僕らの老後
企業通貨…文字通り「企業が発行するお金」だ。
おなじみの「カードのポイント」も企業通貨の一種。もちろん企業通貨というくらいで国家の中央銀行の管理下にあるお金ではない。
でも、僕らは溜まったポイントで(日本で言えば)「円」と同じように買い物をすることができる(使える範囲は限られているとしても)。コンビニでは、オリジナル・ブランドの食品だけでなく「円」と同じように雑誌を買うこともできる。
各企業は、収益の社内留保に熱心で、しかもグローバルな多国籍企業ともなると、資金力は小さな発展途上国を上回る…もちろん金融的な信用力もある。こうした企業がいくつか組んで、本格的に「通貨の発行」に乗り出したらどうなるのか…
サミットな感じに先進国の政府が集まって話し合いをしても、彼らは国歌通貨のように、企業通貨の発行をコントロールすることに権利を持たない。
よくいって「みんなでお願いしにいこう」の立場になってしまうというわけだ。
(「なりすまし投資詐欺広告」の件は、その前触れのようにも思える)
たいへんそうだな と思う。
でも、多くの人が「ポイント」を貯めるのに熱心で、「ポイント」で買い物ができれば「得した」と思うなら、企業の思惑に順接だ。つまり、政府が経済をコントロールすることができない時代は、とっくに始まっているし、その原動力になっているのは「僕ら」ということになる。
通貨を発行できるくらいの収益を上げた企業が、福祉的な分野にどれほどのお金を使ってくれるか。もちろん、収益事業としての「福祉」なら大いにやってくれるだろうけれど、庶民にそうした事業の利用ができるかどうか。たぶん、そのあたりは「役所」におしつけてくることになるだろう。
ホントに「私立」のお金が主流になったらどうなるのだろう。
博打の胴元に口を出す権利を完全に失うんだ。
ただし、これから「ポイント使わない」を始めても、もう間に合わない。先程の述べたように、とっくに始まっちゃってる。
できることは、セルフで「老後など」の福祉をどう実現していくかを工夫し具体化しておくこと。貯金しておいてもインフレで吹っ飛ぶ可能性の方が高いから、それも「お金」に拠らず。
かなり難しいけど。
ただ、国民皆年金・皆保険前の時代の街場では「みんながそうしていた」ということでもある。うちのひいばあちゃんは、闇市で知り合った悲しい境遇の女性たちに「老後は木造アパート1棟とタバコ屋(当時はタバコも専売制で、タバコ屋を開くにも、その権利を持つ必要があった)」と説いていたらしい。
僕らがすっかり忘れてしまっているだけでね。
僕が生まれた頃は老後はセルフ・サービスだった。その状況が健康だとは露ほども思わないが、国民皆年金・皆保険がなかった時代、老後を「公」に丸投げだった僕らよりは、したたかで力強かったんだろうなと思う。
いずれにしても、日本円だけがお金じゃない時代がくる。
そうでなくとも、第二団塊の世代といわれる1970年代初期生まれの人が高齢に達する頃には、仮に「円」が健全でも、年金制度は、生活を支える力を失うという説も根強い。
そういう時代に、僕らは慣れていない。
時代に翻弄されないためのは、無防備にはいられないはずだ。
生死がかかっている。