、いつも僕の話をじっくりと聞いてくれた。前世の僕は話し下手で、口数も少なかった。でも母さんは、少しの言葉から言いたいことを分かってくれて、ゆっくりと自分の考えを話してくれた。母さんの料理はいつも手が込んでいて、とてもおいしかったのです。父さんは僕のすることに口出しせず、夜勤明けで疲れている時も、穏やかな笑顔を向けてくれた。そして僕は、ごく普通に育ったのです」
 
「信じられません・・・・・学生時代に何かトラウマ的な経験があるはずです」と文香が訊く。
「そんなものはないのです。まあ、人に合わせるのが苦手で友達は少なかったですが、少しはいましたし。あ、でも中学生の頃から家には二匹のチワワがいて、僕の帰りを待っていたので、学校が終わった後は友達とはあまり遊ばなかったかな。家に帰ってからはずっとそばにいて、夜もベッドで一緒に寝て、とても可愛かったのです」
「・・・・・友達の出来ない息子が不憫でご両親が友達代わりのペットを買ってくれた、とかですか?」と文香が言う。
「・・・・・つまらんなぁ。どうせ飼うならもっとゾクゾクするもん飼えよ」と頬杖を付き、長身を傾けていた冬司が不機嫌な声で言う。
「・・・・・僕はいったい何を飼えば良かったのでしょうか?」
「死んだハムスターとかよ・・・・・それに話しかけるのがアトムってもんだろ」
「・・・・・それは骨ってことで?」と鳥居が冬司を見て小声で訊く。
「はあ?ゾンビだよ、ゾンビ。当たり前だろ。それで家に帰ってからずっと一緒で、ベッドでも一緒に寝る」
「・・・・・いったい何がどう当たり前?・・・・・」と目をパチパチさせた鳥居が苦笑いをしながら言う。
「趣味は?なんかヤバイ趣味やってねえのか?」と冬司が苛立ちげに訊く。
「普通ですよ。本やマンガを読んだり、音楽を聞いたり、たまには映画を見たり。まあ、よくある中高生向けの恋愛ものとか青春ものです・・・・・ああ、あと高校の一時期、タロット占いにハマっていましたが」
「・・・・・タロット占い?」と冬司が訊く。
「ええ、一番簡単なやり方は・・・・・まず、占いたいテーマを心に思い浮かべます。そして、78枚のタロットカードを丁寧にシャッフルします。カードには、女教皇、愚者、戦車、魔術師、女帝、審判といった名前の意味ありげな絵柄が描かれた22枚の大アルカナカードと、棒、杯、剣、金貨という4要素と数字や人物が組み合わせた56枚の小アルカナカードがあるのです。そして、その中から1枚カードを引き、そのカードの絵柄の意味を自分なりに解釈し、占いの結論を読み取るのです」
「どうせいじめっ子の未来でも占ってたんじゃないかなぁ?」と愛鐘が優しい笑顔で言う。
「チマチマしてんなぁ・・・・・どうせなら藁人形に五寸釘とかにしろよ」と冬司が乾いた声で言う。
「ち、違うのです・・・・・僕は自分がこの世に生まれた理由を知ろうとしていた、まあ、いわゆる青い春の悩みというヤツなのです。でも何故だか、カードを引くと、吊るされた男というカードがやたらと出るのです」
「・・・・・お前の最期、か」と颯太が冷たい口調で言う。
「そいつは血塗れのドロドロで骨ボキボキな男か?」と冬司がまくし立てるように訊く。 
「・・・・・ところが違うのです。その男はとても穏やかで静かな表情です。そして、男は逆さ吊りにされてはいますが、傷はなく、服も汚れていない。タロットの本によると、男が逆さなのは、物事への見方を変えるという意味がある。そしてこの男の足は数字の4のように交差している。4には忍耐という意味があり、そこから今は耐え忍んで待つ時期だと読み取れる。そしてこのカードからは、どうしても十字架に吊るされたイエスを連想してしまう・・・・・僕はこのカードを何百回も手にして思ったものです・・・・・どう考えても、こうとしか読み取れない・・・・・僕は人々の持つ価値観を変え、社会を変革に導く現代のメサイア・・・・・救・・・・・世・・・・・主・・・・・そうなるためにこの世に世を受けたのだと・・・・・」と右手の拳を胸の前で握りしめて教師が劇的に言う。
「ぷっ・・・・・現代の・・・・・メシア?・・・・・救・・・・・世・・・・・主?・・・・・コイツ真性の馬鹿だ」と笑いをこらえようとピクピク震える文香が左手を胸の前でパーにして小声で言う。
「まあ・・・・・パラノイアだな」と颯太も色白の頬を少し震わせながら冷たい口調で言う。
「・・・・・つまらん、クソだりぃな」と冬司が言う。
「うー・・・・・なんたる上からリーディング」と優太が呆れたように言う。
「のぞむ君なりに楽しくやってたのかなぁ」と愛鐘が大きな瞳を優しく輝かせて言う。
「・・・・・まとめると、いじめで受難中の高校生が不登校生活の中で重度の中二病を発症した、とかですか?」と文香が笑いながら訊く。
「だから学校には行っていたのです。まあ、あまりにそのカードしか出ないので、恐くなってタロット占いも止めてしまいましたが。でも今思うと、あれは何かのお告げだったのかもしれない」
「・・・・・転生しても中二病は治らないのかもしれない」と文香が微笑みながら言う。
 
