アニメ『無職転生』と身体の移行
面白かったです。1年前のアニメですね。
何よりも、異世界転生する(前の)主人公が気持ち悪いのが良いです。
かなりキモイ。
35歳引きこもり太ってメガネで不潔な男。
AmazonPrimeのレビューでも、「気持ち悪い」として、★1つの評価が多いです。
ではなぜ、「キモイ」からこそ★5つを付けたいのでしょうか?
1.「嫌なんだよ⋯この体の感覚が」
正直、私も10話目くらいまでは「気持ち悪いなあ⋯映さないでほしいなあ⋯。転生後の綺麗な少年の姿だけ映せばいいのに。」
と思っていました。
しかし気づきました、これは「身体性」を描いた漫画ではないか?
第10話『人の命と初仕事』12:08に「嫌なんだよ⋯この体の感覚が」というセリフがあります。ハッとしました。
たしかに転生前の主人公は気持ちが悪いのですが、体の気持ちの悪さって、私(視聴者)も持っているモノでした。
そう、身体の「気持ちの悪さ」を描くために、あえて気持ちの悪い転生前の姿を映しているのではないかと。
ここにきて、「身体を受け入れる」という問題にもつながってくるのだろうと予測されました。身体受容ですね。
2.転生前とのシンクロ
最初の数話では、夢の中で「ヒトガミ様」からメッセージを与えられるシーンで(だけ)、主人公の転生前の姿が表れます。これが気持ち悪い。異物感がすごいです。
それがだんだん、「転生前の記憶」の登場シーンが多くなります。
転機は15話前後で、「ディアスポラ」の事実が分かったときでしょうか。このとき、『進撃の巨人』で「マーレとエルディア」の話が出てきたとき(ほどではないですが)のような、「箱庭で遊んでいただけだったのか感」を味わうことができます。これ以降、「社会」や「家族」に明確に主題が移ることとなります。
16話目『親子げんか』に至って「家族」の物語が描かれるのですが、転生前とシンクロしています。
そう、「なろう系」とか異世界転生モノって、「転生後で気持ちよくなろう」というものかと思っていました。が、このアニメはあくまでも「転生前(の成長、なり変化)」もきちんと描いた物語なのです。
ラスト数話では、転生前と転生後で、どちらが夢か現実か、錯乱させるようなシーンが多くみられます。そして最後は、(ネタバレですが、)転生前と転生後とで、勇気をもって踏み出すシーンで終わります。
どこからどこまでが夢で現実だったのでしょう。
また、誰の記憶だったのでしょう。最終話でゼニス(転生後のお母さん)の視点で描かれるシーンがあったのですが、あれはどういうことだったのでしょうか。(実はゼニスの物語だったのでしょうか??)なかなか考えさせられるドラマでした。
3.トランスの身体性
このアニメを取り上げたのは、もちろん、「トランスの身体性」について考えたからです。とくに、「移行」前後の身体イメージについてですね。
『無職転生』の主人公は、最終的に自分の身体を受け入れ、引きこもりから一歩踏み出すことになります。
この点、トランス(いわゆるトランスセクシャル)は自分の身体を受け入れることができないものであり、この主人公のように身体受容をすることはできません。近代医学の力を借りて、身体を変えることによって、前に進むことができるわけです。
ただ、移行前のイメージは、写真や人々や自分自身の記憶によって保持されていきます。ふとした瞬間にそうしたイメージを思い出してしまい、暗くなることがあります。
そうした「移行前のイメージ」とどう付き合っていくのか、という点で、この『無職転生』から何かヒントを得ることができるのではないかと思いました。
トランス(セクシャル)にとって、性別移行は、一種の「異世界転生モノ」でもあるわけです。
【補足①】
原作は「異世界転生モノ」の元祖、と言われているようですが、
アニメを見る限り、いわゆる「異世界転生モノ」とは次元が異なるものです。
典型的な「異世界転生モノ」は、アダルトビデオか麻薬みたいなものです。冴えない主人公が1話目で異世界に転生し、努力なしに「神レベル」の力を手にして、周りの人からちやほやされて、視聴者がそれを追体験する、というものです。これで「気持ちいい~」と思ってしまうわけですね。たとえば、『転生したらスライムだった件』が分かりやすいと思います。主人公の失敗やつまづきも含まれるものがあるのですが、簡単に乗り越えられてしまい、スパイス程度なものです。
【補足②】
ついでに、「魔術」とは何か(第一話)、「呪い」とは何か(最後の方)といった、宗教学的な題材にもなりそうなものがあります。
「ヒトガミ」のなんだか人間的な感じは、案外、ヘブライズムの神に近いかもしれません。(人間的な感じが「近い」というだけで、もちろん同じというわけではありません。ヘブライ語聖書やクルアーンを冒涜する意図ではございません。ギリシア哲学や哲学で言われる「神」がまったく人間的ではない抽象的な存在であることを念頭に、言ったものです。)
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