知的財産法(5)・・発明って何だ?
発明の定義
みなさんは、「発明」とは何かと、聞かれたら何と答えますか?
よくある答えは、「新しいもの、新しい技術、役立つもの」とか、「エジソン」とかちょっと質問の趣旨とは違う答えをする人も・・。
発明の定義について、特許法には以下のように定められていす。
これをよく読めばわかるように、定義の中には、「新しい」とか「役に立つ」というような要件は明確に定められていません。
その理由は、後述しますので、まずは、この定義について逐次明らかにしていきましょう。
「発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう」文章を分解すると、
まず、発明とは、「技術的思想の創作」であるという概念が先に来ます。そこに「自然法則を利用した」という修飾語がかかるわけです。そして、それらのうち「高度のもの」という限定が加わるわけです。
これを図示すると、次のようになります。
技術的思想の創作
技術とは?
発明は、技術的思想である。ここで技術とは何でしょう。
特許法には定義がないので、辞書を引いてみると、デジタル大辞泉(小学館)に、以下のように示されています。
上記1の定義ですと、例えば、「野球の大谷選手が他の選手よりホームランを打つ技術に長けている」、という時の技術も含まれますね。しかし、このように人の能力としての技術は、通常は「技能」と言って、「技術」とは区別されます。
技能とは人間がもつ技に関する能力であり、それを使って仕事などを行う行為。技術(知識)を使用し、作業を遂行する能力。
大谷選手の打撃フォームを分析すると、「右足体重としてバットでボールを掬うようなアッパースイング」と言われます。これは「物事=ホームラン」を「処理=打つ」ための方法であることは間違いないのですが、大谷選手という類稀な身体能力と選球眼や打撃センスをもって初めてなしうるもので、他の選手が真似ても、大谷選手のように大量にホームランを生産することは必ずしもできないことです。
このようにそれを行う個人の資質に応じて変化してしまうため、他人に情報として伝達しにくいものを「技能」と言い、発明の定義で言う「技術」とは区別されています。
では、特許法で言うところの技術とは何でしょう。判例では、
とされており、ここで大切なキーワードは、「反復実施して技術効果を挙げることができる」という点です。換言すれば「再現可能性」とも言えましょう。その情報さえもらえば、だれがやっても同じ技術効果を得ることのできる「実施可能性」「具体性・客観性」が必要ということになります。「特許制度の趣旨に照らして」ということは、そういった技術の伝達可能性を言うわけです。他に伝達できなければ技術の発展はありません。
以上を鑑みると、技術とは、「一定の目的を達成するための具体的手段であって反復実施可能なもの」と言ってよいでしょう。
思想とは?
さらに、発明は、技術的思想であるため、一定の目的を達成するための「思想」すなわち「考え方」であるということです。
ここから明らかになることは、発明は思想であり考え方ですから、発明による成果物である「発明品」「実施品」とは区別されるということです。
出願依頼に来る発明者が時々こんな言い方をします。例えば、ボールペンを開発した発明者だとします。
その方が、自身が開発したボールペンを持参して、そのボールペン自体を示し、「これが私の発明です」ということがあります。しかし、正確には、その具体的な製品である「ボールペン」は「発明品」であることは間違いないですが、発明である技術思想を具体化した「実施品」にすぎません。
特許出願にあっては、その「実施品」たる発明品に潜在している「技術的思想」が何かを特許請求の範囲に特定し、その再現方法を特許明細書に記載して出願しなければななりません。ここで、必要となるのが「文章作成能力」です。これは「技能」と言ってよいでしょう。発明は技術的思想ですから、「文章」による特定が、他者への伝達手段として、もっとも適しているわけです。しかし、文章作成能力は人によって異なるので、同じ発明が人により異なる表現で特定されてしまうことになります。よって、特許請求の範囲に特定された発明がどのような範囲をカバーするのかについては解釈の余地が生まれます。そこで、特許法では、「特許発明の技術的範囲」という概念を導入し、特許権侵害の判断における発明の同一性解釈の基準としています。
発明は「創作」である
発明は、技術的思想の「創作」であると定義されています。ここで「創作」とはなんでしょうか? 辞書によると以下のように示されます。
ここでは、創作=「新しいものをつくり出すこと。」としているので、ここで初めて「新しい」という概念が出てきます。ただし、ここでの「新しい」とは発明者が主観的に新しいと思っていれば足り、客観的な新しさは要求されません。客観的新しさは、特許法29条第1項において登録要件の一つである「新規性」として定められてします。
