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いまさら真面目に読む『美味しんぼ』各話感想 第30話「酒の効用」

 「初期の『美味しんぼ』からしか得られない栄養素がある…そんなSNSの噂を検証するべく、特派員(私)はジャングルへ向かった…
早いもので…いや遅いな、遅筆ながらとうとう第30回まで到達した……こんな素人の駄文を読んでくれて、そしていいね、サポートをしてくれて本当にありがとうございます。節目の回ということで気合入ってます(長文です。)

*めちゃコミックで結構な話数無料で読めるよ!やったぜ!(not PR)
 みんなで読もう『美味しんぼ』!


■ あらすじ

 今では信じられない、日本酒大敬遠時代のお話

 今回は欧米帰りの男、小泉局長の初登場回。入社以来ずっと欧米に出されっぱなしだった小泉局長、なんとその赴任年数20年以上…そんなことあり得るのか!?そんなやつ日本に帰ってきたら、もはや転勤ではなく転職してるのと感覚が変わらないだろう。身内感がお互いにゼロなのだが、帰国早々、取締役編集局長というポジションにふさわしい仕事に着手する。それが紙面編成の見直しだ。

小泉局長、御年53歳

 金ばかりかかって成果の上がらない、読者獲得に結びつかない「究極のメニュー」なんかやめちまえ、ということだ。当初は東西新聞社創立100周年記念事業としての冠があり、冠が外れてからも社主の肝入り施策という大義名分をもって、遅々として進まないメニュー作りや乱脈な経費処理にもほっかむりしてきたが、とうとう捕まった!(悪いことは長続きしねえな!)
 小泉局長は欧米仕込のドライなメンタリティで、谷村部長であろうと社主であろうと厳しく「詰める」タイプで、利益に繋がらないものはムダとばかりに切り捨てる。いや、彼は彼なりの信念で動いてて『美味しんぼ』世界の中ではまともな組織人だと思うものの、しかしいささか苛烈すぎる。作中舞台となっている80年代中盤日本においてはなおさらだ。

 小泉局長は谷村部長には「究極のメニュー」施策の、これまでの中間報告を出すよう命じ、また山岡・栗田の担当者コンビにはテストを課すので料亭に同席するよう命じる。そのテストの席で、小泉局長は懐石料理に合わせる酒はワインが至上だという見解を披露するが、山岡は日本酒のほうがいいと主張しレスバが始まる。

大卒入社で20年以上の海外赴任で53歳…?キミ、何浪何留したのかね?

 小泉局長は日本酒を「下等な酒」とまでこき下ろし「飲むに耐えん」と評する。だから彼は懐石料理でもワインをペアリングするのだ。
 これに山岡は「ふうん…変な酒ばかり飲んだんですね」と返す。その気はないのかもしれないが取締役を煽るのはやめとけよ…

あっ…

 あ、これフラグ立ったな、とこれまでの29話分をお読みの皆様であればピンと来るであろう「テレビや新聞で大々的に宣伝している」「有名大メーカーの特級酒」というキーワード。このワードを出した時点で小泉局長の負けは確定している。豆腐であろうと醤油であろうと「メディアで宣伝してる大メーカー」なんて美味しんぼ世界では最弱の負け確カードだ。欧米帰りでは無理もないが、ここは美味しんぼ世界観の日本なんだ。油断したな、局長。
 しかし、食なんてものはいつの時代も旨くてナンボの世界である。山岡は「俺が持ってくる日本酒がまずいというなら、『究極のメニュー』作りは無し」にするという条件をつけて小泉局長に勝負を挑む。お、お前そんな権限持ってないだろ!ぐうたら平社員なんだから!何言ってんだ!それに、この会食でのテストというのは、山岡・栗田に「究極のメニュー」を選定するだけの知見があるのか試すはずであったものを、いつの間にか日本酒とワインとどっちが懐石料理に向いているのかを試すものになってしまっている。

テストの趣旨がまったく変わってしまった…

 まあそれも担当者の知見を試すものではあるかな?「日本酒がワインに勝てると思うのか!?」というセリフがファンタジーものの四天王的な中ボスのザコいほうがよくいう(?)「人間が魔族に勝てると思うのか!?」みたいで笑ってしまう。

