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「ツンドラに舞う」~シベリアの上空で花火が炸裂する!~短編小説③
2年前に亡くなった花火師の父が、
「華はないが、線香花火には祈りがあ
るんだ」とつぶやいたことを、長男の
邦彦は今も憶えていた。
その深い意味に気づいたのは、父の戦
友からの電話がきっかけだった。戦友
と父はシベリア抑留の体験者だったの
だ。「戦友が眠るシベリアで、いつか
花火を打ち上げたい」と生前に語って
いた父の思いを果たすために、邦彦は
弟と一緒にシベリア行きを決意する。
〔登場人物〕
🔵藤田邦生(94歳)
元花火師。邦彦の父。2年前に病死。
🔵藤田邦彦(63歳)
花火師。長男。独身。
藤田花火製造所の3代目。
🔵藤田裕二(58歳)
花火師。次男。独身。
🔵藤田邦生の戦友(92歳)
🔵ロシア大使館の日本人スタッフ
ロシア大使館から打ち上げを認める旨の連絡が入ったのは、10月中旬頃だった。前後して、日本の役所からも輸送や通関に関わる許可が下りた。弟の裕二には、花火の陸送や海上輸送の請負業者を早めに決めるようにと伝えた。
三尺玉が完成したのは、11月の初めだった。打ち上げ成功の前祝いも兼ねて、裕二を誘って工場の近くにある居酒屋を訪れた。
「兄さん、お疲れ様でした。兄弟二人の独身解消と親父の三尺玉に乾杯!」
「独身解消は裕二だけで充分だよ。俺はお前のように社交的ではないし、これからも独りで生きていくつもりだ」
還暦を過ぎた邦彦に、周りが心配して見合い話を勧めるのだが、肯定的な返事を貰うことはなかった。藤田花火製造所の跡継ぎについて、兄弟で真剣に話す機会もなく、ただ年月だけが過ぎていった。
生前、線香花火の火玉を眺めていた父が、背中越しに声を掛けてきたことがあった。思いがけない問いに、邦彦は戸惑った。
「そろそろ身を固めてもいいんじゃないか?」
結婚願望はなかったが、いい人がいればそうするつもりでいた。
邦彦が結婚をためらっていたのは、足に障害があったからだ。
5 年前に遡るが、秋田市夏まつり雄物川花火大会に、業者として参加した時の話だ。大会のフィナーレで、数発の三尺玉を打ち上げる演出があった。その内の一発を邦彦の会社が受注したのだ。
鋼鉄製の打ち上げ筒に、三尺玉がセットされ、電気点火のボタンを邦彦が押した時に問題が起きた。ボタンを押しても発射音がなく、不発に終わる可能性があった。配線か、それとも三尺玉じたいのトラブルかもしれない。邦彦は慌てて走り出した。
打ち上げ筒までは70メートルあり、通信線を点検しながら、ようやく打ち上げ筒の前に来た。配線には異常がなかった。筒に架けた梯子をよじ登り、先端に手を伸ばした時に事故が起こった。足掛かりの横棒から右足を踏み外したのだ。
4 メートルの高さから落ちた時に、顔面は擦り傷で済んだのだが、右足首を捻挫してしまい 2、3 週間ほど入院することになった。その後のリハビリで靭帯の損傷も癒えたのだが、右足を軽く引きずるようになった。
その頃から、経営に関係した交友関係を避けるようになってきた。近隣との人付き合いも減り、一人で過ごす時間が増えていった。会社経営の重荷もあった。パートナーを見つける心の余裕もなく、月日が流れた。母が亡くなり、その後に父が独身を通した理由を、いつも邦彦は考えていた。
父が 52 歳の時に、5 歳年下の母が乳癌で亡くなった。大曲市で開かれた、花火の競技大会に参加していたために、父は母の最期を見届けることが出来なかったのだ。今年と同じように、猛暑の夏だった。父は再婚もせずに、自分達を育ててくれた。淋しくはなかったのか。
「毎年、母の命日になると、親父は夜が更けるまで縁側に座っていたなぁ。翌朝、縁側の下にあったバケツを覗いたら、燃え尽きた線香花火が何本も水に浮かんでいたんだ」
邦彦は線香花火に魅せられるわけを聞いたことがあった。父が亡くなる数年前だった。
「親父は、線香花火には《祈り》があると言うんだ。裕二、お前はどう思う?」
「考えたこともないなぁ」
裕二は肩をすくめて、両手を左右に大きく開く仕草をした。邦彦が大きくため息を漏らした。
「三尺玉を造りながら、俺はずっとその意味を考えていたんだ。打ち上げ花火は一瞬だけど、線香花火は燃え尽きるまでの《時間》がある。墓前に手向ける線香も同じなんだと思う。死者の魂に、思いを込めることが出来るんだ。たぶん、シベリアに眠る戦友や母を心に浮かべながら、親父は祈念していたのかもしれない」
様々な思いを秘めた三尺玉が、新潟港からロシアに向かったのは11月下旬の頃だった。
その後、ロシア大使館で働く日本人スタッフから、「打ち上げ中止」の連絡があったのは、ハバロフスク市に花火が到着する2、3日前だった。
「突然で申し訳ありません。たぶんニュースで御存じだと思いますが」
平成30年11月中旬に安倍首相が、北方領土問題と合わせて、平和条約の締結についても日ロ間で交渉することを発表したのだ。
ロシアの世論調査では、国民の 6 割以上が領土の返還に反対していた。〈慰霊のための花火打ち上げ〉を知った国家主義団体の、ハバロフスク市内の街宣や打ち上げの妨害を、ロシア政府が危惧したらしい。
今回は時期をずらしてほしいという。邦彦は困惑した。花火は湿気に弱く、長期間の保管は容易ではなかった。出来れば、ロシアの花火業者に三尺玉を買い取ってもらうことも考えたが、不測の事態が起こった時に賠償問題になってしまう。
花火を現地で処理する時間もお金も人手もなかった。打ち上げの機材と一緒に、日本に戻すしか方法がなかった。
〔関連資料等〕
〔シベリア収容所を舞台にした映画〕
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