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反知性主義と社会の構造──単純さを求める時代の心理

 そんなころ、保守系のインフルエンサーがSNSでこんなことを言い出した。「最近話題のLISAってやつ、自由主義者だなんだとか言ってるけど、要はアナキストだよね。重信房子とかと同じくくりでしょ?」
 完全自由主義者とアナキズムは違うし、重信は確か共産主義者ではなかったろうか。なんだかくらくらしてきたが、これが瞬く間に拡散し、無数の賞賛コメントがついた。賞賛する人々は、一種、知性に対する憎しみで連帯しているように見えた。つまり、これはインテリ連中にはわからない鋭い本質論であり、こうした我々の野生の直感こそが正しく肝要であるのだと。
 似たような指摘は前にもたくさんあったが、それは市井の人々の発言にすぎず、その意味で害はなかった。が、今回は「さすがです!」「もやもやが言語化されました!」といったコメントが一分に一回くらいついていく。「クリプトクリドゥスは連合赤軍」と誰かが言い、そのうちに「クリプトクリドゥス」「連合赤軍」がトレンドに入る。よくわからない有象無象がコピー・アンド・ペーストみたいな発言をポストしてインプレッション稼ぎをはじめる。

宮内悠介『暗号の子』、文藝春秋、2024年、68-69頁。

 『暗号の子』に以前自分が書いていた、「著名な人がいう過激な発言や極論を正論やツッコミと評し、「よく言ってくれた」「違和感を言語化してくれた」と評価する大衆」が描写されていた。めちゃくちゃ良かった。まだ短編1つしか読めてないけど、この箇所だけでなくテーマそのものが最高だった。本編についてはまた考えるとして、ここで出てくる、反知性主義的な考え方について掘り下げていこうと思う。

反知性主義と社会の構造――単純さを求める時代の心理

現代社会において、「反知性主義(Anti-Intellectualism)」が広がっていると言われることがある。これは単に「知識がない人が増えた」という話ではなく、「知的な議論や複雑な思考を意図的に避けたり、知識を持つ人を敵視したりする社会的・文化的な現象」 を指す。

 ●反知性主義とは何か?

反知性主義には、以下のような特徴がある。

・単純でわかりやすいものを好む
 → 複雑な議論や理論は「難しい」「めんどくさい」とされ、「直感的に理解できるもの」 が好まれる。

・知識人や専門家への不信感
 → 学者・ジャーナリスト・科学者など、知識を持つ人々が「現実を知らない」「偉そう」と敵視される。

感情や信念を優先し、理論やデータを軽視する
 → 「自分がそう思うから正しい」「自分の経験がすべて」 という主張が強くなる。科学やデータに基づく説明が「冷たい」や「陰謀論」とされることもある。

権威やカリスマに依存しやすい
 → 「○○が言っているから正しい」 という思考になりがちで、カリスマ的なリーダーの言葉を盲信する傾向がある。

対立を単純化し、「敵か味方か」の二元論に走る
 → 「自分たちの考え=正義、反対意見=悪」とみなし、複雑な背景や多様な視点を考えようとしない

これらの特徴は、科学や政治、メディアなど、さまざまな分野において顕著に見られる。たとえば、「ワクチンは危険」「地球温暖化は陰謀」といった科学否定、「○○のせいで国がダメになった!」というポピュリズム政治、専門家の意見を「庶民感覚がわかっていない」と切り捨てる態度などが挙げられる。

 ●反知性主義が広がる理由

このような反知性主義が広がる背景には、社会・経済・メディアの構造 が関係している。

① 資本主義・新自由主義の影響

資本主義社会では、「労働が中心の生活」→「時間やコスパ重視」→「合理性・手軽さを求める」 という流れが生まれる。

このような社会では、長く思考し、複雑な問題を掘り下げることが「非効率」と見なされる傾向が強くなる。「深く考えるよりも、わかりやすく単純な結論を求める」という価値観が定着し、反知性主義を助長している可能性がある。

② メディアの影響

  • クリックを稼ぐために煽るニュースが増える

  • SNSで過激な発言がバズりやすい「わかりやすさ」が正義になり、深い議論が敬遠される

短く刺激的な情報でなければ視聴者の関心を引けないため、メディアは「キャッチーなフレーズ」や「敵 vs 味方の対立構造」を前面に押し出す傾向がある。結果的に、「深く考えること」よりも「直感的に納得できること」が優先されるようになる。

③ 政治の影響

  • ポピュリズム政治(シンプルな敵・味方の構造を作る)

  • 知的な議論よりも「感情に訴える演説」が評価される

特に、ポピュリズム政治では、「わかりやすい敵」を作り、それに対して感情的に反応させる戦略がよく使われる。このような政治手法が広がると、細かい議論が省略され、単純なメッセージが繰り返される。

④ 教育の問題

  • 批判的思考を鍛える機会が少ない(暗記型教育が多い)

  • 「なぜ?」を考えず、結論だけを求める傾向

教育が「知識を詰め込む」ことに偏っていると、「どう考えるか」よりも「答えをすぐ知ること」が重視されるようになる。これにより、「自分で考える習慣がない人」が増え、結果として反知性主義が広がりやすくなる


 ●過激な発言が「正論」としてウケる理由

このような社会の中で、過激な発言や極論が「正論」として持ち上げられる現象 も生じている。これは、フランスの社会心理学者ル・ボンの『群集心理』に書かれていた**「熱狂のメカニズム」** と関係している。

シンプルで強いメッセージほど、人を動かしやすい(「敵 vs 味方」の構造が明確)
熱狂すると、批判的思考が停止しやすい(感情が優先される)
みんなが賛同することで、自分の考えが正しいと確信できる(承認欲求が満たされる)

特にSNSでは、著名人が過激な発言をすると、「その発言が正しいかどうか」よりも「自分のモヤモヤしていた感情を代弁してくれた!」という共感が先行することが多い。その結果、フェミニズム運動を揶揄する発言や、社会運動を軽視する言葉が「正論」として広まる

深く考える人は、自分の経験や苦悩を通して思考を深めることが多い。しかし、そのプロセスを経ていない人からすると、深く考えたスローガンや主張は「よくわからないもの」に見えることがある。そこで、「なんか違和感がある」と感じた人が、それを言語化してくれる人物を称賛する という現象が生まれる。


 ●反知性主義をどう乗り越えるか?

反知性主義が広がる理由は複雑だが、いくつかの対策が考えられる。

「なぜ自分はこの情報に共感するのか?」を自問する
時間やコスパ重視の社会の中で、知的思考の価値を見直す
メディアリテラシーを高める

反知性主義は、「考えることの価値」を軽視する社会の中で広がっている。だからこそ、深く考えることが、今の時代だからこそ価値を持つ

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