![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/163498775/rectangle_large_type_2_707069e5dc118ce8a895dca7def31cb3.jpg?width=1200)
能登半島地震(続き)
少し時間が経ってしまいましたが、続きを書きたいと思います。
珠洲市に到着してから、記憶で母屋を目指したのですが、駅も無くなってしまっており見つけられず、小学校が見えたのでそちらでNaviをセットしようと思い立ち寄ってみました。
小学校のグランドは仮設住宅、駐車場らしきところも仮設住宅とその方々の駐車場となっており、改めて震災を再認識するとになりました。
Naviを設定し、再度母屋探しを再開しました。
風景は変わってしまっているが、母屋らしき建物を発見し、近くに車を駐車して、見覚えのある玄関が目に入ってきました。
さて、どんな状況かと思い母屋の周りを見てみました。
最初に目に入ったのが地面のひび割れ、玄関に向かう道には無数のひび割れが走っていました。
玄関前はさらにひどく、地面が傾いています。
更に玄関はビニールシートで覆われてており、端部の壁にもクラックが入っていました。
正直、あまりの状況に言葉を失い、しばし茫然としてしまいました。
次に船小屋の確認に向かいました。
元旦のTVで津波が来ていた場所から近く、堤防の脇に立っているので半分諦めながら行ってみたのですが、意外にも外観はそのまま残っており、ホッとしました。
実は、船小屋が母屋以上に思い入れがあったの場所です。
子供のころは夏休みに船に乗って出かけたり、地引網をひいたりしましたし
大人になってからは祖父/祖母がここで暮らしていたので、船小屋に泊まることが多かったんです。
最後の思い出は、祖父/祖母の葬儀の際に従兄たち(20人弱います)で
夜通し話したことです。
一通り外観の写真も撮ったので、改めて母屋に戻り家の周囲がどんな状態か
動画と写真を撮りながら回ったところ、母屋の中から声が掛かり、何と従兄のお嫁さんが片付けに来ていました。
平日の何の約束もしていない日に偶然にも会うことが出来てビックリです。
お陰で家の中も見させてもらえました。
落ちた天井
崩れた土壁
クラックの入った壁
傾いた床
とても修復できる状況には見えませんでした。
(見てもらいたい気もするのですが、個人宅なので写真掲載は控えます)
お嫁さんからは、昨年の地震の修復が終わった矢先に元旦の地震で
こんな状態になってしまった。と酷く嘆いておられました。
2階にも上がらせていただきましたが、階段も危険な状態ですし、
窓も締まらないような状況です。
従兄自身は既に他界しており、従兄のお嫁さんが唯一珠洲に残っているとは聞いてはおりましたが、迷惑を掛けたくないので連絡なしできました。
繰り返しになりますが、ビックリそして偶然に感謝です。
もう一つの偶然は、この日はお祭りの日だったらしく、動くキリコを始めて
みることが出来ました。(展示館では見たことありましたが)
どうも、この2つの偶然は、祭り好きな従兄が呼び寄せたのではないかと思います。(数兄ありがとう!)
そうでもない限り、こんな偶然はあり得ません。
本当は、被災した写真、そんな中でも美しい珠洲の写真を掲載したいし、
まだまだ色々なことを書きたいのですが、今回の訪問でみなさんに
最も伝えたかったことは震災の悲惨さではありません。
そんな中でも前向きに生きようとしている人々の強さを感じたことです。
正直、珠洲の復興は簡単なことではありません。
それでも日はまた昇ります。(前話の写真)
キリコを担う大人も子供も元気です。(今回の写真)
必ず立ち直ります。
出来ることは少ないですが、忘れないいたいと強く心に思いました。
これが最後の珠洲訪問になる気がします。
頑張ろう能登そして珠洲!!