30年間のなぜ…? からつながるパターンプロセス理論的解釈3 耐糖能異常に至る2つの経路と耐糖能異常の多様性の由来
【考察および結論】
健康診断における耐糖能異常の多様性に関しては、性差、合併する他検査異常の有無と関係性、耐糖能異常出現年齢の差、進展速度、肥満の有無および体重変動との関係性、治療域における治療効果、動脈硬化への進展性、健康長寿に至れるか否か、など多くの要素が含まれ、この30年間で多くの考察を重ねてきました。 参考:「30年間のなぜ」, 参考文献 (1)~(16)
図1、図2のHbA1cの分布図および有所見率からみても、多くの耐糖能異常が存在するのは事実ですが、その糖尿病予備群の多さをことさら強調するのみでなく、その実態を把握し、より予防的で具体的な対応や指針が検討される必要があります。
糖尿病域のもの、重症域のものは男性に多く、生活習慣型パターン群が男性女性とも多くを占め、特に肝機能異常GPTを含む群で顕著であり、生活習慣型が重症化に関わっていることが考えられます。生活習慣型で一時重症化したのち、病的体重減により見かけ上素因型パターン化した症例は、健診でもたびたび見かけられ、HbA1c単独異常群中の重症者の割合は0.3%であることより、元々軽症の素因型からの重症化例は比較的少ないと考えられます。
図3の異常パターン63群の有所見率の年齢階級別推移において、耐糖能異常を含む素因型パターン群は男女とも健診開始時の若年から存在し、加齢と共に増加してゆく傾向は同じです。
生活習慣型パターン群には、その推移に明らかな性差が存在し、男性は若壮年時に増加し後に減少するものの、女性は男性より10年以上遅れて増加が開始し、50歳代の10年間に急増し、その後低下します。
男女とも生活習慣型パターンに耐糖能異常の重症例の多くが含まれますので、この異常パターンの経年推移における性差が、重症化例の性差にも深く関わっていそうです。男女とも各年齢階級において1〜3%存在する生活習慣型異常を伴った異常パターン群に対して、生活習慣の改善の積極的な介入を図ることは、耐糖能異常の出現、進展の予防であり、重症化予防の観点からもメリットが大きいと考えられます。 参考:高ベネフィットアプローチ……別の機会に改めてご紹介いたします。
図4で示したパターンプロセスは、健康診断における汎用検査6項目の異常パターン64群の、平均BMIと平均年齢の関係における散布図上の法則性を示したものです。
耐糖能異常を有するT2,T3に属する32パターンは、いずれも散布図上の高齢側に位置し、女性の耐糖能異常群は、基本パターンの出現が男性に比べて遅れて50歳以降になり、生活習慣型パターンに属する耐糖能異常の出現も遅れます。有所見率の推移でも認められた異常パターンの関係性に存在する性差が、パターンプロセス上ではより明確に表現され、その要因としては、女性ホルモンの有する抗酸化作用による抑制によるものと考えられ、生活習慣型異常の出現は体内酸化の亢進状態を反映したものとみることができます。また、耐糖能異常の出現は、G1からG2、G3パターン群に向かって早期化しており、前述の酸化の亢進状態とともにインスリン抵抗性の亢進状態も共存していそうです。
耐糖能異常は、GPT, γGTP, TG, LDL-C,4項目で形成される基本パターン16群から、高血圧を経ず耐糖能異常に至る過程T2と、高血圧を経て耐糖能異常が生じる過程T3、2種類の時系列的推移が想定され、比較的早期に出現し肥満度の低いT2と、高血圧が先行しT2よりも肥満度が高くやや遅れて最終ラインに位置するT3が存在します。
T2とT3群の違いは、インスリン抵抗性の亢進状態に対するインスリン分泌の反応性の違いと考えられ、インスリン分泌能の低い素因(低分泌能素因)とインスリン抵抗性の亢進状態に対して高インスリン分泌状態を維持できる、分泌予備能力が高い素因の2つの素因の違いによるものと考えるのが合理的です。
図3,4,5より、T2の素因型パターン群は若年から出現することにより、低分泌能素因にも強弱があり、若年から存在する強素因に対して、加齢とともに(主に50歳以降)生じる低素因があると考えられます。
