パウレタの建築学科日誌3~カップル~

 建築学科内でできる男女カップルは、女子のほうが設計や成績が優秀だ、という例が多い。ぼくとワカナもそうだった。ちなみに前回の日誌に書いたニラサワ先輩は別格なので、それはこの話ではおいておこう。

 なんだろう、ワカナとつきあっていたころは、建築に対する野心みたいなものが吸い取られていく感じがした。大学3年にあがって設計ができるようになってきたころ、
「いけるぞおれ!やってやろう!」
なんて思っていたものが、ワカナとつきあってから、彼女にそれが奪われていくような感じ。ワカナは真面目で設計の成績もよかった。これはぼくの弱さからくるものがほとんどなのだと思うが、能力がある女子とつきあうと自分がその才能に覆われてしまうのだ。ぼくらはけっきょく大学を卒業してすぐ別れてしまった。

「なんかあれだねえ。男の子たちの設計を見ているとさ、社会背景を大きくとりあげてそこから設計作品に落とし込もうと頑張ってる子が多いよね。逆に女の子はさ、自分の身近で小さな問題点から拾っていってそこから作品を構築しようとしているよね。まあ、どちらが良い悪いってわけではないんだけどね」
ウエサカ先生がぼくの卒業設計を見たあと放った言葉だ。いやいや先生、それ、明らかにぼくの作品をディスってますから。たしかにぼくの卒業設計はえらそうに背景を語って、コンセプトをかかげていた。でもそのわりにできたものがこじんまりとしてしまった。もちろんぼくと同じようなアプローチでいい作品をつくっている同級生もいた。ただし、失敗している人が多い。それは全員男子だった。先生の言っていることはあながち間違ってはいない。
  
 ではワカナはどうだ?彼女の卒業設計は、大学近くの古い学生寮を改築するものだった。もっと暮らしながら、ものづくりをとおして交流できる場所が家の延長であったらいいのに。そういうおもいから端を発した提案だった。寮が解体されるまでの1年間、そういう場所として使えることができないか。そんな身近で希望に満ちた案だった。この案がきっかけで、大学の建築学科がOBの建築家といっしょに動き、彼女の作品どおりとまではいかなかったが、その提案は実現した。

 そんなワカナは、自分の卒業設計が実現したことに満足してしまったのだろうか。現在ではハウスメーカーに勤めている。ぼくのまわりにいる優秀な女の子で、建築家のアトリエに就職した人はいない。優秀な子ほど、目の前だけを設計してない。だまっていても自分の人生が時間とともに動いてしまうのを知っている。

 ぼくは納得がいかないと勝手に自分の都合で人生を停滞させようとする。時間は進んでいるのに。ゆっくりでいいから、うなずきながら、次の扉を開けたいと思う、わがままな人間だ。

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