カメラという生き物
すでにお気づきの方も多いかと思いますが、カメラはある意味生き物です。
複数台所有されている方なら、気が付くと思います。
キャラクターの違い、自分との関係性の違い、主張してくる感覚の違い。
それは一種の人格を持った存在です。
人が思いを込めて作った、その思いが反映されているのかもしれません。
開発にかける意気込み、時代背景、工夫した機能、それらが混然一体となったたたずまい。
防湿庫で出番を待つサラブレッドたちの鼻息が、今日も聞こえてきます。
…
こういっては何ですが、私はカメラに対するこだわりが強い。
写真を始めたきっかけも、カメラを買おうと思って物色しているうちにそうなったという、意味の分からない理由です。(笑)
いや、写真を始めてすらいないのかもしれない、実は。
でもカメラを始めたとはいえる、確実に。(笑)
…
カメラの魅力。
うっかり惹きつけられてしまう、そのキャラクター。
「うっかり」です。ほんとうに、うっかり。
気がついたら真剣にスペックや操作性の吟味をしている自分がいます。
気がついたら店頭で真剣にボタンやダイヤルをいじっている自分がいます。
カメラは生き物です。
スペック、デザイン、フォルム、操作性、機能性、フィーリング。
それらが混然一体となって醸し出すプレゼンス。
それはもやは「生き物」といっていい。
すべてのカメラマンは、生き物を飼っているのだ。
エサはいらないが、老いたり、朽ちたり、たまには入院もする。まれに死亡もする。(笑)
長い間無視したり、急に蜜月になったり、また放置したり。
そうやって関係性を築いてきたカメラは、知らないうちに心の中にひとつのスペースを占める。
その時すでに、カメラは写真を撮る道具ではなく、ある特別なポジションを得ている。
…
なんで今日こんなことを語りだしたのかというと、またしてもカメラ熱が疼きだしたから。(笑)
スペックを比較したり、他人の評価を読み漁ったり、作例写真を眺めたり、ヤフオクをチェックしたり。
最初にカメラを買う時にやっていたことと、全く変わりがない。
「あれ、またやってる」
自分でも不思議になりました。
またおんなじことをやってるなー、と。
一体これは何なんだと。
…
カメラ好きって、写真好きの下に見られる傾向がある。
カメラばっかいじってないで、写真撮れよと。
カメラよりどんな写真が撮れるかが大事だろうと。
カメラなんて写真を撮る道具じゃん? いい写真が撮れれば何だっていいじゃん?
つって。
それはもちろんそうですね。
ぐうの音も出ないほどに、そうですね。
しかし。
カメラは写真を撮るための道具であると同時に、写真を撮るための道具ではない。
あなたは奥さんに「きみは生活のための道具だ」なんて言えますか?
あなたは一体カメラとどういう関係を築いていますか?
いい写真が撮れればカメラなんてどうだっていいと、本当に思っていますか?
声を大にして言おう。
カメラは写真を撮る道具ではない。
頭オカシイと言われても、それは事実だからしょうがない。
あなたは異性を性欲のための道具だというか?
いうのだとすれば、君とはここでおさらばしよう。左様なら。
残った諸君。君たちは恋をしたことがあるか。胸を焦がすような恋だ。メシが食えなくなるようなヤツだ。
あるのならその気持ちを思い出してほしい。
そしてその気持ちを、そのままカメラとの関係にスライドしてみてほしい。
あれ?ぴったりと重なりますね。(笑)
カメラをただの道具とか言うなし。
高嶺(高値)に悶絶するのは、恋もカメラも一緒だ。
手の届かない場所にいるソレを、憧れのまなざしで見つめるその気持ちを君も知っているだろう。
あの質感、あの肌触りにうっとりするのも一緒。
初めて連れ出すあの高揚感も一緒。
もう一度自問してほしい。
はたしてカメラは道具だろうか。
…
懲りないのが恋であり、懲りないのがカメラである。
何度失敗しても、また同じ失敗を繰り返す。
何度浮気をしないと誓っても、またやってしまう。(笑)
永遠にサヨナラしたはずなのに、ふとした折に未練がよみがえる。
やっとの思いで手に入れたのに、思ったほど良くなかった。(笑)
出会いと別れを繰り返し、今日は別れた恋人たちも、生まれ変わってめぐりあうわけです。
そうか、カメラ熱が疼くのは自然の摂理だったのか。納得。(笑)
…
カメラは生き物。
生々しいまでに魅力的で、吐き気がするほど残酷。
沼に例えられるのも、むべなるかな。
今日はこの複雑な胸中を吐露できて晴れやかです。聞いてくれてありがとう。(笑)
なんだ、この衝動は自然の摂理か。じゃあしょうがないな。
心おきなく物色するとしよう。(笑)
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