【 最終回 】 窓際から今日も #08 | 走馬灯のつづき | 阿部朋未
ゆっくりと目が覚める。覚悟していたよりも身体は重たくない。
大きな窓の外ではしとしと雨が降っていて、久々にどんよりとした空を見た気がした。
長らくお世話になった宿をチェックアウトし、近くにある宅急便の営業所から自宅に向けて運びきれない荷物を送る。外へ出るとなんだか右手に違和感を感じて、よく見ると着けていたはずの真鍮の指輪がなくなっていた。朝に着けるの忘れたっけ、と一瞬思ったけれど中指にはうっすらと指輪が着いていた跡が残っている。思えば2年前、地元のカフェで行われたワークショップにて自分で作ったもので、言わば自らの魔力で作り出したお守りのように大切に欠かさず着けていた。物がなくなるというのは、悪いことから身代わりになって守ってくれたり何かしらの役目を果たしたことを意味していると思っている。このタイミングでなくなったのは、つまりはそういうことなんだとすぐに腑に落ちた。
今も生きているけれど、走馬灯の中に立っているような10日間だった。
PARK GALLERY の空間に並んだ写真を撮ったのも文章を書いたのも紛れもなく私だ。しかし、作品の前に立っている私と作品の間には明らかな隔たりというか距離があるのは明白で、作品を俯瞰的に、遠い目をしながら眺めている私がそこにいる。輪郭のない内省的な記憶が人の目に触れる形になったことで過去は額装されて、私だけのものではなくなった。作品にせずこのまま死ぬまで自分の中に閉じ込める選択肢だってあったはずだけども、形にすることを選んだのは人生を次のフェーズへ進める為には必然的な選択だったのかもしれない。そこには「自分の生み出すもので誰かを感動させたい」や「人の心を動かしたい」だとか、ある種の作為的な気持ちなどは全くなく、逆にそこまで自分の人生をブランディングであったりコンテンツ化するのは絶対に嫌で避けたかった。自分に限らず誰の生活や人生は決してそう容易く消費される為に存在している訳ではない。ただそこに存在していたのは「重たい荷物を置く代わりに、なんて思われてもいいから誰かに届いてほしい」というその一心だった。身勝手すぎるのは重々承知の上で。
有難いことに個展には沢山の人が来てくださって、真剣に見入っている方もいれば、言葉にならなかったり、涙を流しながら感想を伝えてくださった方もいた。作品が人に、人の心に届く瞬間を目の当たりにして、「なんて貴重な経験をさせてもらえているんだろう」と思った。"震災" という内容なだけに鑑賞にあたってはエネルギーをより多く消費してしまうはずだ。それでも目を逸らすことなく真っ直ぐに鑑賞してくださった皆さんには感謝してもしきれない。小さな空間の中で大きなエネルギーのやり取りが行われていた。
ギャラリーの加藤さんも SNS で述べていたが重いテーマの展示であるにも関わらず、会場には毎日笑い声が響いていた。まるで当時の「不謹慎」という言葉を吹き飛ばすように。けれど、それはその場で初めて生まれた笑い声ではなく、今日に至るまでの数えきれない苦しみや涙の上に成り立っているもので、それまでの日々を思うとまた別の涙が出そうになる。長かったけれどようやくここまで来れたよね、と心の中で泣きながら笑っていた。ここまで来るのに12年の月日が流れた。
会期中、お客さんが誰もいない時にはギャラリーの外に置かれたアウトドアチェアに腰掛けて、何も考えずぼんやりと外の景色を眺めていた。穏やかな天気と気候、風に乗って運ばれてくる名前のわからない花の甘い匂い。隣の公園からは遊び回る子供達の楽しげな声と忙しない街の喧騒の合間にギャラリーの中から聴こえる大好きな音楽。遠いあの日からずっとずっと、こんな日々の中に居ることを待ち望んでいた。震災のことを考えることも思い出すこともない、心の中に凪が訪れることを。12年かけてようやく訪れた平穏さに思わず泣きたくなった。願わくばこの幸せな時間の中にこのまま溶けてなくなりたいとさえ本気で思ってしまった。
目の前を行き交う人はみな異なった格好をしていて、普段の生活や歩んできた人生を少し想像してみる。時期柄、制服の胸ポケットに小さな花とリボンのコサージュを着けている学生もいた。もしも私があの学生みたいに東京で生まれ育っていたら。大学にも行って就職もしていたら、そもそも震災で被災しなかったら、今に至るまでどんな人生を歩んでいただろうか。ここまで生きてきた以上、どれだけ考えても仕方のないことだとわかっている。けれども、ただ一つ明確に言えるのは今この瞬間ギャラリーに展示している作品は私が作ったもので、私が見てきたもの・体験してきたものであるということ。寄り道は沢山してきたけれど脇道に逸れることはなかったはずで、自分の人生を生きてきたからこそ、これらの作品を作り上げることができたと今でははっきりと言える。学校を卒業したばかりの頃は暗い部屋の中でひたすらに思い出を振り返って俯いていたけれど、いつしか俯かなくなり、気づけば振り返ることすらなくなった。
私のことを当時から見守っていてくれた人。ここ最近知り合った人。初めましての人。偶然ギャラリーに立ち寄った方に「もしかしてもう二度と会わないかもしれないですが、僕は阿部さんのこれからの幸せを祈ってます」と穏やかな笑みで言われて、「私もあなたの健やかな日々を願ってます」と返した。人との繋がりは周回する星の軌道のようで、この10日間でいろんな星の軌道が重なって並んだ。ずっと並び続けているものもあれば、一瞬だけ重なってすぐに離れていってしまうものもある。永遠に並び続けることはないのかもしれない。それでも、ささやかだけども純真な願いがそこにはあり、それは今この目の前にあるもの・過ぎていってしまったものへの祈りでもあった。個展最終日には地元のお酒やおつまみが振舞われていて、閉場時間を過ぎても賑やかな宴は続いていた。偶然居合わせたお客さん、常連客の人、ギャラリーのスタッフ、きっともう二度と同じ顔ぶれは揃わないだろう。「お疲れ様でした」の温かい拍手で労われて、ほろ酔い気分で集合写真を撮った。
漫画だったらここできれいに最終話を迎えるだろうけれど、人生はまだ続く。個展が終わった次の日からも日常は変わらず続いていて、なんら変哲のない日々を生きている。特別なことなど何もない。平均的な地方のアラサーよろしく、それなりに悩みを抱えながらなんとかしようと相変わらずもがいている。それでも、大切な友達や大好きな人達とこれから先も笑い合えることが、一緒に未来の話ができることがとてつもなく嬉しい。まだまだ大変なことばかりだけども、少なからず願っていた未来の中に立っている。新幹線が東京駅からゆっくりと動き出すのと同時にイヤホンから流れ出したくるりの『愛の太陽』が、一連の物語を締めくくるエンドロールのようでいて同時に新たな日々の始まりを告げているよう。友達が贈ってくれた優しいオレンジの花束を抱きかかえながら、目まぐるしく回る世界のモブキャラクターのひとりとして再び日常に還った。
そうしてまた今年も春がやって来た。
阿部朋未
先日開催されていた、阿部朋未・個展『ゆるやかな走馬灯』の図録は
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