経験値がものを言わないことへの姿勢
一生にほんの数回しか経験することのないこと、というものが世の中には存在する。それを来月経験することになった。
両家顔合わせ。
息子が婚約し、結婚に向けて進み出しているなかでのプロセスの一つ。
顔合わせって何をするんだろう。食事しながら談笑するのかな?
自分の時はどうだったのかさっぱり覚えがないので奥様に聞いてみたら、改めて機会を設けたわけではなく、親同士が勝手にお互いの家を訪問してたで、ということだった。
そうだった。思いだした。
私が転勤で実家を遠く離れていたこともあり、うちの親が気を利かせて進めてくれていたのだ。
仕事や趣味の関係で初めての方とお会いするという場であれば、共通の話題があるし目的も明確なので時間の過ごし方はなんとなくわかるが、今回ばかりはまったくイメージができない。何を話題にしてどういう会話をしたらいいのか。特に、自分たちの時にはやっていなくて初体験なのでなおさらだ。
まだ時間があるのでいろいろ調べてみようとは思うが、ちゃんとする場合は会場や服装、式次第、手土産その他、なかなか堅苦しいもののようだ。どういう仕立てで行うかは息子たちに任せることになるが、彼らもあまり大げさにしたくない派なのでいい感じにまとめてくれるだろうと信じたいところだ。
両家顔合わせ、通常は自分の時が1回(何度も結婚する場合は除く)、自分の子供たちで1回ずつ。つまり2人の子供がいる私の場合は、一生のうちに経験できるのは最大で3回なのだがそのうちの1回は機会損失したので、今回含めて最大2回しか経験しないことになる。
一生のうちにほんの数回しか経験しないことはたくさんあって、再チャレンジできるものもあれば、失敗できないものもある。これも失敗できないものの一つだな、と思うと、妙に緊張してきてしまった。
経験を積めないものに対する対応は、関連する経験やスキルを総動員してことに当たる、ということに尽きる。そういう意味では、長い人生の間にできるだけたくさんのことにチャレンジして、失敗も含めてたくさんの経験をしていくことが、突発的な出来事に対応していく力を高めていくことにつながるんだな、と改めて感じる。
まあ、両家顔合わせって、公式な行事でも宗教的な儀式でもないので、あまり会話が弾まずに気まずい状態で終わったところで大きな問題になるわけではないよな、と思えば、そんなに形式張って考えなくてもいいんだろう。これから長いおつきあいになるので、いくらでもリカバリーできるタイミングはあるわけで。
初めての経験を楽しむ、そういう心持ちが良い結果をもたらすのかも。
そう、何ごとも「楽しむ」という姿勢で立ち向かうのが、人生をより良いものにしてく秘訣なのだろう。
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