低中所得国の医療システムの応答性:課題と可能性


はじめに:医療システムの応答性を考える

医療システムの質を評価する際、私たちは何を重視すべきでしょうか?

効率性?アクセスのしやすさ?それとも治療成績?

これらはどれも重要な指標ですが、今日はあまり語られることのない、しかし非常に重要な側面に焦点を当てたいと思います。それが「医療システムの応答性(Responsiveness)」です。

京都大学SPHショートコースで行われたスミット・ケイン教授による講義をもとに、低中所得国における医療システムの応答性について深く掘り下げていきます。この概念は、世界保健機関(WHO)が2000年頃に導入したもので、医療システムの主要目標の一つとされていますが、他の目標に比べて研究や政策への反映が遅れています。

応答性とは何か?それはシンプルに言えば、医療システムが人々の期待にどれだけ応えているかを表す概念です。しかし、その背後には複雑な要素が絡み合っています。本記事では、この概念を掘り下げ、低中所得国の文脈での課題と可能性について探っていきます。

医療システムの応答性とは何か

WHOによる定義と概念

WHOによれば、応答性とは「制度や制度間の関係が、個人の普遍的に正当な期待を認識し、適切に対応するように設計されたときに達成できる成果」と定義されています。この定義は一見複雑に思えますが、核心は「人々の正当な期待に応えること」です。

医療システムの主要目標には、以下の4つがあります:

  1. 健康状態の改善(レベルと公平性の両面)

  2. 医療システムの効率性と性能の向上

  3. 社会的・財政的リスク保護

  4. 応答性

これらの中で応答性は、最も研究が不足しており、政策や実践に明示的に取り入れられることが少ない目標です。しかし、低中所得国の経済と医療システムが進化するにつれ、その重要性が増しています。

応答性と関連概念:医療の質と患者満足度との違い

応答性を理解するためには、近接する概念との違いを明確にする必要があります。特に「医療の質」と「患者満足度」は、応答性と混同されやすい概念です。

医療の質は広範な概念で、以下のような側面を含みます:

  • 構造的品質:継続的なケア、費用、物理的な施設、サービスのアクセシビリティなど

  • プロセスの質:礼儀正しさ、情報共有、意思決定における患者の自律性、提供者の技術的・社会的・文化的能力など

  • サービスの質:コミュニケーション、案内表示、情報提供、スタッフと患者の相互作用など

ドン・オベディアンは1980年に、医療の質を技術的側面、対人的側面、アメニティに分類しました。特に対人的側面は、応答性の概念と重なる部分があります。

患者満足度は、認識されたニーズ、期待、経験が複雑に絡み合ったものです。これは非常に個人的なものであり、同じサービスでも人によって満足度が異なります。

応答性は以下の点で患者満足度や医療の質と異なります:

  1. 範囲:患者満足度は特定の医療現場での臨床的相互作用に焦点を当てるのに対し、応答性はシステム全体を評価します。

  2. 範囲:患者満足度は医療的・非医療的側面の両方をカバーするのに対し、応答性は健康を向上させない非医療的側面に焦点を当てます。

  3. 根拠:患者満足度は個人的なニーズ、期待、経験の複雑な組み合わせを表すのに対し、応答性は合意された規範に対する医療システムの評価を含みます。

要するに、応答性は個人の満足度ではなく、社会的に合意された基準に対するシステムの評価に関するものです。それは制度や制度的関係の設計と機能に関わり、医療システムとの相互作用における人々の経験を中心に据えています。

期待の概念:応答性の中心要素

応答性を理解する上で鍵となるのは「期待」の概念です。期待とは、特定の相互作用で何が起こるかについての個人の予測です。例えば、講義に参加する際、内容について明確な期待を持つ人もいれば、特に期待を持たない人もいます。

期待は、個々の提供者、サービス、システム全体のパフォーマンスを評価するための基準点として機能します。組織科学者のオリバーとウェイナーは、期待を以下のように区別しています:

  • 能動的期待:高いレベルの意識にあり、特定のサービスを利用するかどうかの決定に重要な役割を果たす期待。例えば、iPhoneストアで最新のiPhoneを入手できると期待したり、GPのクリニックで親切で知識豊富な医師に会えると期待したりすることです。

  • 受動的期待:一般的に真実の仮定に過ぎず、それが否定されない限り処理されない期待。例えば、GPのオフィスに行くとき、医師と二人きりで話すと期待していたのに、突然学生のグループがいるのを見つけると、プライバシーの期待が否定され、受動的期待が活性化します。

これらの期待は、医療システムの経験をどのように認識するかに影響し、医療システムの応答性の理解を形作ります。重要なのは、応答性が臨床的側面ではなく、ケアの非臨床的側面(医師が親切か、プライバシーが守られているかなど)に関するものだということです。

応答性の要素:何が応答性の高い医療システムを構成するか

WHOのフレームワーク:7つの要素

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