免疫が紡ぐ身体と心の新次元――IgA・PD-1・GABAが彩る多層的な生命対話

第一章:はじめに――免疫と微生物、神経が織りなす新たな学問領域

私たち人類は古来より、感染症や外来の病原体に対して「免疫システム」が主体的に対応してくれるおかげで、生存を維持してきた。病原体を特異的に認識し、それを排除したり制御したりする免疫のはたらきは、近代科学が確立するよりずっと前から経験的に理解され、時には呪術的・宗教的な文脈でも語られてきた。しかし21世紀に入った現在、その免疫システムのあり方がかつてないほど複雑な姿を見せ始めている。免疫は決して「外敵と闘うだけの軍隊」ではなく、身体内部に共生する膨大な微生物叢とも連携しながら、自分自身の代謝や神経活動、時には行動までも調整する多面的な役割を担っているのではないか――そんな仮説が、あちこちで提唱されるようになった。

この新たな学問領域は、伝統的な免疫学はもちろんのこと、微生物学、分子生物学、神経科学、内分泌学、栄養学、さらには精神医学や行動学まで巻き込む、学際的かつ横断的な視野を必要とする。近年、腸内細菌と脳機能の関連が「腸脳相関」や「マイクロバイオーム」といったキーワードで急速に注目を浴びるようになったが、その背後にはまだ十分に解明されていない「免疫と微生物との絶えざるやり取り」が控えている。マウスやヒトの実験で、腸内細菌の組成が変わるだけで行動や気分に変化が起きるケースが報告されたり、逆に免疫チェックポイント分子が欠損するだけで腸内環境が大きく乱れることが分かったりと、想定外の発見が相次いでいる。

こうした発見のいくつかを象徴的に示すのが、ここで取り上げる「IgA」や「PD-1」「GABA」などのキーワードだ。従来、IgAは粘膜免疫の一端を担う抗体、PD-1はT細胞の働きを制御する免疫チェックポイント分子、GABAは中枢神経系における抑制性神経伝達物質――といった個別の文脈で語られてきた。だが、Dr. Fagarasan(ファガラサン博士)の講演を含む最新の研究動向から浮かび上がるのは、これらが互いに密接にリンクし合い、「腸内微生物×免疫×神経×代謝」という巨大な相互作用ネットワークを形成しているという驚くべき世界観なのである。

本稿では、ファガラサン博士の講演内容を軸に据えながら、そこに示唆される学際的トピックを縦横無尽に広げ、論じていきたい。いわば、一連の知見がどのように私たちの身体観や健康観を変える可能性があるのか、さらにどのような臨床応用が期待されるのかを、あえてブログ形式かつ論文調で総合的に論じる試みである。免疫学や神経科学の専門家はもちろんのこと、栄養学や心理学に関心を抱く方にも意義を感じてもらえるよう、章立てを分けながら分かりやすく解説を進めていく。

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