また、「創作」とは、ゼロから何かを生み出すのかというと、必ずしもそういうことではありません。
オーストリアの経済学者(1883-1950)シュンペーターは、次のように言っています。
なお、ここでは、produceを創造と訳していますが、創作と言っても良いので同義でしょう。
そして、多くの発明が、既存技術、既存情報の組み合わせから成立していることを忘れてはなりません。特許法は、技術情報である発明を公開することで、それらをベースとした技術の累積的進歩を目指しているわけです。
ところで、上記の辞書による創作の定義ですと、「新しいものをつくり出す」その主体については触れられていません。
ですので、AIが勝手に作り出したものも創作ということになります。
しかし、特許法では、「創作とは人為的作用により新しく作り出すこと」と解釈されています。人が創作しなければならないということです。
では、AIを使ったらすべて創作と言えないのかというと、それは違います。AIを道具として人間が使っているものであれば、それは発明といえます。
発見との違い
発明は創作ですから、単なる発見は含まれません。
発見とは、まだ知られていなかったものを見つけ出すことであり(Weblio のデジタル大辞泉)、よって、単に既存のものを見つけ出したに過ぎないものは発見であって発明ではない。しかし、発見に基づきそれになんらかの人為的作用を加えることで、なんらかの有用性をもたせた場合、それは発明といえます。例えば、天然物から人為的に単離した化学物質、微生物などは、創作したものであり、「発明」に該当する。ここでのキーワードは「人為的に」でしょうか。見つけた対象物に対し、人為的な作用を加え、何らかの用途を見出すなどをした場合に発見が発明に昇格するということでしょう。
役に立つ・・は発明成立に必須か?
ここで冒頭に述べた、発明とは「役に立つ」ものだ、という意見につき、発明成立要件にはその明確な記載はありません。発明者が何らかの発明をするときに、世の中に役立つものを創るという意図は通常あろうかと思います。しかし、「役に立つ」=有用性は、前記した「新しい」ということと同様に、客観的な発明の成立要件としては要求されていません。客観的な有用性は、新規性が登録要件であると同様、産業上利用可能性として特許法29条第1項柱書に規定されています。
自然法則の利用
自然法則とは
自然法則とは、自然界において、経験上、一定の原因によってて一定の結果が生じると いう経験則のことを言います。
自然法則そのものは発明ではなく、自然法則に反するものも発明ではない。
利用するとは
利用とは、「役立たせる」ということである。
自然法則の利用性なしの例
・単なる精神活動
例:宗教上の祈念の方法など
・純然たる学問上の法則
例:エネルギー 保存の法則、万有引力の法則など
・人為的な取り決め
例:山と言って、川と答えたらドアを開けること
ゲームのルール
自然法則を利用しているということは、自然科学上の因果律に従っているということですから、反復してかつ継続して一定の結果が実現される可能性が要求される。
反復実施とか再現可能性ということは、「技術」という概念にも含まれていました。いくら技術として反復実施可能であったとしても自然法則を利用していなければ、発明とは認めないというのが特許法なのです。
高度のもの・・実用新案との対比
高度のもの・・これが発明の定義に入っているのは、実用新案の定義との関係があるからです。
実用新案法は、その保護対象を「物品の形状、構造又は組合せに係る考案」としています(実案法1条)。
そして、ここで、「考案」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作をいう、としています(実案法2条)。
考案と発明の定義を比べると、いずれも、「自然法則を利用した技術的思想の創作」であり、その中で、発明は「高度のもの」に限るとしているわけです。この限りにおいては、実用新案法の方が保護対象が広いわけです。
しかし、実案法第1条に規定された「物品の形状、構造又は組合せに係る」という限定が入り、これを「実用新案」ということとしてわけです。
この実用新案は、日用品などを想定し、発明に比較して比較的容易な、いわゆる「小発明」というものを想定している、と言われています。
そのような「小発明」との区別をする趣旨で、「高度のもの」という文言を入れているのです。
しかし、高度か否かは主観的なものですから、実務上は「高度のもの」であるか否かは発明の特定において要求はされません。それは、後述する特許要件のうちの一つである「進歩性」の判断に反映されます。
