「ちょっと思い出しただけ」(2022/2/11鑑賞)
この日の思い出ひとつで、これからの人生を生きて行ける。そう思えるような美しい記憶を重ねて、わたしたちは日々を送っている。そういう宝物みたいな風景をかき集めた映画だった。日付を覚えると思い出になってしまうからダメ、なんて言葉を聞いたことがあるけれど、本当にその通りだと思った。
どれだけ最悪な終わりを迎えたとして、結局あの日がとても幸せだったことを憶えているから、悔しいし、寂しい。だけどそんな気持ちも、翌日になれば大したことではなくなっていて、歳を重ねるとは、そういうことなのかもしれない。
記憶は道に染み付いている。あの坂道を、水族館を、商店街を、公園を、誰と、どの季節に、どんな話をして歩いたのか、通るたびにちょっとだけ思い出す。それにせいせいしたり、感傷に浸ったりして、またその道に新たな記憶を滲ませていく。
渡せなかった花束は、どこへ行くのだろう。宙に浮いた優しさは、いったい誰が拾ってくれるのだろうか。「別れ」のタイミングが明確なのは、恋人という関係性くらいしかなくて、それってある意味親切なんじゃないかと、いつも少し、考えている。
時間は前にしか進まないから、疲れたときはちょっと思い出して、後ろを向いて、美しい記憶をたどる。どうかそれが、彼女たちにとって優しいものであればいいなと思う。
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待ちに待った、大好きな松居大悟作品…!先行上映のチケット争奪に何度も奮闘したのものの力及ばず、公開日にウキウキしながら観に行きました。
まず、キャスト・スタッフが最高すぎて、エンドロールを観ながら大興奮(新エヴァのときのように)。松居大悟、クリープハイプ、池松壮亮のタッグがまた見れただけでも最高なのに、『私たちのハァハァ』の大関れいかちゃん、松居監督のお友だちニューヨーク屋敷、『アイスと雨音』『君が君で君だ』でメイキングや編集を担当していたエリザベス宮地…。プロット協力で首藤凛監督が入っていたのも胸アツでした。
そしてなんといっても伊藤沙莉ちゃん…!お芝居がとても情緖的で、人間くさくて、葉のことをすぐに好きになりました。バイプレイヤーズで言えば、河合優実ちゃんが本当に素敵すぎた(また片想いの役だったの切ない)。彼女が纏う少し危うい雰囲気が大好きで、これからも出ている作品は絶対に追いかけようと思います。あと國村隼さまが優しい役をしているのを久しぶりに拝見して(ヤクザ役とか怖い役ばっか見てた)、なんだかホッとした…。
松居監督の、前作『くれなずめ』、また前々作の『君が君で君だ』が、劇団ゴジゲンの童貞ノリ全開、ゴリゴリのホモソーシャル映画だったので、それとのギャップに完全にやられました。松居大悟、こういう作品も作れたことを思い出した…。過去作『アズミ・ハルコは行方不明』が大好きなのですが、ラストシーンの蒼井優の笑顔を脳内で再生して感傷に浸っています。
観賞後、これは確実に『花束みたいな恋をした』と比べられるやつだなあ思ったので、そのことについてもちょっとだけ書かせていただきます。『花束〜』が過去→現在に向けて物語が進んでいくのに対して、『ちょっと思い出しただけ』は現在→過去へと時間が遡っていきます。そうすることで、過去の美しい思い出がいかに尊いものであったかがより強く感じられて、過去にはもう戻れないことへの悲しみや、やるせなさを際立たせる作りになっていました。
『花束〜』を観たとき、わたしが最も涙してしまったのは、麦くんと絹ちゃんが出会った日に居酒屋で好きなものについて語り合う場面でした。別れる結末を知っていることも相まって、ふたりにとって一番幸せだった日があまりにも美しくて、幸せ過ぎて、見ているのが辛かったのです。一緒に観に行った友だちも同じところで泣いていて、同じ感覚を持っている人がいるんだなあ、と少し驚きました。
『ちょっと思い出しただけ』は、そういう、別れが訪れるのを知っているからこそ、"美し過ぎる"、"幸せ過ぎる"、尊い時間を見てしまうのが辛いという感覚を、より伝わりやすい時系列に組み換えた作品だと思っています(自分の記憶と重ねてしまうからかも)。誰かを愛することで得られる、もしくは図らずも得てしまう、普遍的な感覚を改めて感じることができました。ふたりが付き合い始める場面とかは少しツッコミどころがあったけれど、総じて素敵な作品だったと思います!
ただ、舞台『Birdland』から今回の『ちょっと思い出しただけ』と来て、そろそろ童貞ノリ全開の松居大悟も恋しくなって来ているので、4月のゴジゲンの舞台がめちゃくちゃ楽しみ…!次回作にも期待です!