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「真夜中のイルミネーション」~あなたが虚しく生きた「今日」~掌の小説④

 上尾駅はイルミネーションの光に包まれていた。白や赤、青色をした光のチューブが、デッキの手すりに装飾されていた。高崎行きの最終電車が遠ざかっていくのが見える。駅の階段を足早に下りてくる乗客の目には、色褪せた光の点滅にしか映らないだろう。飲み干した缶ビールを片手に、寒空の下に輝く光の競演を仰ぎ見ていた。
                                  
 さっきまでパソコンの前に座って、クリスマスイブにふさわしい動画を探していた。ブログにアップするためだった。偶然に見つけた動画のコメント欄を眺めていた時に、マウスの上に置いた手が止まった。

          あなたが
          虚しく生きた『今日』は、
          昨日、死んでいった者が
          あれほど
          生きたいと願った、『明日』

 動画のタイトルは「戦場のメリークリスマス」だった。坂本龍一が演奏するピアノの音が心に沁みてきた。私は椅子から立ち上がり、冷蔵庫にあったビールを飲もうとしたが、一本もなかった。ため息をつきながら、駅の近くのコンビニに行こうと思った。時間は零時を過ぎていた。

 缶ビールを買った後に、そのまま家に帰ろうと思ったが、店の前から見えた駅のイルミネーションがなんだか気になった。買い物袋からビールを取り出し、プルタブを引いた。さっき見たコメントの言葉を何度も反芻しながら、駅前広場に向かって歩き出していた。

 最終電車の客待ちをしていたタクシーも去り、人通りの絶えたロータリーにイルミネーションの光だけが踊っている。空になった缶ビールを握りつぶし、その場を後にした。
                                   
 街燈の少ない住宅街を歩いていた時に、右側の建物から微かに光が漏れていた。教会付属の幼稚園だった。園庭の片隅に、大きなクリスマスツリーがあった。枝にはイルミネーションが施され、蛍の光のようにひっそりと息づいていた。闇の中の一角で、天使達がささやかな宴をしているような気がした。

 心の中に感動の明かりが燈った。<そうだ。心に刻み込もう。明日を生きられなかった人の分まで>そう思いながら、私は夜空を見た。三角屋根の十字架が、暗闇の中で白く光っていた。