これが私らしさ。ケーキと町と共に生きる、小さな小さなお菓子屋さん
大阪八尾、駅から歩いて15分。平屋が並ぶ住宅地の中、空が広ける久宝寺の町角に、『atelier Oeuf(アトリエウフ)』の黄色い看板があります。今回は、『アトリエウフ』のオーナーの多葉さんにインタビュー。
引き戸を開けて入った店内にはショーケースがなく、小さな販売スペースに十数種類の焼き菓子が並べてありました。そして売り場横にはなんと、靴を脱いで上がる板の間と畳のカフェスペースが。一般のパティスリーとは違う、ちょっと変わったスタイルのお店です。
3年前の独立当時は、お店の収入だけでは経営がままならずに別の仕事と兼業していたそうですが、「今はうまくいっているし、とても楽しくて幸せ」だと語る多葉さん。
今に至るまでに、いったいどんなことがあったのでしょうか?お話を伺いました。
多葉 早希(たば さき)さん
1983年生まれ、大阪府八尾市出身。大学で児童福祉を学んだ後、一転して製菓の専門学校へ。
街のパティスリーで3軒計5年、レストランパティシエとして3年ほど勤務したのち、2015年7月、33歳のときに『アトリエウフ』をオープン。
生まれ育った家をリフォームして生まれた、小さなお菓子屋さん
▲店内の様子。入ってすぐに売り場、左手から奥にかけてがイートインスペース、右手側が厨房になっている
――「お店に入って、売り場の小ささに驚きました。生菓子は置かれていないのですか?」
店頭に置いているのは焼き菓子だけですが、ホールケーキを予約制で作っています。なので、ショーケースは置いてないんです。
――「お店の見た目も内装も、個性的ですよね。特にイートインスペースは、まるで実家にいるような安心感があります」
実は、10歳くらいまでこの物件で暮らしていたんです。どこでお店をするか決められずにふらふらと物件を探していたら、偶然ここが貸家で出ていて。地元だし、資金に余裕がなかったこともあり、「ここならいけるかも!」と思い立って即決。大家さんにもリフォームの許可をもらって、晴れて開業することができました。
▲店内のイートインスペース。開業資金は300万円程度。そのうち50万円はお兄さんに借りていたそう。
――「一般的なパティスリーとは違うスタイルでお店をされていますが、今まで働いてきたお店と比べて、季節的な忙しさなどに違いはありますか?」
夏場はお客さんが減って、冬場によくケーキが売れるという点に関しては、普通のパティスリーとかわりません。普段はケーキを作るのも接客も自分一人でやっているのですが、クリスマスやものすごく忙しい時期には、箱詰めやお渡しは短期バイトさんにお願いしています。
『ケーキを作れたら、自分は幸せ』だと思っていたけれど…
――「独立を意識し始めたのはいつ頃ですか?」
お店をしたいと真剣に努力されている方に怒られてしまいそうなんですが、実は開業したいと思ったことはありませんでした。 専門学校の先生や知り合いから、開業するのがどんなに大変なことか…金銭面から精神面まで、リアルな話をたくさん聞いていたんです。
別にお店を出さなくても、働く時間が長くて給与水準が低くても、好きなケーキの仕事に携われれば私は幸せだと思っていました。
――「好きだから、楽しいから、といった想いがあるから続けられる仕事ですよね」
私は人と話すのも好きですし、悪い空気を慢性化させずにみんなが楽しく働けるようなきっかけ作りを、積極的にやってきたつもりでした。敢えて怖い先輩とかに冗談言ったりして話しかけたり、みんなを笑わせたり…それでもいろんなことが積み重なった最後のお店では、笑顔で働けなくなってしまって…。
このままじゃだめだと思って、同じことを繰り返さないように、かなり慎重に次のお店探しをしました。
でも、ネガティブな気持ちを持ったままだったからでしょうか…会社訪問や面接でいい話を聞いても、「ここで働きたい」というポジティブな気持ちになれるお店と出会えなかったんです。
お客さんの言葉で気づいた、独立にハードルを感じていた本当の理由
――「その後、独立の道を選ぶことになるきっかけが何かあったのでしょうか?」