また、インスリン分泌予備能力の高いものにおいても、生活習慣に影響を受けるインスリン抵抗性の亢進状態に呼応する高インスリン血症状態の持続性に、個人差が存在すると考えられます。
若壮年では、生活習慣型パターン(G2・G3)群に高血圧を伴うT1が、次にT3へ進展してゆく段階で、すでにインスリン抵抗性の亢進状態と高インスリン状態が共存していることが想定され、耐糖能異常は重症化せずとも血管イベントを数多く認める傾向があります。12)
近年、食後血糖の乱高下(血糖スパイク)が動脈硬化の危険因子である事が一般的な情報として流布されており、血糖を下げることを主体とした注意をよく耳にします。しかしながら、G2、G3からT1、T3へ進展してゆく過程が背景にあると考えられれば、血糖変動はその一つの表現形であり、背景に存在するインスリン抵抗性および高インスリン血症の改善に向け、ストレスの影響も含めた生活習慣全体の個別介入がなされなければ、根本的な予防対策にはならないと考えられます。
T2,T3群とも糖尿病加療中であっても、生活習慣の改善に至れず体重減少もなく生活習慣型異常を残すかたには、悪化して薬量が増加してゆく例が多数みうけられます。たとえ血糖値が薬物にてコントロールされている例においても、生活習慣型パターン群のままでは、インスリン抵抗性の亢進状態および酸化の亢進状態が維持されていると考えられ、血管イベントのリスクは持続、むしろ増大していることが危惧されます。
健康診断においては、数多くの耐糖能異常者が見出され加齢とともに増加するものの、その進展性は、耐糖能異常を有するパターンによって異なります。素因型パターン群は体重の増加で悪化傾向を示すものの、もともと肥満の有無とは関係なく存在し、全体としては加齢とともに増加します。男性は50歳後半以降、女性は60歳後半以降に生ずる素因型パターン群に重症化例は少ない傾向にあります。
いっぽう肥満群に多いのは生活習慣型異常を含む群ですが、肥満が常に先行するわけではなく、個別の素因の強弱を基礎として、体重変動に生活習慣型異常が伴うようになると、耐糖能異常の出現は早まり、重症例がみられるようになります。
素因型検査項目(HbA1c 血圧 LDL-C)の異常は肥満者に多いのは事実ながら、個別にみてゆくと、肥満、体重変動には質の違いが存在すると考えられ、糖尿病にも他の検査異常を伴うものと伴わないものがあり肥満度の関与や進展性が異なることは、今まで筆者が折に触れて指摘してきた事項です。1)2)4)5)6)
耐糖能異常の進展性における多様性は、素因として加齢の影響を受ける耐糖能異常素因の強弱と、生活習慣の影響により変化する生活習慣型異常などの背景に存在するインスリン抵抗性によって形成され、これらは、16の基本パターンと耐糖能異常と高血圧の有無の定性的評価に基づく異常パターンの推移(パターンプロセス)に反映されていると考えられます。
図3において、80歳以上の健康長寿とみなされる群には、多くの高血圧および耐糖能異常者が存在しますが、そのほとんどが素因型で占められています。
若年から壮年にかけて、耐糖能異常をはじめ素因型検査項目の異常を有する方々が増加しますが、13)14) 高齢に至る過程における個人の生活習慣の影響度の違いが、加齢の質の違いにつながっていると考えられます。
個人の素因は消し去ることができず、耐糖能異常が生じて20年間をどう過ごすかが重要であり、自己の素因の強度に応じて生活習慣による悪化を抑制することが必要と考えられます。
男性は50歳以降、女性は60歳以降に生活習慣型パターンの減少が著しいですが、決して良好な予後を示唆するものではなく、健診集団における淘汰の存在が示唆されます。
今までの健診では、臓器別、疾病別の分類内での定量的評価、判定をもとに保健介入、受診勧奨することを目的としてきましたが、健康長寿を目指すことを目的とするならば、定性的な異常項目の組み合わせパターンから推測評価される将来の危険性をもとに、生活習慣の改善に向けて積極的に介入をはかり、疾病へのつながりを断つ方向に機能拡張する必要性があります。