なお、発明と考案は概念として同一なので、実用新案が物品の形状、構造又は組合せに係るものと限定されてはいますが、その範囲で大発明といわれるものも実用新案として保護は可能となります。
「物品の形状、構造又は組合せ」
「物品」とは、空間的に一定の形を保有したもので、一般に商取引の対象となる自由に運搬可能な商品で使用目的がはっきりしたものである。なお、機械や装置などと分離して取引されるようなもので、前記の条件を満たすものであれば、その部分を「物品」とみてよい。
「形状」とは、外部から観察できる物品の外形をいう。換言すると、線や面などで表現された外形的形象をいい、例えば、カムの形、歯車の歯形、工具の刃型のようなものである。
「構造」とは、物品の機械的構造を意味し、いわゆる物品の化学構造のようなものを含まない。換言すると、空間的、立体的に組み立てられた構成で、物品の外観だけでなく、平面図と立面図とにより、場合によっては更に側面図や断面図を用いて表現されるような構成である。道路や建築物などの構造も、物品に関する構造として取り扱われている。
「組合せ」とは、単独の物品を組み合わせて使用価値を生ぜしめたものをいう。詳しくは、物品の使用時又は不使用時においてその物品の二個あるいはそれ以上のものが空間的に分離した形態にあり、またそれらのものは、独立して一定の構造又は形状を有し使用によりそれらのものが機能的に互いに関連して使用価値を生む場合である。例えば、ボルトとナットからなる締結具。
方法、組成物、化学物質、一定の形状を有しないもの、動植物の品種、コンピュータプログラム自体などはこれらに該当しないものとされます。
発明該当性の要件
発明の定義に該当しない場合、特許されないが、それはどの条文で読むかというと、特許法29条柱書の「産業上利用できる発明」ではないということで、拒絶理由、無効理由とされる。
演習・・以下の例につき、発明該当性につき判断してみよう
演習1 作図方法の発明該当性
演習2 ビジネス方法(婚礼引き出物の贈呈方法)の発明該当性
A.引き出物贈呈者が、
A1.受取人名欄・受取人住所欄・数種に群分けして引き出物明細を記入した引き出物グループ欄を有する贈呈リストを用いて、
A2.受取人と受取人別の前記グループを特定して
A3.引き出物の送り届けを委託者に委託し、
B.続いて、前記委託者は
B1.前記贈呈リストに基づく受取人毎の送り先と送り届け日を確認整理し、
B2.しかるのち、任意の輸送手段によって前記贈呈リストによる指定引き出物を、前記確認整理による指定場所へ指定日に送り届けする
B3.ことを特徴とする婚礼引き出物の贈呈方法。
特許法第2条1項によれば、特許法上の発明であるといえるためには、「自然法則を利用」していることが要件となる。自然法則を利用しない、自然法側以外の法則(例えば、経済法則)、人為的な取り決め、数学上の公式、人間の精神活動にあたるとき、あるいはこれらのみを利用しているときは、特許法上の「発明」に該当しないとされている。
引き出物を結婚式の出席者に贈呈することが、社会的慣習として広く行われていることを認定したうえで、引き出物特許を見ると、引き出物の贈呈者と引き出物を送り届ける委託者との行うべき役割を、A1~A3、及び、B1~B2でそれぞれ特定したものであり、社会的慣習のもとでの当業者間の了解に基づく人為的取り決めを利用したものである。
そうすると、贈呈者、委託者の行為は自然法則を利用したものとはいえず、両者の行為全体から見ても自然法則を利用したものとはいえない。
よって、請求項1にかかる発明は、特許法2条1項に規定する「発明」に該当しないので、特許法第29条第1項柱書きに規定されている「産業上利用することができる発明ではない。
演習3 口座管理方法とそれを利用したバンクシステム
この口座管理方法を元に、以下のようなバンクシステムを構築した。このバンクシステムは発明として保護すべきか?
上記において、口座管理方法は、「人為的な取り決め」に過ぎない。後者のバンクシステムは、「ソフトウエアによる情報処理が、ハードウエア資源を 用いて具体的に実現されている」、つまり、ソフトウエアとハードウエ ア資源とが協働することによって、使用目的に応じた特有の情報処理装置又は その動作方法が構築されているので、特許法上の発明と言える。
演習4 発明該当生があるか考えてみよう
演習5 発明該当生があるか考えてみよう
参考:発明該当性についての特許庁審査基準
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/03_0100bm.pdf
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