【長編小説】リトライ;リバース;リサイクル #29
【語り部:五味空気】
「雪の降る夜のことでした。あの日は、家族そろって夕飯の支度をしていたんです」
少女は語る。
五年前の陰惨な記憶を。
「特段変わったことなんてない、いつも通りの夜でした。けれど、なにかの気配を察知したのか、両親は慌てて私を抱えると、クローゼットに押し込んだんです。当然抗議しましたが、二人そろって、今までに見たこともない逼迫した表情で、『なにが起きても、「良い」と言うまで出てくるな』と言って、扉を閉めました。両親から仕事の話を詳しく聞かされていなかった当時の私でさえ、直感的に敵が来たのだと思いました」
眉間に皺を寄せながら、少女は続ける。
ごくり、と生唾を飲む音さえ聞こえてきそうだ。
「次の瞬間、悍ましい爆音と衝撃に襲われました。きっと、爆発物を投げ込まれたんでしょう。私は目を閉じて、耳を塞いで、息を殺して、気配を消していました。それでも拳銃の発砲音や薬莢の落ちる音、血肉が飛び散る音は……いくら耳を強く塞いでも伝わってきました」
少女は俯いたまま、他人事のように淡々と続ける。そんなふりをする。
そのさまは、ひどく痛々しく映った。
「それからどのくらい経った頃か、急に外が静かになりました。両親が敵を倒したからだと思いましたが、いくら待っても両親から『良い』の一言はありませんでした」
その代わり、私は聞いたんです。
そう言って少女は顔を上げ、俺のほうを見た。
その瞳は迷いと躊躇いを多分に含ませ、自信なさげに右往左往する。
「私が聞いたのは、男の笑い声でした」
あまりに凄惨な、笑い声。
愉しげで悲しげで、狂気と狂喜で満たされた笑い声。
「それともうひとつ――『どこにもないじゃんか』という言葉です」
「それは……犯人がなにかを探していたってこと?」
「探していたのは『死神』の大鎌に違いありません。他に、人を殺してまで探すようなものなんて、ウチにはありませんから。……大鎌が目的だったのか、『死神』を殺しせしめた証拠品として探していたのかまでは、定かではありませんが」
そうつけ足して、少女は言葉を切った。喋り疲れたのかと思ったが、どうやら次の駅を告げる車内アナウンスが終わるのを待っていたらしい。乗客は俺達だけだというのに、律儀なものだ。アナウンスが終わり電車が減速を始めると、少女は再び口を開いた。
「貴方と会った日の夜は、本当にぞっとしました。入り組んだ路地裏から銃声が聞こえたかと思ったら、同じ笑い声が聞こえたんですから。それなのに……」
急いで音のしたほうへ来てみれば、犯人は犯人でも業務妨害の犯人で。
捕まえてはみたものの、記憶喪失で詳細を訊くことはできなくなってしまった。そういうことか。
「……でも、君はあのとき、その気になれば俺を殺れてたよね?」
記憶を失う前の俺がやったことで、今の俺が殺されるというのは理不尽な話だが、復讐とはそういうものである。
被害者も加害者も、両方救われないし報われない。
どちらも被害者で、どちらも加害者なのだ。
復讐によって得られるのは、人を殺した感触だけ。
「犯人を殺すのと、犯人かもしれない人を殺すのでは、全然違います。殺すのなら断然、前者でしょう?」
「でしょうって……」
自信たっぷりに同意を求められたが、なかなかに難しい問題だった。俺だったら、そいつが復讐相手かそうでないかなんて、殺してから調べるだろう。間違っていても、それはそれ。殺せるときに殺しておかなきゃもったいない。