私たちがまだ使っていない「選択肢に気づく映画」
お洒落が好きな女子大生の日常と緊張感あふれるシーンを対比する。1990年代のアルジェリアを描いた映画「パピチャ」は、冒頭の数分で見る人を引きずり込む。2人の女子大生が夜、寮を抜け出して遊びに行く。タクシーの中でパーティーに合うドレスに着替え、化粧をする。
世界中のどの国でも起きていそうな、ごく当たり前の若い女の子の日常は、検問のシーンで一転、非日常になる。車内の2人はベールを被り、色鮮やかな服と化粧した顔を隠す。銃をかついだ男性に夜間外出の理由を問われると嘘でかわす。
私はジェンダーについて執筆・講演・助言業務をしているため、女性への抑圧や性差別を描いた映画を仕事半分、趣味半分でよく見る。描かれる時代は100年前のこともあれば数十年前のことも、現代のこともある。舞台も様々でアメリカ、フランス、イギリス、サウジアラビア、中国、韓国、そして日本の映画もある。
いくつかの「フェミニズム映画」と共通する本作の魅力は主人公ネジュマの人物像だ。彼女は強い。悔しさに泣くこともあるが、自分を見失わず、大きな何かにすがって助けてもらおうとはしない。何より、不当なものに接して怒りを隠さないところが、私はとても好きだと思った。
女性は全身を黒い布で覆うべき――勝手なルールを宗教の名のもとに押し付けるポスターが大学キャンパスに貼ってあるのを見ると、ネジュマはすぐにそれを破り捨てる。買い物に行った先で「女は家にいろ」と言われ、大学キャンパス内で性暴力に遭いかけ、バスに乗っていると「ヒジャブを被れ」と布を渡される。その全てに彼女はキッパリと「ノー」を言う。
強さに加えて共感を覚えるのは、ネジュマの知性だ。彼女は知っている。悪いのは宗教ではなく、宗教を理由に他人の人権侵害をためらわない人たちの無知だ、ということを。
「無知な人たちが信仰を理由にして暴走してる」
この言葉には、ネジュマが恐怖に負けず、周囲の出来事を正確に把握していることが表れている。
ネジュマとちょうど同じ頃、私も大学生だった。90年代後半に就職活動をしていた時、ある企業で「女性は事務職です」と言われた。「男性は営業か企画です」と話す人事担当者に尋ねた。「もし、女性が営業や企画を希望したら、どうですか?」と。その担当者は「女性は事務職です」と繰り返した。別の企業では私服のスーツを着た男性社員と制服を着た女性社員が登場した。女性は補助的な仕事をするのだ。
こうした企業の入社試験でペーパーテストを受けながら、吐き気が込み上げてきたのを覚えている。能力や意欲ではなく、「女はこの仕事」と決めつける人々の愚かさ。それを笑顔で受け入れる女性たちにも疑問を感じた。何より、不公平な状況を正面から指摘できない自分の弱い立場が悔しかった。
四半世紀近く前だが、当時を思い出すとよみがえる憤りを、この映画を見てあらためて思い出した。けれども私は、ネジュマのように暴力を身近に感じることはなかったし、他の選択肢があった。出版社で記者として採用され、男性と同じ仕事内容・同じ賃金をもらえたからだ。「女性は事務職です」の企業に断りの連絡を入れた場所を、今も覚えている。
当時、アルジェリアの女子学生達に、別の選択肢はなかったから、暗黒の10年と言われる絶望的な状況で、多くの若者が母国を離れたのは合理的な選択と言える。何とかして北米大陸や旧宗主国のフランスに渡ろうとする若者達の気持ちはよく理解できた。私も同じ立場なら、おそらくそうする。
一方で、映画に登場する女子大生たちは逃げなかったし、逃げる先がなかった。彼女たちが頼りにしたのは、女性同士の連帯である。大学の同じ寮に住む者同士、追いつめられた時は助け合う。
印象的なのは、ネジュマの母だ。独立戦争時代、フランス兵に見つからないよう、ヒジャブの中に銃を隠し持った彼女は、30~40年後、宗教原理主義者から娘世代を守るため自宅を提供する。
女性VS男性という単純な図式で物事を捉えないのもこの映画の魅力だ。黒ずくめの女性達が大学の授業を妨害し、ネジュマ達の課外活動の成果を破壊する。「信仰を理由に暴走する」のは男性だけではない。
史実を踏まえて描かれるこの物語は、決して甘くはない。けれども、見終わった時に考えるはずだ。私たちには、他に選択肢がたくさんあることに。90年代アルジェリアの女子学生たちが持っていなかった選択肢を、今、日本に住む私たちは持っていながら、それに気づいておらず、使おうとしてこなかった、ということに。日本にも残る女性に対する抑圧に、勇気をもって正面からノーを言う必要と可能性を感じるだろう。
【著者】治部れんげ(ジャーナリスト) ジャーナリスト。ジェンダー等について執筆、講演、助言。政府主催の国際女性会議WAW!アドバイザー、豊島区男女共同参画推進会議会長。財団法人ジョイセフ理事、一般財団法人女性労働協会評議員。Fulbrighter(2006-07)。
映画『パピチャ 未来へのランウェイ』【10/30(金)全国ロードショー】
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