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栄光のアルスター、落陽の時…コンホヴァル王「死の物語」

アイルランド伝承「コンホヴァルの死」の素人訳。アルスター(ウラド)の王、コンホヴァル・マク・ネサの最期の物語です。

「コンホヴァルの死」には全部で4つものバージョンがありますが、今回はレンスターの書などに含まれるバージョンAを紹介しましょう。

バージョンAは「2つの物語」で構成されています。前半では、コンホヴァルがメスゲグラの脳弾によって命を落とし、埋葬された様子が描かれています。つまりこの時点でコンホヴァルは死んでいるわけですが、後半では何事もなかったかのように、コンホヴァルが生きている状態で物語が続くのです。

これは物語が本来は上半分で終わっていたこと、後からキリスト教の要素を混ぜた続きが書き加えられたことを示唆しています。

ゆえに、バージョンAは2つの物語で構成されていると言われるのです。

またコンホヴァルといえば、キリスト磔刑の報に怒り狂ったことが原因で死んだというイメージを持っている方もいるかもしれませんが、本バージョンにそのような描写はなく、とても中途半端な終わり方をしています。

これは本来存在したはずのエンディングが、長い年月の中で失われてしまったことを暗に示しています。もしかすると全く別の展開があとに続いていたのかもしれません。ロマンですね。

さて、ここまでの説明や「コンホヴァルの誕生」を読んだ方はお分かりかと思いますが、コンホヴァルとキリスト教の間には、切っても切り離せない強い繋がりがあります。

元々アルスター伝説はキリスト教の修道士が書き残したことから、キリスト教化の影響がそこかしこに見られます。ただコンホヴァルは、とりわけその影響を受けた人物と言えるでしょう。

コンホヴァルは異教の王にもかかわらず、キリストと同じ誕生日であったり、生前からキリストを信じていたり、地獄に落ちてもキリスト本人が迎えに来てくれるなど、アイルランド伝承のキャラクターたちの中でも破格の扱いを受けています。