「うーん・・・・・部活とかはやってない?」と優太がのそのそと訊く。
「小学生の時はサッカーを。運動神経がなくて全くついて行けませんでしたが。チームワークも苦手ですし・・・・・中学高校は特に何も」
「勉強ばっかりしてた、とか?」と優太が訊く。
「いや、勉強もちょっとしかしていないのです。両親もしろと言わなかったし。もっとしておけば良かったのですが・・・・・」
「なんか・・・・・友達少しでスポーツも勉強も駄目なパッとしないヤツだった?」
「ははははは、まあ端から見るとその通りです。でも僕は幸せだったのです。
それで大学はこっちの、東京の文系の大学に進学しました。あまり勉強しなかったので、大した大学ではないのですが。父さんが珍しく、遠くの大学に行って一人暮らししなさいと言って聞かなかったので。まあ、親離れさせようとしたんだと思います。
 両親や愛犬と離れるのはとても辛かったのですが、そのうちに慣れました。そして僕は、本当に気ままでした。高校ではいつもクラスという集団の中に置かれますから、その中で一人でいるのは気まずい感じもしたのですが、大学はみんなバラバラですから。いつも自然体でいられるのです。留年しない程度に勉強して、それ以外の時間は好きに過ごしていました。アルバイトしてロードバイクを買って、方々にツーリングに行ったものです」
 
「・・・・・クソったれが・・・・・」と冬司が舌打ちしながら言う。
「部屋で一人で占いやってた人がツーリング?・・・・・これは大学デビューというヤツ?・・・・・もしや彼女とかもいたりしたとか?」と優太が訊く。
「いましたよ、一人だけ。半年くらいのお付き合いでしたが、色んなところに行ったものです」
「どこまで行ったんですか?」と愛鐘が悪戯っぽく微笑みながら、甘い声で訊く。
「それは・・・・・最後の一歩手前まで・・・・・女の子の体ってこんなに柔らかいんだって思いました」
「・・・・・私が訊いたら遊園地とかと答えた気がする」と文香が冷たい眼差しでつぶやく。
「いや・・・・・全てが大ウソな気がする」と優太がつぶやく。
「いや・・・・・もの凄い女のような気がする」と冬司がつぶやく。
「いいえ、普通の娘なのです。ショートカットで、少しふっくらとして、陰りはありましたが、まあまあ綺麗な娘だったのです。その娘もいつも一人でいて、なんとなく教室や学食で話をするようになったのです。結局、僕が何を考えてるかさっぱりわからない、という理由でフラれてしましましたが。でも、そう、あの頃は彼女もいたりしたんだ・・・・・一人でばかりいたせいかもしれませんが、あの頃は、夜はただ夜で、夜を感じ、夜になることができた・・・・・季節には、ちゃんと季節の匂いがした・・・・・何かいつも、自分と世界が一体だった気がします・・・・・みなさんも、今、そんな感じではないですか?」
「・・・・・お前、今日、いつもと違う意味でキモイな」と虚ろな瞳を細めた颯太が冷たい口調で言う。
「私達は中二病ではありません」と文香が真顔で言う。
 
「そ、そう?僕だけなのかなぁ?・・・・・あの頃、心はいつも遊び、くつろぎ、自分を愛せて、静かだった。誰にも踏みにじられていない、本当に無垢な状態だったと思います。毎日に満足していた。自分はただ、自分のなりたい自分・・・・・そう、自己が実現していたんだと思います」
 
「なんか今日の授業、クソだるくてすっげえイライラするわ。鳥居、なんかわぁーと言えよ」と冬司が自分で切ったような短髪をかきむしり、怒ったように言う。
「この展開で俺にどうエールしろと・・・・・微妙すぎて絶対すべる、すべったら俺の高校生活が終わっちまう。この重圧が、俺の背負ってるもんが、冬司さんに分かる?」と鳥居が引きつった表情で答える。
「お前もチマチマとクソだりぃなぁ、わかるわけねえだろ」と冬司が言う。
「・・・・・わかろうとして。最近、小難しい展開が多すぎるの、俺のキャパを超えてるの」と鳥居がリーゼントを震わせながら言う。
 
