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いまさら真面目に読む『美味しんぼ』各話感想 第31話「食卓の広がり」

 「初期の『美味しんぼ』からしか得られない栄養素がある…そんなSNSの噂を検証するべく、特派員(私)はジャングルへ向かった…

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■ あらすじ

 家族との食事は単なる栄養補給ではない

 東西新聞文化部に勤めていて、今は不動産会社社長の奥様におさまった信子さんが久しぶりに文化部を訪ねてきた。再会に喜ぶと同時に、夫との関係の悩みを、元同僚である文化部女性陣に打ち明ける。その悩みとは夫が大の偏食家である、ということ。
夫は「ちゃんと言っておかなかった私が悪かった」と前置きしつつとんでもないことを無表情でぶっちゃける。
「私が食べられるのはスクランブルエッグと、トンカツとハンバーグとカレーだけだ」

つまり献立ローテーションはこうなる

 ちなみにこのことが分かったのは新婚旅行から帰ってきた翌日のこと。遅すぎないか?結婚までのデートとか、新婚旅行中の食事で気付くことや話すことはなかったのか…?

 それでも信子は色々と手を尽くしてそれ以外のものも味わってもらおうとするのだが、夫は一切受け付けない。注意しなければならないのは、夫はそれでも真剣に信子のことを愛しており、意地悪や冷酷さからこんなことをしているのではないということ。しかし信子はそれを理解しつつも、どうしてもやりきれないものを感じ「想像してよ、広くて豪華な食堂でシャンデリアの輝く下で食べるのが、トンカツかハンバーグかカレーだけなんて……」「侘しすぎる」と嘆いているのである。
 そしてこの件が発端となったのかはわからないが一時が万事その調子だといい「私はロボットか人形に愛されているみたい」「こんな結婚間違ってたわ」とまで言ってしまう。気のおけない友人に会うこと自体が久しぶりな人間は、いきなりデカい重い話をしがち。聞かされた方はマジでビビる。和やかに旧交を温めようかと思ったら、悩み相談に突入し、しかも離婚まで頭にチラついているとは仕事の合間に聞いていい話ではない。なんというか心の準備というか手心というか…

牛股師範でも、こんな話を聞かされてはこうなってしまうだろう

 とにかく、信子の精神状態がヤバめなのはわかった。事態は割とのっぴきならないところまで切迫している。どうしたらいいか…と考えると、発端が食べ物のことなので、やはり山岡に頼んでみようということになる。しかし山岡はこの頼みをにべもなく断る。「極端な偏食の人間は、どこか精神が歪んでいることが多い、そんな人間とはお付き合いしたくない」らしい。精神の歪みとかエディプス・コンプレックスを拗らせまくったお前が言えた義理かよ…かつての同僚である信子、しかも実は山岡のことを好いていた女性の苦境にまったく力を貸そうともしない態度に栗田はキレた。

*ただし、山岡は信子が自分のことを好きだったとは全く知らない

 これまで1年近くの付き合いで栗田に情が湧いているのか、それとも信子のことも実は気がかりだったのか、こうまで言われて山岡も椅子にケツを押し付けたままでいるわけにもいかず「クソっ…」とひとりごちて結局は信子へ力を貸すことになる。
 文化部一行は信子の嫁いだ真山家の邸宅へ伺うが、信子が言うだけあって豪奢なつくりの家だ。「確かにこの家で食べるのがカレーとかハンバーグだけじゃあ病むかもな…」と私も思う。しかしリビングの一角に、その豪奢でオシャレなしつらえに似つかわしくない、ベーゴマセットが置いてあった。バケツにゴムシートを貼った本格的庶民づくりだ。他にもベーゴマ、メンコ、ビーダマ…子どもの遊戯ばかりをあえて集め、余暇にはひとりそれに興じているのだという。夫のことをロボットか人形だと認識している信子からすれば、そんなもので遊んでいるおっさんはひたすら気味が悪いとしか思えないのだ。子どもの遊戯に興じる理由は…

山岡、なにか親近感を感じたんじゃないかな

 美の帝王・海原雄山の子として生まれ、中学生時分から厨房で修行させられた山岡でさえ、ここまで過酷な幼少期は送っていなかったのではないか。もしかしたら山岡は真山にシンパシーや同情心が芽生えたのかも知れない。
山岡は真山にベーゴマ勝負を持ちかけ、賭け代として自分はレアなメンコを差し出すのと引き換えに、真山に一晩食事をともにすることを賭けさせる。
 果たして、勝負は山岡の勝利に終わり、さっそく夕飯の支度へととりかかる。ここからが本題だ。真山には「トンカツを作ります」といい、キッチンではカツ丼を作る、山岡の必殺二枚舌が炸裂する。確かにウソは言っていない、トンカツを食べようとは言っていないし、カツ丼を作る過程でトンカツは作るのだから。ウソではないが…せっかくのトンカツがダシで煮られ卵でとじられていく過程で真山は発狂寸前にまで追い詰められる。しかし山岡は手を止めない、緩めない、そして迫る。