これは、アイルランドがキリスト教化された後も、人々がコンホヴァルの物語を愛し、重要視していたことの何よりの証だと言えるのです。

誤訳指摘していただけると土下座して喜びます。

元文と解説はこちら

The Death of Conchobar
Aided Chonchobuir
コンホヴァルの死(バージョンA)
12世紀の写本レンスターの書などより

1
コンホヴァルの壮絶なる死。

昔々、アルスターの男たちはエウァン・ウァハで大いに飲み騒いでいました。

すると、コナルとクー・フリン、ロイガレ・ブアダハの間で、自慢話と言い争いが起こりました。

「持ってこい」

コナルは言いました。

「メスゲグラの脳弾だよ。あれなら、競い合ってる若造たちの気を引けるだろう」

当時アルスターの男たちには、一騎打ちで殺したすべての戦士の頭から脳みそを取り出し、石灰と混ぜ合わせ、硬いボールを作る習慣がありました。

そういうわけで、彼らが自慢話や言い争いをするたびに脳弾を持ってきて、彼らの手に握らせたのです。

2
「やれやれ、コンホヴァル」

コナルは言いました。

「張り合っている戦士たちがこの一騎打ち同様の偉業を成し遂げるまで、彼らは私に太刀打ちできないようですね」

「そのようだな」

コンホヴァルは言いました。

3
それから、脳弾は常に棚の上に置かれていました。

次の日、みな主のもとから、各々の方角へ向かいました。

火の側で脳弾をめぐる大騒ぎを目にしていたコンホヴァルの二人の道化師は、翌日、脳弾を持って外に遊びに出ました。

そのとき、ケト・マク・マーガハがアルスターを冒険するため、コナハト人の領土からやってきました。

このケトという男、アイルランドで最も煩わしい疫病神でした。

近頃では、アルスター人の首を3つ持ってきて、エウァンの草原を横切ったこともあるくらいです。

4
さて、道化師たちがメスゲグラの脳弾で遊んでいた時、片方の者がもう片方にこう言いました。

「見よ、見よ」

彼は言いました。

「王はそれが原因で滅びよう」

もう一人が言いました。

ケトは、これをちょうど聞きつけます。

ケトは道化師の一人から脳弾をひったくり、運び去りました。ケトは、メスゲグラの死後の復讐が予言されていたことを知っていたからです。

コナハト人がアルスター人と戦ったあらゆる戦、あらゆる戦いで、ケトは脳弾を腰ひもに入れて持ち運びました。高名なアルスター人の戦士を、殺せるかどうか確かめるために。

5
ある時彼は、つまり前述のケトは、略奪の冒険で東方へと出かけ、Fir Roisの領土から雌牛の群れを追いたてました。

追跡のアルスター人一団に追いつかれたケトでしたが、彼は男たちに立ち向かいました。すると、コナハトの男たちがケトを助けるべく、反対側からやってきました。

こうして両者の間で戦いが起こり、コンホヴァルその人まで戦いに参加しました。

コナハトの女たちは、コンホヴァルの姿をひとめ見たいがために、「そばに来て」と彼に懇願しました。

それも仕方ありません。美しい容姿と服装、調和がとれ美しく整った背格好、瞳、髪、そして肌の白さ。雄弁で知性を感じる所作、品のある装備と衣服、威厳と富に満ちた武器の数々、勇猛な振る舞いと血筋の良さ。コンホヴァルのような姿形をした人間は、この世のどこにもいなかったのですから。

コンホヴァルは確かに、何一つ欠点のない男でした。

しかしケトのアドバイスを聞いて、コナハトの女たちはコンホヴァルにしつこくおねだりをしました。

そうして彼は、女たちが自分をじっくり見ることができるよう、ひとり離れたところに移動したのです。

6
ケトは、女集団の真ん中まで移動しました。

彼は投石帯に入れたメスゲグラの脳弾を調整し、コンホヴァルの頭にある王冠めがけ投げつけました。脳弾はコンホヴァルの頭に3分の2ほどめり込み、彼は頭から地面に倒れ伏してしまったのです。

アルスターの男たちはコンホヴァルの元に駆け寄り、彼をケトから引き離しました。

コンホヴァルが倒れたのは、Daire Dá Báeth*1の浅瀬のふちでした。

コンホヴァルの墓は、彼が倒れ伏した場所にあります。彼の頭には立石が、足元には別の立石があるのです。

7
コナハトの男たちは、それからScé Aird na Con*2へ行きました。

アルスターの男たちは、東のDaire Dá Báethの浅瀬へ向かいました。

「これを成し遂げた者には!」

コンホヴァルは言いました。

「私を我が館まで運んだ者には、誰であろうとアルスターの王権を与えよう」

「私が必ずやお運びいたします」

そう言ったのは、コンホヴァルの従者Cenn Berraideでした。

彼はコンホヴァルの周りを紐で縛り、彼を背負ってFewsのArdachad*3へ運ぼうとします。

しかし、従者の心は途中で折れてしまいました。

それゆえにこう言われるのです。「Cenn Berraideの王権はアルスターの向こうにある」と。王が彼に背負われていたのは、たったの半日だったそうです。

8
しかしながら、戦いは王が倒れた1時間後から次の日の同じ時間まで続きました。そしてついに、アルスターの男たちは敗走してしまったのです。

9
そうしている間に、コンホヴァルの医師フィンゲンが彼のもとへ連れてこられました。

彼は館の中から出てくる煙で、病人の数と病の全てを知ることができました。

「ふーむ」

フィンゲンは言いました。

「石を頭から取り出せば、そなたは直ちに死ぬであろう。石を取り出さなければ治療できるが、そなたに傷を残すことになるぞ」

「そのほうが容易です」

アルスターの男たちは言いました。

「彼の死よりも、傷を受け入れることのほうがずっと」

10
こうして彼の頭は治療され、傷は金の糸で縫われました。コンホヴァルの髪色は、金と同じ色だったからです。

医師はコンホヴァルに、守るべきことを言いつけました。すなわち、怒ってはならない、馬に乗ってはならない、性的な交わりをしてはならない、走ってはならない、といったことです。

11
こうして彼は危うい状況に陥り、玉座に座る以外の行動ができなくなりましたが、彼は7年もの間生き抜きました。

キリストが、ユダヤ人に磔にされたと耳にするまでは。

その瞬間、あらゆるものに大きな震えがやってきました。生ける神の子、罪なきキリストが磔にされるという非道な行いに、天と地が揺れたのです。

「これはなんだ?」

コンホヴァルはドルイドに言いました。

「今日この日、どのような非道が行われたというのだ?」

「ああ、確かに」

ドルイドは言いました。

「キリストが、非道にも磔にされてしまったのです」

「なんと、むごい」

コンホヴァルは言いました。

「その男は」

ドルイドは言いました。

「彼は、あなた様と同じ夜に産まれた人なのです。たとえ年は違くとも、1月の朔日から8日前に産まれた人なのです」

12
コンホヴァルは信じていました。

彼は、信仰の到来前にアイルランドで神を信じていた、2人の男のうちの1人でした。もう一人の男は、モラン・マク・マインといいます。

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*1 : 「2人の愚か者のオークの森」という意味だが、場所は特定されていない。

*2 : 「猛犬の背丈のサンザシ」という意味だが、場所は特定されていない。

*3 : 北アイルランドのアーマー県にある村、ニュータウンハミルトンの近く。


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