 舞台を"あの"ニューギンザデパートに移し、板山社長に立会人をお願いしてテストが始まる。まずは、先手山岡、小泉局長が言っていたような「テレビや新聞で派手な宣伝をしている大メーカーの酒」を試飲…しかしそれはとても食通の小泉局長の賞味に耐えうるものではなかった。次に山岡は「純米酒」なるものを取り出す。比較的うまく飲める、と小泉局長は言うのだが同時に「純米酒とはどういう意味だ?酒は米で作るのが当然だろうが…」と訝しむ。実は「大メーカーの酒」は三倍増醸酒で、「まともに作った酒を三倍に薄める」+「工業的に作ったアルコールを加える」+諸々の添加物をインしてつくった酒のことだ。つまり米以外のものからアルコール分も旨味成分も香りも甘みも持ってきている酒である。
 そうした酒は「特級酒」(現在ではこの等級種別自体が廃止されている)として売り出されているのに、古来よりの製法でつくった日本酒である純米酒はわざわざ純米酒と名乗り、消費者側に混乱を生んでいる。山岡はそういった現状を憂いている。

日本酒の悲劇…等級制度が廃止された今、少しは状況は改善されたかな?

 小泉局長も「私は今まで本物の日本酒を飲まずに、けなしていたことになるのか」と自省する。また、ワインと同様に日本酒も保存状態=売り場の状態が重要であることにも山岡は触れて、造り手だけではなく売り手の問題も指摘する。

酒屋ってそうだったのか?…バブル期の酒屋の記憶があるひと教えて下さい

 「なんだか暗澹たる気分になってくる…」日本酒の現状そして将来を悲観した板山社長のテンションがダダ下がりだが、山岡は各地の選りすぐりの地酒を揃え、日本酒も捨てたもんじゃないぜ、とプレゼンを始める。さすがは山岡の選んだ酒、板山社長も栗田も、そして小泉局長も、「日本酒なんて…」と思っていた面々は新鮮な感動に包まれるのだった。それは"衝撃"と言っても良さそうだ。

 しかしここで小泉局長のターン!何のワインを持ってきたかは不明だが、栗田をして「まるで高貴な宝石を液体にしたみたい…」と恍惚とさせるほどの一品を持ってきたのだ。栗田は詩人だ、かわいい。
本当に酒というのは不思議なもので、もとはただのデンプンや糖なのに、発酵させると、まさに酔いしれるほどの味が出来上がるのだ。まさにマジック、そりゃあ日本でも酒の製法や麹の売買をめぐって戦争が起きたりもするわな、と思う。(文安の麹騒動
栗田のポエムを聞いて悦に入ること万朶の桜花の如し、小泉局長は満面の笑みで「やはりワインの勝ちだな」と勝ち誇る。

この世の春を謳歌している男の顔

 では…と山岡は小泉局長の言う食事と一緒に飲むこと、いわゆるマリアージュについて攻めていく。用意したのはカラスミとクチコ。「これぞ日本の海」という味、香りを凝縮した珍味だ。これに合うワインを小泉局長は考えつかなかった。「これは駄目だ、ワインには合わないんだよ」と早々に匙を投げる。しかし日本酒と合わせてみると、お互いの味を引き立て合ってまさにマリアージュ(結婚)と呼ぶにふさわしい組み合わせとなり「日本酒とワインとどっちが懐石料理に向いているのか」という、山岡・栗田に課せられたテストは無事クリアされたこととなるし、小泉局長の主張点である「食事といっしょに飲めやしない」という点も同じくクリアされている。ガハハ!!勝ったな!!
カラスミもクチコも、懐石や和食の先付けやツマミとしてはポピュラーなもので、これらに合わせようがないのであれば、ワイン一強とはとても言えないだろう。ここまで山岡にやり込められて、小泉局長は「実は私は今までひどい劣等感に悩まされていた」「私は酒文化のない貧しい民族の出なのかと…」と自分の苦しい心の裡を吐露する。まともな日本酒を飲んだことがないまま欧米を渡り歩いてきたのだから、そう思ってしまうのも無理はない。周りの人間が当然に持っているものを自分は持っていないんだという感覚、それは誰に何を言われようとどう接されようと拭い難く、水中の水銀のように心のなかに重く沈殿して取り除き難いものなのだ。小泉局長は今後も色々やらかす問題児ではあるのだが、今回の素直なコンプレックスの吐露で私はすべてを許せる気がした。…いやちょっと言い過ぎたかも。

テストを終え、社に戻った局長、がなりたてるも社主、谷村部長ともに「お察し」の表情

◆ 山岡が持ってきた地酒を飲んでみよう!