Q.貴様、はかったな!?  A.最初からそのつもりで来ている

 出来上がったカツ丼を前に、真山は自分の少年時代を振り返り、話して聞かせる。父は仕事一筋&女好きで家庭を省みることはなく、母はそんな父に愛想を尽かして宗教にハマり、こちらも家庭を省みなかった。両親の代わりに真山の身の回りの世話をしたのは家政婦であったが、食事は機械的にトンカツ、ハンバーグ、カレーをローテして食わせるだけであった。真山の少年時代に、愛がなかったのである。与えられるべき愛や気遣いが、真山少年に決定的に足りておらず「本心はすごく餓えている」のに、他のものは食べられないという人間に育ってしまった。餓えている、というのはトンカツ等以外の食事、ではなく愛情だ。幼い時に愛情を与えられなかった真山は信子夫人が注いでくれる愛情の、その受け取り方がわからなかったのだ。なぜなら、真山は不動産会社社長という肩書でもって、男女の恋愛競争においては優位であっただろうが、いざ結婚をし、家族となったときに、男女の関係を超えた家族としての触れ合い方がわからないのだろう。
 ここまでの独白を聞いて山岡は、敢えてか、発破をかけ真山を煽る。
「真山さん食べるんだ」

どの口が…というのは置いといてこのシーンは熱い

「そのカツ丼は冷淡な家政婦が機械的に作った物じゃない!あんたも見たでしょう?奥さんが愛情込めて作った物なんだ」
「食べなさい真山さん、自分の心を解き放つにはこれしかないんだぜ!」

 おそるおそる、カツ丼を口にいれる真山、しかし拒絶反応が出て戻しそうになってしまう…が、勇気(そして愛を手放したくない気持ち)を持って味わうと「うまいよ、これは!」と受け入れることが出来た。トンカツを足がかりに、あとはじっくりいろいろな食べ物を攻めていこうと提案し、真山家夫婦の危機は取り去られた…

山岡に「鈍感男!」と言って手を引っ張っていく栗田でこの話は幕

◆ 『ザ・シェフ』にも似たような話が…

 あったような気がするんだけど思い出せない、資料室として重宝していた「マンガ図書館Z」も11/26で閉鎖が決定してしまった。もし誰か「この話じゃない?」って覚えがありましたら教えて下さい。それにしても一回飯を食わせるのになんとも緻密な描写をするものだ、

◆ ifの存在としての真山

もしかしたら作者は「山岡が雄山の言う事をハイハイ聞いて育ったとしたら…」という存在として真山を登場させたのかも、と思ってしまう。母の死にも動じることなく、感情表現が苦手で美味いものしか受け付けない、ある意味での偏食家になったかもしれない。山岡は幸いにして(?)雄山のもとを離れることができたが、ほんとうの意味での自立はまだ成していない。成したことといえば、家出の際に雄山の作品をむちゃくちゃに壊したことだけ。相手が美の帝王とはいえ、そんなことはガキのやることだ。真山は山岡の手助けで一足先に両親の呪縛から解放され「大人」への道の一歩を踏み出したが、では山岡は誰の力を借りて「大人」になるのだろうか…今後の展開を暗示させる回だなと思う。

そう考えると、自分で自分を叱咤しているようにも見えるひとコマ

◆ トンカツは薄い方がうまい?

 「肉の旨味と衣の旨味が調和するのは5ミリ(厚)が限度」というのが山岡の持論だ。厚みが5ミリが限度かどうかはさておき、趣旨はわからなくもない。あくまで衣もと一体となってのトンカツだ、と思う一方で分厚いトンカツにかぶりついた時にだけ味わえる豊潤な肉汁との調和、衣の"サクッ"と、肉の"ブリッ"と、肉汁の"ジュワア"の「食感の調和」というべきか、これも捨てがたいな、とも思う。
今でも、というか今のほうが分厚いトンカツが流行していることを考えると、SNS映えの面を抜きにしても、「肉は厚い方がぜいたくと思っていた頃の後遺症」とは言えないんじゃないだろうか。

そのへんどう思う山岡氏?

今回はここまで!お読みいただきありがとうございます。これからも続けていきます。

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・私の本業は…

 私の本業は観光促進、移動交通におけるバリアフリーを目的とする組織のイチ職員で、食い物のことに関しては偉そうに話せる立場にないんです。
鉄道オタクではない 視点で、日本の鉄道はこれからどうなっていくのか、特にローカル線って維持するのがいいの?すべきなの?っていうところを考えるためのマガジンも作っています、お暇なときにでも、是非以下の記事もあわせてご一読くだされば幸甚です。
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