映画感想 ヤン・シュヴァンクマイエル『ファウスト』の世界に迷い込む
チェコの映像作家、ヤン・シュヴァンクマイエルの長編第2作『ファウスト』(1996)を観た。
ドイツのファウスト伝説を、ストップモーションアニメを用いて現代を舞台に翻案した映画だ。
都市風景や人間の生活に、人形や粘土が動き紛れ込む奇妙さが、不気味で惹きこまれる。
ストップモーションアニメの、現実を侵食するようなありえない不気味さが好きで、不思議の国の『アリス』(1988)よりは、こちらのプラハの街の『ファウスト』のほうが好みだった。
ただ、自分はあまり人形の呪術性みたいなものには惹かれないのだろうな。同監督の作品だと短編がいちばん好き。
これは好みとか感受性の問題だけれど……。『オオカミの家』は圧倒されたけど、『骨』はいまいち刺さらなかったり。
ファウスト博士は錬金術師であり、伝説の内容は、悪魔と契約して自らの魂と引き換えに途轍もなく厖大な知識を手に入れる……というものなのだが、本作の彼にはシュヴァンクマイエルの自己が投影されていると感じる。
監督自身もまた、人形やモノに生命を与えて世界を創り変えようとする錬金術師であり、そうしたモノとの関係性が彼を超現実的な世界へと誘い込む。
そうしたシュルレアリスムの文脈に加えて、チェコの人形劇の伝統を知っているとシュヴァンクマイエルの作品をより理解できると思う。
チェコはたびたび周辺の国家からの支配や占領を受けてきた歴史を持っているが、16世紀から第一次世界大戦前にかけてはハプスブルク家の支配のもとで言語や文化のゲルマン化が進んだ。
こうしたなかで、大衆のためにチェコ語で公演され続けた人形劇は、徐々にチェコの文化において重要なものとなっていく。人形劇と聞くと子供っぽいイメージがあるかもしれないが、チェコの人形劇は劇場でオペラを上演する、伝統的な文化遺産となっている。(日本で言う人形浄瑠璃に近いのかもしれない)
おそらくシュヴァンクマイエル監督も人形劇を観て人形に強く惹かれながら育ったのだと思う。
こうした歴史的背景からチェコでは人形を動かすストップモーションアニメの分野で先駆的なポジションに立つようになる。
映画市場の国際化と自由化が進んだ今では、非商業的な人形アニメの製作はあまり盛んではないのだが、ファンからの支持は根強く、シュヴァンクマイエルは高い評価を受けている。
最近はアリ・アスターとか人気だし、チェコのアニメもこれから来るかもしれないな。こういうのが映画館で観れたら嬉しいと思う。
シネフィルWOWOWプラスの公式Youtubeで無料公開(現在終了)ということで取り急ぎ観たが、Amazonプライムでも無料で視聴できるようなので、興味が湧けばぜひ。
1994年の監督インタビューの内容が、noteで特別公開されているので、こちらも一緒にどうぞ。
https://note.com/cinefilwowowplus/n/n9eb62a05577f
それでは本日はこの辺りで。きょうはたくさん歩いて疲れました。おやすみなさい。