 小泉局長に飲ませた「各地の地酒」を飲んでみよう!というか飲んだ!(30回記念の意味も込めて)
こういう追体験もグルメ漫画の楽しみだと思う。これらはまごうことなき日本の名酒であり、是非皆さまも飲み比べ、ないしはジャケ買いしてはいかがだろうか。ラベルがカッコイイとそれだけで美味しく感じる。

揃いも揃えたり

この回を読んだ後に、手に入るものは買って実際に飲んでみたので、以下、私の個人的な感想とともに紹介していく。(銘柄名、会社名は2024年11月現在のもの)

まず、トップバッターは
・石川県 菊姫 大吟醸 (菊姫合資会社)

肉魚野菜、そして米にも合うオールマイティの極み

・兵庫県 白鷹 極上 (白鷹株式会社)

クセがなく、スッキリとしたキレ。それでいて香気かぐわしくうっとりする…

・栃木県 栃桜・花宝 (淀川酒店)

かなり高価だが、ふさわしい肴を揃えて飲めばコスパいいとさえ思えるクオリティ。

・山形県 特別純米原酒 銀住吉 樽平酒造株式会社

あえて酒造好適米を使わない酒、どっしりとくるオンリーワンの味わい

さあ大トリは…
栃木県 純米 越乃鹿六 近藤酒造株式会社

これは手に入れられなかった

*公式ストアでは見ることが出来なかったので参考掲載。

 その他にも、美味しい日本酒が全国各地にいっぱいあるのは皆さん御存知の通り。是非今週は日本酒で一杯やってみませんか。

◆ 日本酒に添加物を入れると本物の酒ではなくなるか?

 これはハッキリとNO。作中で山岡は「本物の酒」として純米酒を挙げ、添加物まみれの三倍増醸酒を批判しているが、では添加物を使った酒はすべてニセモノでまずいのか、というとそんなことはない。
添加物を使うことによって、発酵という極めて水物な自然現象によるブレを抑え品質を安定させることができるのがまずひとつ目のメリット。同じラベルで同じ味、という消費者が求めるものを提供しやすくなる。もうひとつのメリットはずばり味である。高級酒でも意外なブランドで醸造用アルコールの添加、いわゆるアル添をしているものがある。なぜそんな「本物の酒」から離れるようなことをわざわざするのかというと、その方が美味しくなるからだ。個性が引き立つというべきか。香りが立ったり、後味が良くなったり、アル添には様々な効果があって、日本酒というカテゴリのなかで味わいのバリエーションを増やしてもくれる。旨味成分まで添加するような三倍増醸酒はさすがにいかがなものかと思うが、原材料に米と米麹以外の添加物が入っているからといって忌避するのは間違っていると思う。
そもそも日本酒に少量の焼酎を混ぜることは、江戸時代に庶民に澄酒が普及した頃からごく普通に行われており、その分量を見極めるのが良い酒屋と言われた。さぁ一体どんなものが「本物の酒」なんでしょうね、起源や由緒にそれを求めるなら、正直どぶろくやそれこそ口噛み酒でも飲めばいい。製法なら純米酒だって「本物の酒」だかどうか。要は味だろう、と私は思う。美味しい酒、美味しい肴、楽しい友がいれば、それ以上を求めて酒についてああだこうだと述べるのは粋ではないんじゃないかな。
(*個人の感想です)

晩秋に至り月影さやか、月下独酌と洒落込むのも乙なものですね。今回はここまで!お読みいただきありがとうございます。これからもほそぼそ続けていきます。

・ マガジン 今さら読む真面目に読む『美味しんぼ』

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・私の本業は…

 私の本業は観光促進、移動交通におけるバリアフリーを目的とする組織のイチ職員で、食い物のことに関しては偉そうに話せる立場にないんです。
鉄道オタクではない 視点で、日本の鉄道はこれからどうなっていくのか、特にローカル線って維持するのがいいの?すべきなの?っていうところを考えるためのマガジンも作っています、お暇なときにでも、是非以下の記事もあわせてご一読くだされば幸甚です。
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地方のローカル鉄道はどうなるのか、またはどうあってほしいか|パスタライオン ~鉄道と交通政策のまとめ~|note


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