「コロナ危機が問いかける『新しい近接性』――オンライン社会と心的距離の再定義」

【序章:コロナ危機と「こころ」に向き合う新時代の視点】

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行は、社会のあらゆる領域に甚大な影響をもたらしました。パンデミックという未曾有の危機に対し、医療・経済・教育などの分野のみならず、私たち一人ひとりの心の在り方までが問い直されている時代といえるでしょう。そうした状況下において、京都大学大学院教育学研究科が主催する「京都こころの会議」シンポジウムは、多角的に「こころとコロナ危機」を見つめ直す貴重な機会となりました。とりわけ第5回目となるシンポジウムでは、「コロナ危機と心理療法」という深遠なテーマのもと、臨床心理学やユング派分析を専門とする先生方、さらには宗教哲学や国際政治・環境分野の視点も交えながら、コロナ禍での人間の心的変化や対処、さらには社会全体の構造的課題や可能性が熱く論じられています。

本稿では、この「コロナ危機と心理療法」に関する講演や総合討論の内容に基づきながら、感染症の歴史と時代ごとの社会的インパクト、心理療法の変遷、日本における伝統的な“こころ”の在り方などを幅広く取り上げていきたいと思います。さらに、コロナ禍をめぐる心理学的・宗教的・歴史的な考察を丁寧に紐解きつつ、新しい時代を生き抜くヒントを模索していきたいところです。とりわけ対面重視だった心理療法がオンライン化せざるを得なくなったインパクトは大きく、そうした臨床現場の変化はもちろん、社会全体の「近接性」が失われることで生じる葛藤や、逆に新しいコミュニケーション様式がもたらす気付きなどについても書き綴っていきます。

ここでご紹介しているのは、YouTube上に公開されている2021年2月21日の講演や討論からの内容をもとにした論考です。具体的には、京都大学大学院教育学研究科教授である田中康裕先生の「コロナ危機と心理療法」に関する講演内容、そして山本太郎先生(長崎大学)、熊谷誠慈先生(京都大学こころの未来研究センター)、田中康裕先生、そして司会進行役を務めた河合俊雄教授(京都大学こころの未来研究センター長)による総合討論の内容を踏まえ、多角的に掘り下げたものです。

京都大学を舞台に繰り広げられた知的対話の様子を追体験していただくだけでなく、そのエッセンスを凝縮しつつも大いに拡張してまとめています。日本社会や世界のスタートアップ、ビジネス、そしてAIプロダクトに興味を抱く読者の方にも、どこか通じる点があるのではないでしょうか。というのも、コロナ危機への対応においては各国の政治・経済・技術が融合し、企業の経営課題にも直結しているからです。心理療法・臨床心理学という一見学術的な分野の議論は、思いのほか私たちの日常生活や社会システムそのものと強くリンクしているといえます。そうしたつながりを「セマンティック検索」「ラテラルシンキング」などの思考法で横断的に発展させながら、一つの壮大なエッセイとして紡いでいく。それが本記事の狙いでもあります。

では以下、シンポジウムおよび総合討論の内容を大きく三部構成に分け、さらにそこから派生する周辺の知見を広げつつ、大ボリュームで展開していきます。まずは田中先生の講演「コロナ危機と心理療法」の概要に加え、そこで語られたキーワード――たとえば“正常性バイアス”と“異常性バイアス”、宙吊りのステータス、トラウマは出来事を見る方法という考え方、オンライン化する心理療法の潮流など――を取り上げましょう。そのうえで、「強制(共生)と排除」という概念や、日本特有の“宙吊りのままに耐えうる”社会的文化・心性についても確認し、最後に総合討論でさらに深まったテーマを掘り下げていきます。

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