レストランパティシエとしてチーフとして働いていた最後のお店では、お客さんの要望に沿ったケーキを作ることも任せてもらっていたので、個人的なお客さんも一定数ついてくださってたんです。そのお客さんたちに、辞めると決めたけど働きたいお店が見つからない、ということを話したら、「自分でお店したら?」と勧められて。
全力で「私には無理です!」と言ったのですが、「じゃあ、いきなりお店をガッツリやるんじゃなくて、別の仕事をしてお金を稼ぎながら、夕方だけとか、時間や曜日を限定して営業してみるとか」と、『兼業から始めること』を勧められて…。初めて、「それならいけるかも?」と感じたんです。
――「お客さんからそんなアドバイスをもらえるとは…素敵な縁ですね」
「深く考えすぎない方がいいと思う」とも言われましたね。独立するならもの凄くお金をかけて完璧に準備をしなきゃ、ガチガチに経営戦略を練らなくちゃと、独立することに対して『こうであるべき』という考えが型にはまりすぎていたのかもしれません。
転機となったのは、卸し先からのドタキャン
▲店内で、町の人たちのハンドメイド作品を委託販売しているそう。
――「開業準備はおひとりでされたのですか?」
お店を立ち上げると周りに知らせると、飲食以外の友達もたくさん声をかけてくれました。このカフェスペースのソファやお店のライトも、実は貰い物。お店の内装なんかも、知り合いの木工さんが少し安くして請け負ってくれたんです。
全部ひとりでやっていたら、時間もお金ももっとかかっていたと思います。
――「人脈というか、やはり人との繋がりは大切なんですね」
そうですね。そんな感じで、私は小さな小さなお店を立ち上げ、手元にあった資金はゼロになりました。
これからは、私が協力してくれた人たちや町の人たちにお菓子で恩返しをしていくぞ、と意気込んでスタートしたんですけど、まずお客さんに来てもらうことがどれだけ大変なのかを思い知りましたね…。お金もないので広告も打てないし、営業に出かける時間もない。口コミにも限界があるし、当初言っていた通り、ダブルワークでないとやっていけませんでした。
――「お仕事は何をしてたんですか?」
パン屋です。早朝からパン屋で働いて、午後はお店でお菓子を作って、ちょっとパンも作って出して…ということをしていました。この規模のお店なので、売り上げは卸しが中心だったんです。
あるとき、自分の生産性の限界レベルのパンの卸しを受注できて。一日に大量のパンを焼くことになって、一ヶ月はそれだけで生計を立てられる規模だったので、ひたすら準備に明け暮れてたんです。
そしたら、その卸しを発注してくれた企業さんに「やっぱやめるわあ」って言われてしまいまして…。
――「えっ…」
もう、頭が真っ白になりました。来月から私、どうすればいいんだろうって。営業も、他のものが作れるような準備も何もしてない。人を見極める力がなかったんですね。
――「とてもショックな出来事だったと思います…。どうやって乗り越えられたんですか?」
泣き寝入りするしかありませんでした。たまたま連絡してくれた知人にその話をしたら、「知識もつくし、起業に関する講習会に行ってみたら?」と勧められまして…。せっかく勧めてもらったので、行ってみることにしたんです。なけなしのお金を握って…(笑)
――「実際に行かれた講習会は、どんなものだったんでしょうか?」
いろんな企業の社長さんが三人集められての講習会でした。ショックな出来事があった後だったので、社長さんたちのいいお話を「何を綺麗事を」と思って聞いていた私は、グループディスカッションのときに一緒になったひとりの社長さんにつっかかってしまったんです。
そしたら、「その卸しを受けたから”失敗した”と考えるのではなく、”卸しを受けるために、私のお店の規模や技術で、大量のパン焼くシュミレーションができるようになった”と考えてみて」と言ってくださって。
もし今後他のところから同じことを頼まれたら、すぐに受けることができる。武器を手に入れられた、それは素晴らしいことだよね、と。
――「単なる慰めではないような、とても救われる言葉ですね…」
大泣きしました。人前で(笑)ずっと気持ちが張り詰めてたんですよね。不安に押し潰されそうだった気持ちはそこで救われて吹っ切れました。気を取り直して、とにかく『私』と『私のケーキ』を知ってもらうために、シフォンケーキや焼き菓子を持って、自分の足で知り合いのバーや飲食店に宣伝しに出かけました。
