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精密検査で串刺し人間にされる私

脳の構造と機能については、まだその多くが解明されていないそうです。
研究は進展と停滞を繰り返しつつ、複雑すぎるがゆえ完全に解明することは永遠に不可能だと主張する人もいます。

自分の脳に腫瘍が発覚したのをきっかけに、脳科学の本をあれこれ読むようになりました。
昨今の脳科学における1年は人間の10年分の進歩だと言われるほど、
これまでは分からなかったことが今も解明され続けています。
ニューロン、シナプス、大脳皮質、海馬、視床……。
馴染のなかった言葉が、今ではとても身近に感じます。

以前のnoteでも紹介したように、脳の果たしている役割の多さと難しさには驚かされるばかりです。

検査が怖くて脱走を試みる


初めに緊急入院した都内の総合病院では、入院2週目にICUから一般病棟に移されました。
「脳動脈瘤なのか血管腫なのか、検査をしてみないと分かりませんが、動脈瘤ならいつ破裂してもおかしくないです。しかし下手にメスを入れられない場所なので外科的な措置は避けた方がいいでしょう。このサイズならまだ他の組織に吸収されて消滅するかもしれない」
それが担当医の見解でした。
4人部屋のベッドには私と、精神科の患者が2名、整形外科の患者が1名。
誰とも話しませんでした。話したくありませんでした。

「これから数日間精密検査を受けて頂きますが、一番受けて欲しいのはカテーテル検査です。動脈瘤でないことを確かめます」
その後、数か月間にわたって大逃亡劇を繰り広げることとなったこのカテーテル検査。
初めて聞いたときは、グリム童話の登場人物を彷彿とさせるポップな名前に
「はい」
と素直に答えることが出来ました。
しかし、検査の詳しい内容を聞き心境は一変。
「ゼッタイに嫌です!」
と捨て台詞を吐き、ベッドの中に潜り込みました。(反抗期の中学生)

その内容は……、
『長い、ボールペンの芯ほどの太さの管を足の付け根から動脈に刺し入れ、
胴体を通って脳にまで到達させ、直接脳腫瘍の写真を撮る』
というもの。

――串刺しにされる!!

人間、よくこんな恐ろしいことを思いつくもんだなぁ。というか、いくらなんでもアナログ過ぎない?助けてよ、脳科学。
私のあまりの嫌がりように医師も苦笑い。
「そんなに嫌ならそれがストレスになっても危ないので、MRIの種類を増やすだけにしましょうか」
と言われ、余計にもやっとしました。
え、私の一存で受けないという選択をしてもいいわけ?そんなノリで大丈夫なん?

海綿状血管腫


そもそも海綿状血管腫とは何で、原因は何なのか。
それは、未だ医学界でははっきりと解明されていないそうです。比較的若年層にも発症しやすい疾患だそうですが、そのほとんどが脳の表層部分にでき、2時間ほどの摘出手術で済むのだそう。
しかも腫瘍のサイズによっては、存在に気付かずに寿命を迎える人も多いそうです。

しかし私の場合は脳の中心部分。右脳の脳幹・視床下部での発症でした。
脳の中でも特に未知なる繊細な箇所で、感情や感覚、記憶や情報の伝達処理を行うとされていて、
とにかくいじったら何が起こるか分からない部分だと言われました。

当初はまだ、直径1㎝ほどの腫瘍だったんです。左半身がピリピリと痺れる程度で、皮膚感覚もあり、普通に動かすことも出来ていました。
「この程度の症状で治まっているなら、2月に一度のた定期健診を条件に退院しましょうか」
いくつかの種類のMRI・CTを撮っただけで、特に治療は受けないまま退院しました。