「ははははは・・・・・だけど良い時代は続かないものです。4年生も近づいた頃、僕はようやく社会に出なければいけないことに気付きました。でも僕は何の準備もしていなかったし、したい仕事もなかった。そして僕は真剣に思っていた。ずっと今のままの自分でいたい、就職したくないと。でも、就職しないならアルバイトで食いつなぐことになる。それでやっていけるのか、一生貧しいままじゃないのか、という不安も湧き上がってきました。お金に関心がないといっても、現実の貧困を想像すれば怖気づくものです。
 この頃僕には、社会はとても恐ろしく思えました。社会という圧倒的に巨大で悪意に満ちた存在、すり切れて残酷な無数の大人達の集合体に、お金というものを通じて自分の人生を握られている、自分が一生支配されていく気がしたのです。生きて行くためのお金を得るには、この巨大で冷酷な社会に飲み込まれていくしかない、社会に跪いて服従するしかない、そう思えたのです。
 結局、少しの葛藤の後、僕は簡単に屈服し、自分の好きなことを急ごしらえし、それと関連がありそうな会社に就職しました。でもその会社の仕事も、そこにいた人達も、全く好きになれなかった。そして気の向くままに転職を繰り返し、最期はああなってしまった。
 今思うと、僕はあまりに無防備なまま社会に出ていき、無計画に放浪し、社会に潰されてしまったのだと思います」
 
 左手で白髪ばかりの髪をかき上げ、一呼吸置いてから、教師が授業を続ける。
 
「・・・・・あの学生時代、僕は本当に幸せでした。だけど、今は、悲しいことだけれど、愚かだった、無邪気に心を遊ばせていた僕は本当に愚かだったと思います。そんなことをしていないで、残酷な社会を知り、社会と立ち向かう術を学ぶべきだったのです。
 僕は知らなった。社会では前世の僕のような死が沢山起きている。誰もがそうなりうる。そのことと原因を、社会に出る前に知るべきだったのです。社会の本当の恐ろしさを学び、警戒心を持って社会に出るべきだった。
 みなさんには、前世の僕の死とその背景を伝えてきました。でもこれは、一例に過ぎません。みなさんには他の例も学んで欲しい。ネットでも沢山調べられます。そして、亡くなった労働者が働いていたビジネス、その集団と階層の成り立ち、労働者に課されていたノルマや労働時間、給料、社長や会社の考え方を学んでほしいと思います。これは、社会を学ぶことに他ならないのです」
 
「前世の先生の話でもう十分過ぎるのではないかと・・・・・もうディストピアにはお腹が一杯なのですが」と文香が目を細めて言う。
「・・・・・いいえ、まだ全然足りないのです」と教師が答える。
 
「そして僕は学生時代に、お金を稼ぐために生涯に渡り自分が磨いて行く技術や能力を選択し、学びはじめるべきだった。そして、その技能を発揮できる会社に就職し、技能を磨いて行くべきだったのです。
 それは、高度の専門的な技術や能力を持つ労働者の方が有利に転職できる、そして転職は必ず必要となるからです。長時間労働やパワハラから逃れるために、あるいは、会社が倒産したり、クビにされた時にも転職は必要となる。専門的な技能は、社会に立ち向かう武器となるのです。そして、技能をさらに磨くため、給料を上げるためにも転職が有効な場合もあるのです。
 みなさんも、みなさんのキャリアの軸となる専門的な技術や能力を、今から探し始めた方が良いのです」
 
「・・・・・中二病が急にまともなことを言い出すと違和感が凄いのです」と文香が眉をひそめて言う。
 
「ははははは、すみません。そしてみなさんは、できれば、これから多くの利益が出ると見込まれるビジネスで必要とされる技能を選択した方が良いと思います。それは、利益の出ないビジネスに必要とされる能力を磨いても給料は少ししかもらえないし、転職先も同じように給料が低い会社に限られることが多いからです。
 例えば最近では、AI関連ビジネスは今後の大きな成長が見込まれています。この分野に進むなら、コンピューターに大量のデータを分析させ、自動で学習させるプログラムを構築する技能を選ぶことになります。ただ、このような新しいビジネスでなくとも利益が出るビジネスはたくさんあるし、新しいビジネスがいつまでも成長するとは限りません。
 それから人間は、自分の嫌なことは続けられないし、磨いて行くこともできません。だから、自分が選ぼうとしている専門的な技能、そして、それを発揮して行う毎日の労働が、自分に向いているかじっくりと想像してみる必要があります。働いてみないと分からないことも多いですが、その前に調べられることもたくさんあります」
 