それからは少しずつ少しずつお客さんが増えて、このお店のことを好きになってくれる人も増えて、また心から楽しく働けるようになったんです。パン屋を辞めて、お店の経営だけに集中できるようになるまでは、それなりに時間はかかりましたけどね。
――「小さなことをたくさん積み重ねて、今の『アトリエウフ』ができあがったのですね」
こどもたちへの想い、まちのひとたちへの想い
▲『わたしケーキ』の様子。
――「お店でのイベントや地域でのイベントをよく開催されているとのことですが、どんなことをされているのですか?」
例えば、私がケーキを作って、こども達に飾ってもらう『わたしケーキ』っていうことをやっています。何歳の誕生日のとき、自分でケーキ作ったことは思い出にも残ると思うので。このときにウフさんのこんなケーキ食べたなあっていう風に、思い出して欲しいですね。『人生の一ページに最高の彩りを』というのが、うちの理念なんです。
――「実際お客さんは、お子さん連れの方が多いのでしょうか?」
そうですね、小さなこどもがいて、遠くに出かけられないようなお母さん方がよく来られます。イートインスペースだけでなく奥の和室も解放して、自由に使ってもらっています。地域のボランティアの方に、絵本の読み聞かせイベントをしてもらうこともありますよ。
私自身は、この地域の経営者コミュニティである『やおんど』でイベント出店をしたり、お手伝いをしたり、子供食堂にお菓子を寄付したりしています。
▲久宝寺寺内町のお土産があれば…という町の人の声から生まれたという焼き菓子ギフト『寺内町の散歩道』。八尾コレクションにも選ばれたそう。
▲店奥の和室。
――「そうやって町の中で支え合うことで、人の輪がどんどん広がっていくのですね。8月にはチャリティでこどもたちと一緒にレモネードの販売をされたそうですが、どんな目的があったのでしょうか?」
そのイベントの目的は、こどもたちに『働く楽しさ』を知ってもらうことでした。「いらっしゃいませ」と、おおきい声で言わないとお客さんは立ち止まってくれないこと。ありがとうございましたを言う理由。商品を買ったお客さんがありがとう、おいしいと言ってくれたときの喜び。
学校の授業では習えない、生きていく上で大切なことを、こどもたちに伝えていきたい。そんなイベントを、これからもどんどんやりたいですね。
▲チャリティイベントとして行われたレモネードスタンド。
――「この町で生まれ育った多葉さんだからこそ、その想いは強いのかもしれませんね」
そうですね。私はこの町に育ててもらった。今度は私がこの街を、『アトリエウフ』として作っていきたいです。
――「今後、第二ステージとしてやっていきたいことはありますか?」
年々、街の人と共存できるようになっていっていると感じています。周りにはお店の規模を広げることを勧められますが、今はまだその時期じゃない、その器じゃないと思っています。
時間はかかるけれど、誰かのために、好きなこと・やりたいことをやってたらちゃんとお金もちゃんとついてくるし、実際私はお店だけで生活できるようになりました。お金がついてこないならそれはボランティアだし、『お菓子を作って売る』ということに関しては、プロとしてしっかりやっていきますよ!
いま、すっごく楽しいんです。お店よし、お客さんよし、地域よし。三方よしです。Win-Winじゃだめ。Win-Win-Winじゃないと!
取材後記
お話を聞いていく中で、「実は結婚資金が開業資金になりました!」と大暴露してくださった多葉さん。女性としての自分の人生の道も、まだまだ考えている最中だそう。
人としての生き方、パティシエとしての生き方にルールなんてありません。
一度きりの人生を目一杯楽しんで生きる!そんな人生を全うする多葉さんの“人”としての魅力を、大いに感じられた取材でした。
店舗プロフィール
『atelier Oeuf(アトリエウフ)』
住所:大阪府八尾市久宝寺3丁目8−25
営業時間:11:00~18:00ごろ
定休日:日曜、月曜
HP: https://atelier-oeuf.com/