よし、ここから心機一転してまた頑張ろう。人生初の入院で話のネタが増えた。
そう思っていました。

5か月後に体が動かなくなる


レストランにも復帰し、また元の日常に。
「退院と言っても完治したわけではありません。絶対に無理はしないでください」

無理をした覚えはありません。
その年の冬のある日、中目黒川沿いを歩いていると急に左足が動かなくなったんです。
どうにか家までたどり着くべく、レッカー車のように右足で左半身を持ち上げて一歩一歩進みました。
すぐに病院の緊急外来へ行きMRIを受けると、血管腫はピンポン玉サイズにまで肥大化し、運動神経を司っている前頭葉の部分をも圧迫している状態に。
「このままだと左半身が動かなくなって、最悪の場合呼吸が止まる」
そう言われました。

そのとき医師の胸ポケットに刺さっていたペンを、思いっきりMRI写真に投げつけたくなりました。
(⚠️この下に、脳のMRI3D画像があります。
不安な方は無理をせず、画面をスクロールしないでください)





緑の部分が血管腫



『もし、もっと早く何かしらの措置を講じてくれていたら』
『もし、他の病院に行っていたら』
『もし、東京になんて来なければ』
『もし、俳優になるなんて無謀な夢を抱かなければ』

いくつもの『もし』が浮かんで、悔しくてやるせなかったです。
自分の過去の選択が全て間違っていたんじゃないかとまで錯覚しました。
どこにも怒りの矛先を向けられず、その間も頭の中で2匹の鯉が泳ぎ回っているような頭痛に見舞われ、一体これはなんの罰なのかと思いました。

「子どもか!」と叱られる


そんな状況になっても、頑なにカテーテル検査を拒否していた私にさすがの母も激怒。
「治療のための検査やで!?命とどっちが大切なん!小さい子どもでも受けてるねんから!」
担当医にも呼ばれ、1時間ほど熱心に説得されました。
「やるかやらないかは最終的にご自身で決めて頂きますが、まだお若いので。もしこれがご高齢の方ならもういいですよ、ともなるのですが……ね」

相変わらずはちゃめちゃな理屈だなぁと思いつつ、
「カテーテル、受けます」
と言った私のそのときの顔とイントネーションは
『スタップ細胞は、あります』
と言ったあの研究員と完全一致していたそうです。

カテーテル検査は意識があるまま行います。検査中、脳を触ることで身体にどういう変化が起こるのか、口頭で答えなければなりません。
麻酔は管を刺し込む一点の局所麻酔のみ。検査が始まる30分前くらいに、意識を少しだけ朦朧とさせる筋肉注射を打ってもらいました。緊張がほぐれるとのことでした。
これが、全く効かなかった……。
意識はギンギン。

――そうか、生きたまま焼き鳥…焼き人間にされるのか。

検査中、とくに痛みはあまりありませんでした。
体内に異物が入り込む不快感と、オペ室の大層な雰囲気に対する恐怖心の方が大きかったです。
あと、術中の医師の声がヨガの先生みたいだった。
「はいー、深呼吸ー。撮りまーす、いーちにーのさーーーん」

一時間弱の検査中、もうお察しの通り『♪チキンライス』の音楽しか頭になかったです。

検査後。
筋肉注射は遅すぎる効力を発揮。呂律が回らなくなり、そのまま朝まで眠りこけました。
検査でこんな大騒ぎして、もし手術ってなったら耐えられんのか私。
天井をぼんやりと見つめながら、そう思ったのを覚えています。

歌の力

これからカテーテル受ける方、安心してください。お医者さんには『絶対』という言葉は使えないけど、大丈夫です。
この文章を読み返して頂くと、騒いでいるのは私だけ。
ほんと、大丈夫ですよ。検査をしてくれるのは外科医です。もしものときのために、麻酔科の先生も一緒にオペ室に入ってくれました。
医師にパンツ剥ぎ取られるけど、恐怖心が羞恥心に打ち勝つので大丈夫。


あと、怖くなったら脳内で音楽を再生してください。声に出して歌ってもいい。
筋肉注射なんかより、よっぽど効果ありました。少なくとも私は。





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