「そして、キャリアの軸となる専門的な技術や能力の選択には、多くの時間とエネルギーが必要です。世の中にはどのようなビジネスがあり、利益や労働者の給料はどうなっているか。それらのビジネスで労働者がどのように働き、専門的な技能がどのように発揮されているか。これらを調べ、あるいは想像してみないといけません。広く社会のビジネス全体を見渡した上で、自分が選択しようとする技能とその周辺に焦点を絞って行く必要があります。
 学校ではこういうことは教えてくれません。だからみなさんは、選択のために、自分で学ばないといけないのです」
 
「・・・・・高校生にそんなことがわかる?高校のうちからそんなこと、しなけりゃいけない?」と優太が眉間にしわを寄せて訊く。
「シマウマにできるはずがない。する必要もない」と颯太が冷たい口調で言う。
「・・・・・前世で社長だったヤツとは話してない」と優太が言う。
「俺はシマウマについて言っただけで、それはお前のことじゃない。それと俺はパラノイアじゃない」と颯太が優太を視界に入れずに言う。
「うー・・・・・先生のはウソっぽいけど、お前のは本当っぽい。でなきゃお前の性格はおかしすぎる」と言い、舌を出している優太。
 
「ははははは・・・・・でも高校2年ともなれば、立派な知性があります。ネットでも多くの情報が無料で得られます。その気になれば、少しずつでも進められます。そして、早く始めた方が良い、高校卒業後の進路にも反映できます。早い方が有利なのです」
「うー・・・・・めんどい。俺、ゲーム好きだからゲーム作る会社で働くでいいんだけど」と優太がなげやりに言う。
「きっかけはそれでも構いません。でも、ゲームを作る会社にも色々あります。どんな会社があって、利益や労働者の給料はどのくらいかを調べないといけません。それから、ゲームを作る会社には色々な役割の労働者がいます。ゲームを企画する人、プログラミングをする人、ビジュアルやサウンドを担当する人、ゲームの広告をする人、それぞれに違う専門的な技能が必要です。その中で優太さんが、お金を稼ぐために生涯に渡り磨いて行きたい分野や技能を具体的に選ばないとといけません」
「うー・・・・・めんどくさ」と優太が目を細めて言う。
「ええ、とても面倒臭いのです。でも学生のうちに多くを学び、しっかりとした選択を行うほど、社会に出てから有利に生きられるのです」
 
「そしてみなさんは、社会に出てから、専門的な技能を磨いて行くべきです。ただこのことは、実は容易ではありません。
 労働者の希望を無視して配属を決める会社もあります。だからみなさんは、選択した技能を全く発揮できない部門に配属されるかもしれない。また、ジョブローテーションといって、数年毎に、最初は営業、次は工場で製造、その次は経理といった部門異動を行う会社もある。専門性の高い労働者より、会社が望む仕事なら何でもこなす労働者、そして様々な部門を広く経験し、会社全体を見渡せる労働者を求める会社も多いのです。だからみなさんは、社会に出てから、専門的な技術や能力を磨き上げ、転職に備えることの難しさを痛感するかもしれません。
 だけど、何の技能も選択せず、会社から命じられるままに色々な仕事を広く浅くやるのでは、専門的な技能は身につきません。そうなると、その人が転職する際には、何ら優れた技能のない人と評価されてしまいます。
 一方で、自分が磨き上げて行く技能が選択できていれば、それに応じた行動ができます。今では、大きい会社でも入社後の最初の配属先を約束してくれる会社が出てきています。ジョブローテーションを行わない会社、頻度が少ない会社もあります。そのような会社に就職する。あるいはジョブローテーションは避けたいという希望を出してみる。そうやって喰らいついていくこともできるのです。
 そして、転職に備え専門的な技能を磨き上げつつも、今勤めている会社で上の階層に向かって働き続けることも可能と思います」
 
 一度深呼吸をしてから、授業を続ける教師。
 
「もちろん学生時代にした選択が誤りだった、ということは起こります。社会に出て働いているうちに、別の技能の方が自分に向いていてお金も稼げると気づくかもしれない。また、自分の選んだ専門的な技能が必要とされない時代が来るかもしれない。このことには、いつも意識を払い、警戒しておくべきです。でも、みなさんは、誤りから多くを学び、新しい選択をすることができます。過去の選択の誤りを顧みることで自分を客観的に捉え、より合理的、現実的に専門的な技能を選択し直し、これを磨いて行けるようになる。何も選択せず、流されるままに生きてきた労働者より、遥かに自立し、社会に立ち向かう強い力を得ている。僕はそう思うのです」

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