あえての「親不幸介護」のススメ
前回親の介護をきっかけに、夫婦不和や離婚に至る場合があること、そして、夫婦で親の介護に向き合うために
子どもは必ずしも直接介護する必要義務はない
施設に入れることはかわいそうなことではない
を理解することが大切であることをご紹介しました。
『親不孝介護~距離を取るからうまくいく』の共著があり、企業で働く人たちの介護相談に応じているNPO法人となりのかいごの川内潤代表理事は、以下のように述べています。
とはいえ、親を施設に預けたり、親と距離をとって接することに、親を見捨てるようでつらいとか、申し訳ないといった罪悪感を強く感じる人がいます。
そのような罪悪感から、親の介護に奉仕したり、親の要求に応じるままになってしまい、振り回されたり、大きな心の負担を感じている方が少なからずいます。
親を施設に預けたり、プロに介護をゆだねたりすることに、罪悪感を必要維持用に感じる人は、親と良好な関係を築けてきた人だと思うかもしれません。
実は、違うのです。
むしろ、親の過干渉や過保護だったり、いわゆる毒親に育てられた場合なのです。
精神科医の岡田尊司先生が著書の『母という病』には、以下のように説明されています。
不安定な愛着というのは、例えば親の期待に答えた時は親が喜んで色々言葉をかけてくれるだけど、親の期待に答えなかった時は、親がすごくがっかりしたり、あるいは親が不機嫌になったり、落ち込んだりとするような場合です。
毒親のパターンとしてあるケースとなります。
ここで言う愛されなかったっていうのは、虐待とか育児放棄ということだけではありません。
例えば過保護、過干渉な親 っていうのは本人としてはも子供をすごく愛してると思ってることが多いですし、そして子供の方も自分のことをすごく愛し
てもらったと思ってることが多いです。
でも本来の健全な愛というのは期待通りにならない子供をそのままありのまま受容するということです。
そういう意味で愛されなかった子供は、親の期待に答えない時の自分も受容してもらえたと、そんな意味で愛されるということを経験できなかったこともほど未練が強く出てしまうということです。
このような未練が罪悪感という形 になって自分を責めてくるということなのです。
僕と妻の例
僕自身、両親は共に数年前、介護施設で亡くなりました。
僕や僕の兄弟はありがたいことに、親から無条件の愛情を受けて育ちました。
両親は、自分たちの老後の面倒は自分たちで見ると話していましたが、実際は身体が弱り、認知症が進んで、とても自分たちでやり繰りすることはできなくなりました。
そんなときも、親の要求に振り回されることなく、適度な距離感を持ちながら、対応できたと感じます。
一方で、現在、妻の母親を老人ホームに入居してもらっています。義母はこのnoteでも何回か紹介しましたが、典型的な毒親で、妻は母親のことが憎くてしょうがないと強く感じています。
ただ、一方で、母親をほっておけない、つらい思いをさせたくないと感じており、僕としては、「なんでそこまでやるの」という位、施設に通ったり、電話をしたりしています。
親との愛着の未練から、罪悪感を感じているのだろうと思うのです。
僕のように親との愛着に違いがある夫婦の場合、親との距離感の置き方に違いが生じる可能性があります。
介護に限らずことを知っておいてください。
LINE公式やっています❗
毎週、夫婦関係に役立つ"行動習慣"や"名言"をお届けしています。
今登録すると、「特別動画セミナー」をプレゼントします🎁
▼▼▼▼画像をクリック▼▼▼▼
noteでは、夫婦関係の悩みを軽くして、関係改善につなが心理学の話しを平日の月・水・金にお届けしています✉️
確実にチェックしたいという方は、ぜひフォローお願いします🙏
また「スキ❤️」ボタンを押して頂けると、書き続ける励みになります🌈
#家族#生き方#結婚生活#離婚#夫婦関係#夫婦生活#夫婦関係改善#夫婦喧嘩#夫婦関係の悩み#夫婦カウンセリング#パートナーシップ#心理学#モラハラ#心理カウンセリング#これからの家族のかたち#夫婦
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?